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樋口尚文 銀幕の個性派たち

山西惇、イメージが巨大化する異貌

毎月連載

第26回

写真提供:株式会社キューブ

 傑作コメディを放ち続ける劇団ラッパ屋の最新公演『2.8次元』がめっぽう面白く、それは伝統はあれどすっかり流行らない新劇の劇団が稼ぎのために不本意ながら「2.5次元」演劇に参加してみる、という物語だった。そこで別に団員たちがおんぼろ稽古場で、なぜ自分たちはテレビから声がかからないのか(テレビに出るのがえらいとは思わないけれど)と考えるくだりがあって「やっぱりテレビが求めるのはキャラだからな。俺たちキャラ薄いし」みたいなシニカルな台詞で笑わせるのだが、確かに小劇場出身の俳優でメジャーなドラマ作品のレギュラーになる人たちは、どこか一発芸の芸人さんすれすれの見た目の面白さが買われていることが多いだろう。

 そう思った時にふと思い浮かんだのが山西惇だった。あの坊主頭の鋭いなまざしと不思議な笑みは、ちょっと見ただけでも忘れ難い。その山西のツイッターの自己紹介がおかしくて、「『相棒』角田課長の中の人」と書いてある。説明の必要もないかもしれないが、山西は人気ドラマシリーズ『相棒』で、主人公の警視庁特命係・杉下右京(水谷豊)に絡む組織犯罪対策第5課の課長に扮している。『相棒』が連続ドラマ化される前の「土曜ワイド劇場」枠、Pre season第2話からの最古参レギュラーで、なんともう19年近い登板というので驚きである。

 その自己紹介を「角田課長の中の人」というのがおかしかったのだが、確かにあのどかんとした風体は着ぐるみであって、中にスーツアクターがいるような気がしてしまうのはなぜだろうか。そもそもなぜか山西は大柄の怪人ふうに見えるのだが、実はそれほどタッパがあるわけでもなく、がっしり型でもない。しかし、あの押し出しの強い容貌が(中の人がいるかに見えるほど)山西を堂々たる異界の人に見せてしまうのである。

こまつ座『木の上の軍隊』より
撮影:谷古宇正彦

 そんな山西が、実は私が観た前日に、やはりくだんのラッパ屋を鑑賞していたようなのだが、その感想がツイッターに記されている。「劇団が劇団モノを演る時に感ずる気恥ずかしさなど微塵もなく、爽やかに演劇とそれを取り巻く世界への愛を語る。とても難しいことをやさしく深く見せた。この劇団ならでは。」「ラッパ屋『2.8次元』は、同じ早稲田大学「てあとろ’50」を母体とするキャラメルボックスへのエールの様にも思えたのでした。『黒白珠』で早稲田を連呼する早稲田出身の風間先輩の姿も見たので、早稲田大学の演劇の歴史を垣間見た一日でもありました。」

 ものすごく知的で冷静でジェントルな文章である。普通、俳優さんはこういう文章は書かない。そんな山西がなんと京都大学の工学部出身と聞くと大変納得がいくのだが、ちょうど入学した頃に京大で元気がよかったのが結成して三年経った劇団そとばこまちだった。1978年に京大演劇研究会を母体に生まれたこの学内サークルは、やがて京大を出て独自のアトリエと劇場を構え、つみつくろう(辰巳琢郎)や生瀬勝久らを座長として多くの人材の集うところとなった。一回生の頃からそとばこまちに所属した山西は、演劇で身を立てるつもりもなく、就職して関西のメーカーの研究職となるも、やがて会社をやめて演劇中心の人生を始めた。

 『相棒』のレギュラーが始まったのと前後して2001年に生瀬ともども退団し、以後は実にさまざまなドラマを中心に活躍を始めた。心なしか刑事物やミステリーへの客演が多いようだが大河ドラマや朝ドラまで起用は幅広く、映画も数は多くないが『相棒』の映画版を中心に印象的な演技を見せている。そんななかでひときわ注目を浴びたのは、大河ドラマ『真田丸』で演じた北条氏の重臣であった外交僧、板部岡江雪斎だった。一見おそろしげなマキャベリストに見えて、実は誰よりも北条家の行方を心から慮っている興味深い人物像を、山西は張りきって演じていた。



公演情報

こまつ座 第127回公演『木の上の軍隊』沖縄公演
沖縄市民会館大ホールにて2019年6月26日(水)19:00より上演。
原案:井上ひさし 作:蓬莱竜太
演出:栗山民也
出演:山西惇(上官)/松下洸平(新兵)/普天間かおり(語る女)/有働皆美(ヴィオラ)



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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