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樋口尚文 銀幕の個性派たち

堀内正美、撮影所を揺籃にせし貴公子(インタビュー中篇)

毎月連載

第35回

—— 映画監督を父に持ち、東宝撮影所を遊び場にして育った堀内さんですが、高校を出ると映画ではなく演劇の道に進まれるんですね。

そうですね。十八、九くらいの年になると父にも反発しますし、当時は学生運動の時代ですから本気で革命家になると思い込んでいたんです(笑)。桐朋学園芸術短期大学の演劇科に進んだんですが、三里塚闘争にも参加していたんですよ。当時は僕が呼びかけると女性陣がたくさん運動に加わってくれまして(爆笑)、三里塚のビニールハウスに泊まり込んでいるとピアノ科などにいるブルジョワの令嬢がリュックいっぱいに差し入れ詰めて現地に来るんです。だから、「君たちは危ないから帰ってくれ」なんて言って大変でした(笑)。


—— 桐朋学園にそんな学生運動をやっている子はほかにいたんですか。

いえいえもうほんのひと握りですよ。当時は生江義男さんという名物学長がいて「堀内くん、君は学生運動やるそうだけどバリケード封鎖なんてやるの? 機動隊は来るのかな?」なんておっしゃって、「これでおとなしいうちの学校でも他の元気のいい学校と並べるね」と喜んでるんです(笑)。それで学校から地元の京王線仙川駅まで、ほんの何百メートルか形ばかりのデモをやっていると、千田是也さんや田中千禾夫さんといった大御所の先生たちが「おいみんなケガするなよ」って付いてくるわけ(爆笑)。


—— 演劇界の重鎮たちが過保護に守ってくれるデモなんですね(笑)。

そうなの。もう本当にカッコつかないから「先生方、お願いだから付いてこないでください」って言うんだけど(笑)。でもそんな僕なりに頑張ってるつもりで三里塚に詰めてたんだけど、ある日足もとからぐらぐら揺らぐようなことがあった。あれは1971年の二回目の行政代執行の後、ピーナツ畑のそばで……当時はもうピーナツくらいしか作れなかったんだけど、そこの農家のお爺さんと煙草喫ってたら、「あんたは帰るところがあるんだろ。わしらはここしか居場所はないので、ここを取り上げられたら行く場所もないんだ。もう土に還りたいよ」って言われて愕然とした。土に還るなんて、もうランボオそのものの言葉をぶつけられてショックだった。そもそもその畑も、雑木林だったところを伐採して、辛うじてピーナツを栽培しているようなありさまだった。もうそれまでいっぱしの革命家気どりだったのに、恥じ入って世田谷の家に逃げ帰ったんです。


『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

—— それから演劇にのめって行かれたんですね。

なにしろ当時は運動の友だちも内ゲバで殺されたり、挫折して自殺したりしてるような状況だったので、僕ももうすぐに日常生活に戻れるような感じじゃなかったんですね。もぬけの殻みたいになって、死にたいのに死ねないような気分でした。そんな時に友だちに誘われて観たのが、蜷川幸雄さんの舞台(「真情あふるる軽薄さ」)だったんです。それで衝撃を受けて、この強烈な嘘の世界なら逃げ込めるなと思った。


—— それが偶然にも堀内さんの俳優デビューにつながっていく。私はてっきり蜷川さんの舞台で俳優の卵をやっているところを抜擢されたのだとばかり思っていましたが、実はスタッフだったんですね!

ええ、演出助手というか見習いの小僧としてガチ袋に雪駄はいて舞台を走り回ってたんです。そのゲネプロに、たまたまTBS金曜ドラマ『わが愛』で加藤剛さんの弟役を探していたプロデューサーが来ていたんです。その役は田村正和さんや志垣太郎さんみたいな売れっ子も候補にあがっていたそうなんですが、演出の大山勝美さんがまだ無名のフレッシュな俳優を起用したいと思ったらしいんです。それで蜷川さんの現代人劇場ものぞいてみたら、そこにいるのは蟹江敬三さんや石橋蓮司さんみたいに熱くほとばしった人ばかりだったから、僕みたいな低温の奴が新鮮に見えたんでしょうね。


—— でもすんなりとテレビドラマの俳優になることを了解したわけではないんですね。

ええ、父も草創期のテレビ映画を撮ったりしてはいたのですが、決して納得はしていなかったので、そういう感覚が僕にもあった。それで三ヵ月くらい説得されたんです。実は叔父の堀内完が日本のモダンバレエの草分けみたいな人で、歌謡番組の振付のパイオニアでもあったんです。その叔父にも「そんなに請われているのなら一度くらいやってみたら」と言われまして。


—— その『わが愛』の演技は堂々たるものと映りましたが、それではあれは演技初体験だったのですか。

はい、全く演技はやったことがなくて。人様にお見せできるものではないどころか、本当に何もできなかったんですよ。だから僕用のリハーサル室があって、まだADだった堀川とんこうさんたちが特訓してくれました。当時はリハ2日、本番2日だったんですが、僕だけリハ4日くらいやっていたんじゃないかな。(つづく)




インタビュー&撮影:樋口尚文

最新出演作品

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

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