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学校と病院はサスペンスにうってつけ? 『シグナル100』『仮面病棟』など“閉鎖空間”が人気のワケ

リアルサウンド

20/2/12(水) 10:00

 高校3年のあるクラスの生徒たちが担任教師に呼び出され、「自殺催眠」の暗示をかけられる。特定の行動をとると自ら命を絶つように刷りこまれた彼らは、生き延びるための方法を求めてもがく。そんな設定で先頃公開された『シグナル100』は、宮月新原作、近藤しぐれ作画による同名コミック(2015~2016年)の実写映画化だ。

参考:【ほか場面写真】教室が血だらけに!?

 高校のクラスなど代表的な例だが、限定された環境条件で限定された人数が災厄に巻きこまれ、必死に状況から脱出を図ろうとする。そのようにサバイバルをテーマにしたゲーム性の高いミステリー映画が、最近目立つ。『シグナル100』の実写映画化に関しても、先行する話題作として昨年放映されたテレビドラマ『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』(日本テレビ系)がすぐに連想されるだろう。このドラマは、教師が担任するクラスの生徒全員を人質にとり、課題をクリアできなければ1人ずつ命を奪うと脅す内容だった。

 ドラマはいじめを題材にしていたし、教育問題を扱った社会性のある作品だったともいえる。だが、それ以前にまず限定された状況、限定された人数で登場人物を極端に追いつめ一気に緊張度を高めたその初期設定で注目されたのは間違いない。容易に逃げられない閉鎖的な状況を舞台として用意することは、昔からのサスペンスの王道でもある。

 しばらく前には、貴志祐介の小説『悪の教典』(2010年)が映画化(2012年)され、10代を中心にカルト的人気を得た。これは、サイコパスの高校教師が自分の悪事を隠蔽するため、校舎にいる生徒たちを片っ端から殺害する話だった。さらにさかのぼれば、高見広春の原作小説(1999年)も深作欣二監督による映画化(2000年)も社会的に物議を醸した『バトル・ロワイアル』も、この分野の古典と化している。同作は、国家の政策として、選ばれたクラスの中学生たちが殺し合いをするよう強いられる大胆な設定だった。

 学校はそもそも、校則によって生徒の行動が制限される場所である。もとから管理されているその空間において、特殊で残酷な掟が発動したらどうなるか。ルールのエスカレーションによってスリルをわかりやすく高めているわけで、考えてみれば学校はサスペンスにうってつけの施設なのだ。

 同様のことは、病院にもいえる。来院、入院では行動が制限され、医師や看護師のいう通りにしなければならない。一方、病院側は個人情報を厳格に扱わなければならない。教師と生徒の力関係、隠蔽体質になりがちな学校の運営と似たところが病院にはある。こちらに関しては、自身も医師である知念実希人の小説『仮面病棟』(2014年)が映画化されており、今年3月6日より公開される。凶悪犯が病院に立てこもり入院患者や職員が人質にされるが、病院側もなにかを隠しているという設定だ。事件に巻きこまれた当直医は負傷者を気遣いつつ、犯人と病院の狭間で必死に脱出しようとする。同作では、病院が閉鎖された危ない空間になる。

 学校と病院の類似性を踏まえると、冲方丁の同名小説(2016年)を映画化した『十二人の死にたい子どもたち』(2019年)も興味深い。安楽死で集団自殺をしようとした少年少女たちが、廃業した病院に集まる。ところが、部屋にはすでに少年1人の死体が横たわっていた。誰が殺したのか、自分たちはこのまま計画を実行してもいいのか、未成年者たちの議論が始まる。

 教室で行うホームルームを病室で開いているような異様な状況だ。冲方丁の原作には、発想のヒントを与えられた先行作があった。アメリカで1954年にテレビドラマとして放映された後、1957年に映画へリメイクされた『十二人の怒れる男』である。同作は、父親殺しの容疑をかけられた少年の罪の真偽に関し、陪審員たちが議論し評決に至るまでを追う物語だった。法廷という裁きの場もまた、緊張感あふれる閉鎖空間なのである。『十二人の死にたい子どもたち』の未成年者たちも、なりゆきから陪審員的な立場になってしまうのだった。

 裁きと閉鎖空間ということでは、アガサ・クリスティの傑作ミステリー小説『そして誰もいなくなった』(1939年)が後世に残した影響も大きい。同作では外界と行き来できない孤島に集められた10人が、童謡の詩をなぞる形で次々に殺される。10人のなかに犯人がいるのではないかと互いを疑うが、書名通り、全員が消されていく。信じる正義を実現するため、逃げ場のない島で自分の裁きを下したというのが、事件の動機だった。

 『そして誰もいなくなった』はたびたび映像化されており、日本でも2017年に長坂秀佳脚本でドラマ化された。同作に限らず、嵐の孤島や雪の山荘など、逃げ場のない閉鎖空間(クローズド・サークル)で連続殺人が起きる設定は、ミステリーの分野では昔から定番になっている。近年の日本で最もヒットしたこのパターンの物語といえば、第27回鮎川哲也賞を受賞しベストセラーになった今村昌弘のデビュー小説『屍人荘の殺人』(2017年)だろう。

 大学のサークルで訪れた合宿先が、異様な事態の発生によって閉鎖状況になる。そこで不可能なはずの密室殺人が発生し、死が相次ぐ。若者たちの集団という意味では学校的な状況であり、犯人の動機が裁きである点ではそこが身勝手な法廷と化しているのでもある。また、ネタバレになるから遠回しに書くが、合宿先周辺で治療が意味を持たない異変が起きるのは、病院を裏返しにした設定ともいえる。病院は人体を管理するが、物語の舞台ではその種の管理が不能になるのだから。

 あらためてみると『屍人荘の殺人』は、学校、病院、法廷というこのジャンルの要素をよく組みあわせて発想されていた。根強い魅力がある閉鎖空間ミステリーはこれからも多く作られるだろうが、定番のパターンであるだけにどのように演出して新味を加えるのか、工夫が必要である。作品の発想自体が閉鎖空間に閉じこめられないように、大胆な作品を期待したい。 (文=円堂都司昭)

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