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『エヴァ』×宇多田ヒカルの14年を辿る 「One Last Kiss」が告げる美しい世界の終幕

リアルサウンド

21/3/21(日) 8:00

 2021年3月8日、ついに公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。新劇場版第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007年)から14年、第3作となる前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)から約8年。TVシリーズの放送がはじまった1995年から数えると25年以上という年月を経て、ついに完結に至った今作は、公開から1週間で興行収入33億円を突破し、90年代以降のポップカルチャーを象徴する同シリーズへの注目度の高さを改めて証明している。

 “本当にすべての謎が解き明かされるのか?”“どのような形で完結するのか?”と期待と不安が渦まいていた『シン・エヴァンゲリオン劇場版』だが、公開後の評価も上々。今後も多くの評論や解釈が登場するだろうが、本稿では映画の内容そのものではなく、“新劇場版”4作の主題歌を手がけた宇多田ヒカルに焦点を当て、“エヴァと宇多田ヒカルの14年”を紐解いてみたい。

Utada Hikaru「Beautiful World」 Directed by Tsurumaki Kazuya

 エヴァと宇多田ヒカルのファーストコンタクトは、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』のテーマソング「Beautiful World」だった。そのきっかけは2006年、『週刊プレイボーイ』の特集「エヴァンゲリオン10年目の真実」における宇多田ヒカルへのインタビュー。この記事のなかで宇多田は「あまりにも自分と重なる部分が多くて“精神汚染”されちゃう」とエヴァンゲリオンに対する強いシンパシーを示していた。この記事を読んだ庵野秀明監督、スタッフが彼女にテーマソングを依頼し、「Beautiful World」が制作されるに至った。

 繊細さと力強さを兼ね備えたトラック、〈もしも願いが一つだけ叶うなら/君の側で眠らせて どんな場所でもいいよ〉というフレーズから始まるこの曲は、ヱヴァンゲリヲン新劇場版の基本的な世界観と強く重なっていた。核にあるのは、他者との適切な距離感を掴めず、自分の殻にこもりたがる半面、心の深層ではどうしようもなく“君“を求め続ける“僕“の姿。エヴァに流れる通奏低音と宇多田自身のリアルな感情がシンクロした「Beautiful World」は、まちがいなく”新劇場版“を象徴する楽曲となった。そのことは、この曲のアコースティックバージョン「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)のテーマソングに起用されたことからも明らかだ。

 “新劇場版”3作目の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソングとして制作された「桜流し」も、ヱヴァンゲリヲン新劇場版、宇多田にとって、きわめて重要な楽曲だ。

宇多田ヒカル – 「桜流し」(ヱヴァQバージョン)

 叙情的なピアノから始まるこの曲の主人公は、〈あなた無しで生きてる私〉。歌詞のなかに劇中のセリフを想起させるフレーズがあることから、“葛城ミサトの目線で書かれた曲”という解釈が主流だが、「桜流し」はそれだけに留まらず、大切な存在を失った人の心情を普遍的なメッセージへと昇華させた楽曲だと言えるだろう。この時期の宇多田は、2010年から約6年間に及んだ“人間活動”の最中。アーティスト活動を止めた彼女は、結婚、出産、肉親との死別を経験しているが、そのなかで生まれた感情も「桜流し」の根底に流れているはずだ。また、日本語の響きを活かしたフロウもこの曲の特徴。「桜流し」に取り入れられた手法は、その後の宇多田ヒカルのスタイルにそのまま継承されている。

宇多田ヒカル『One Last Kiss』

 そして、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の主題歌「One Last Kiss」は、シリーズ完結作のエンディングを飾るにふさわしい名曲だ。心地よく飛び跳ねるビート、豊かな低音を響かせるベースライン、凛とした強さと今にも壊れそうな脆さを内包したメロディのなかで彼女は、〈誰かを求めることは/即ち傷つくことだった〉〈忘れられない人〉というラインを描き出す。全てのフレーズが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のストーリーにつながると同時に、自己と他者の関係性の本質ーー完全に理解し合えることはなく、常に孤独と向き合わざるを得ないーーを美しく際立たせるこの曲は、“エヴァ×宇多田”のシンクロ率がさらに高まっていることを告げている。

 共同プロデューサーにA.G.COOKを迎え、彼がプロデュースを手がけたチャーリー・XCXに象徴される“生々しい手触りエレクトロサウンド”を体現していることにも注目してほしい。特に楽曲の後半における眩い光を放つような高揚感、そして、その直後に聴こえてくる〈吹いていった風の後を/追いかけた 眩しい午後〉という歌がもたらす切ない静寂には、強く心を揺さぶられてしまう。そこに残るのは、止めようがない喪失感と不思議な清々しさだ。

 3月10日にリリースされたCD、アナログ盤には、「Beautiful World」をリメイクした「Beautiful World(Da Capo Version)」も収録されている。

 これは庵野監督のオファーによって制作されたもので、「One Last Kiss」だけではエンドロールの長さに足りないこと、そして、“新劇場版”シリーズと『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のエンディング曲にしたいという意図があったという。つまり映画のエンドロールでは「One Last Kiss」「Beautiful World(Da Capo Version)」の2曲が流れるのだが、劇場に足を運んだ際にはできれば席を立たず、じっくりと味わってほしいと思う。

 庵野監督がディレクションしたMV(ロンドン郊外で撮影された“日常”を感じさせる映像も、映画のストーリーと結びついている)、公開から1週間で1000万回再生を突破。ダウンロード、ストリーミングでも国内12の配信サービスで1位を記録し、世界33カ国・地域の配信サービスでもランクインするなど、すでに世界的ヒットとなっている。CD、アナログ盤には「One Last Kiss」「Beautiful World(Da Capo Version)」をはじめ、新劇場版のために制作された楽曲をすべて収録。ぜひ“エヴァ×宇多田”の14年に思いを馳せながら堪能してもらいたい。

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

■リリース情報
『One Last Kiss』
発売中配信中

通常盤
ESCL-5488/¥2,000+税

<収録曲>
「One Last Kiss」(映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 テーマソング)
「Beautiful World」(映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』 テーマソング)
「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」(映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』テーマソング )
「桜流し」(映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』テーマソング )
「Fly Me To The Moon (In Other Words) -2007 MIX-」)(映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』 予告編挿入歌)
ほか

初回仕様:紙ジャケット
通常仕様:ジュエルケース
※<初回仕様:紙ジャケット>は在庫が無くなり次第、<通常仕様:ジュエルケース>に切り替わる。

完全生産限定LP盤
ESJL-3119/¥3,000+税

■公開情報
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
2021年3月8日(月)公開
https://www.evangelion.co.jp/

宇多田ヒカルオフィシャルサイト

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