Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

室井滋、立て膝のサン・トワ・マミー(前篇)

毎月連載

第50回

最新出演作品『連続ドラマW 大江戸グレートジャーニー ~ザ・お伊勢参り~』6/6(土)よる10:00 WOWOWで放送スタート

いつの間にかこの連載も50回を迎えたのだが、女優をとりあげたのはまだ原知佐子だけである。そこでこの節目に、女優にして問答無用の個性派をとりあげたい。それは今やお茶の間でもすっかりおなじみの室井滋だ。数多くの映画、ドラマに引っ張りだこで、あまつさえ著作も多く、歌もうたうという室井滋は、ちょっと類を見ない才能とエネルギーも持ち主である。そんな室井滋は、20代の頃、“自主映画の女王”と呼ばれていた。私が室井滋に出会ったのはその頃のことだが、とにかく室井さんは気風よくカッコいいひとであった。

私は高校時分に8mmの自主映画を監督しはじめて、それを発見した「ぴあ」がPCB(ぴあシネマブティック)という上映イベントでホール上映してくれたりしていたのだが、このPCBや始まったばかりのPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で高い評価のもと上映された山川直人監督の8mm『ビハインド』や16mm『アナザ・サイド』を観ていると、ひじょうに印象的な風貌の、男の子みたいな名前の女優が目に焼き付いた。ファニーと言えばファニー、でも時々シリアスな表情をすると不思議なクールビューティぶりも漂う、あの全く分節不能な感じの容貌に「いったいこの人は誰?」と釘づけになった。

早稲田大学の社会科学部に在籍して通称「シネ研」こと「シネマ研究会」に所属しているというので、たまたま早稲田に合格した私はこっそり「シネ研」の部室をのぞきに行った。すると室井のアンニュイな写真の切り抜きが壁に貼ってあったが、本人はいなかった。ずっと映画を創りたくて受験勉強中もガマンしていた私は、室井滋に会いたい気持ちはあれど、年近い先輩を立てながら映画を創るなんてあほらしいと思ったので「シネ研」には属さず、自分でグループを立ち上げてさっそく8mmの大長篇監督作を作った。

その作品が、翌年のPFFに入選して、推薦者の長崎俊一監督が飲み会に誘ってくださった。確かそこには若き日の山本政志さんや諏訪敦彦さんもいた気がするのだが、どこだか忘れたその畳敷きの部屋に無造作なワンピ姿がちょっとヌーヴェル・ヴァーグのヒロインみたいな、特徴的な風貌の女子がふわっと入って来た。「あ、室井滋!」と私はひそかに心躍ったが、その後室井のしたことに(本人はすっかり忘れていると思うが)私はさらに感電した。なんと室井は、その雑然とした居酒屋の座敷の隅っこで立て膝をついて、やにわにアカペラで『サン・トワ・マミー』を口ずさみ出したではないか。その室井の静かにエモーショナルに台詞を詠むような歌声に、若き鬼才監督たちも盃をとめ、ややうつむき加減に耳を澄ましていた。食いかけのホッケとホッピーが散らかった座敷が、そこだけモンマルトルだった。カッコよすぎるぞ、室井滋!

これを機に私は自主映画の仲間として、または早大の後輩として、けっこう親しくしてもらった。室井滋は都電の早稲田駅から目白方面に抜ける道の質素なマンションに住んでいて、この通称「目白台シーサイドホテル」にはいろいろな監督や俳優のタマゴが遊びに来ていた。私も授業が休講になると、この「目白台シーサイドホテル」に電話してたまりに行った。すると、室井滋はささっと冷や麦などを作って食べさせてくれた。

当時、室井はたぶん初めてのテレビのレギュラーであるTBS『チャコちゃんケンちゃん』の店員の役をこなしていたのだが、そこで屈託のないテレビ演技をする室井を見て、がっかりするのではなく「あのアートな自主映画のミューズがこんなことも厭わずやるんだ」とむしろ感心していた。しかしそんな貌も披露しつつ、1982年に長崎俊一監督が8mmで撮った『闇打つ心臓』という作品では、もう室井でしかできない濃密な演技の凄みを見せてくれた。室井扮する伊奈子と長崎組常連だった内藤剛志のリンゴォのカップルは子殺しで逃げており、彼らが潜伏するアパートの狭い一室だけで深まってゆく心理劇。私は当時室井に誘われてこの作品を観て、8mmでここまで人間の闇、そして映画の深淵にまでたどり着けるのかと、大いに挑発された。実際この作品は8mmでありながらロンドン映画祭に招待された。

この危ういアートとしての映画の闇の淵まで行った室井滋と内藤剛志が、三十余年を経てお茶の間の人気スタアとしてテレビドラマ『警視庁・捜査一課長』で何食わぬ顔で共演しているのを見て、私は過去の犯罪歴を隠しきって華やかなスポットを浴びる松本清張の登場人物たちを重ねて笑ったが(そういえばなぜか室井は『夜光の階段』『鬼畜』『黒革の手帖』『共犯者』『わるいやつら』『砂の器』と清張ドラマへの出演も多い)、『闇打つ心臓』は2006年に同じメンバーで劇場用作品としてリメイクされているので、室井にとってもかけがえのない作品なのだろう。だが、それにしてもこの室井滋という稀代の個性はどういう人生によって培われたのか。(つづく)


最新出演作

『連続ドラマW 大江戸グレートジャーニー ~ザ・お伊勢参り~』
6/6(土)よる10:00 WOWOWで放送スタート
毎週土曜日よる10:00
※第1話無料放送(全6話)

監督:本木克英/井上昌典
原作・脚本:土橋章宏「駄犬道中おかげ参り」
出演:丸山隆平/芳根京子/斎藤汰鷹(子役)/翁丸(犬)/伊武雅刀/加藤諒/山本耕史
西村まさ彦/福本莉子/角紳太郎(関西ジャニーズJr.)/山中一輝(関西ジャニーズJr.)/金山一彦/大地真央(語り)
製作:WOWOW/松竹
【番組サイト】https://www.wowow.co.jp/dramaw/oedo/


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

アプリで読む