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台湾IT大臣オードリー・タン、いかにしてフェイク情報と戦った? ユーモア溢れる天才への期待

リアルサウンド

20/12/29(火) 12:00

 何十年ぶりだろうか、ラブレターを書きたくなった。

 いい大人が何を言い出すのか、そう思う読者も多いだろう。ただ、私は純粋に彼女が心に宿す真善美の崇高さ、そしてその理想を実現するための確かな天才性に強く惹かれてしまったのだ。その人物こそがオードリー・タンその人である。

 彼女は2016年、35歳にして台湾のIT大臣となった逸話の多い人物だ。彼女の学歴は中卒だがIQは180、そしてソフトハッカーとして、いつでもプログラムが書けるビットコイン富豪でもある。Apple社の顧問としてSiriの開発にも携わった。また彼女は自らトランスジェンダーであることを率直に表明している。

 タン氏に関する逸話を並べ立てたらきりがない(しかも、その逸話は彼女が何かをするたびに更新されているのだ)ので、今回は2つのことを取り上げたいと思う。

 ひとつは彼女がいかにしてネットで民意を取りまとめつつ、新型コロナウィルスを封じ込めたか、そしてもうひとつは彼女がテクノロジーの飛躍級数的な進歩により迎えるシンギュラリティ※について、どういう見解をもっているかである。※人工知能(AI)が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)

まずひとつめの事実から。
新型コロナウィルスは、2020年8月26日現在において、すでに2400万人以上の感染者を出し、うち82万人以上の尊い命が失われた。そんな渦中において、人口2358万人の台湾では、487人の感染者、7人の死者しか出していない。

新型コロナが猛威をふるい始めた時、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学は、中国の次に多くの感染者を出す地域として、台湾を予測していた。台湾は中国からの観光客が多く、ビジネスの往来も頻繁で、しかも中国本土に存在する台湾人がおよそ85万人もいたからだ。
一体、台湾はどのようにして、そのような悪夢から逃れることができたのか?
『Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔』(アイリス・チュウ、鄭仲嵐共著 文藝春秋)P.222

 しかしながら、この危機的な状況と圧倒的な成果の陰には、コミュニケーション能力に長けた天才がいたのだ。

 タン氏は、薬局版マスクマップというアプリを、政府と政府に貢献したいと願う多くのエンジニアをつなげて開発した。このアプリは、国民の自宅付近の薬局とマスクの在庫量を調べることができ、この情報に応じて買い求めることができるものだった。

 タン氏の働きかけで政府が必要な情報を公開したことにより、誰もが無料でこのデータを用いてプログラムを開発し、無料で公開できるようになった。

 薬局版マスクマップは、2月6日から4月30日までに累計1600万人が利用し、マスクの需給が均衡して薬局に並ぶ人がいなくなったため、アプリはその役目を果たし終えた。

 タン氏は、台湾政府の貿易対策を3つのFに分類している。

 1つめは水際検疫の早期実施(Fast)であり、2つめは防疫物資の公平な分配(Fair)であり、3つめは防疫に関する国民とのユーモラスなコミュニケーション(Fun)だ。特に3つめは、ネットを熟知したタン氏にしかできない対策だと言えるだろう。

 同氏は、フェイク情報に対して政府は真実を伝えるだけでなく、憤怒が国民を激しく揺さぶりかねないムードを変える必要を感じた。そのため、「1時間以内にユーモアを交えて真実を発信し、反撃する」ことで、国民は笑いながら進んで真実をシェアしてくれるため、フェイク情報よりも早く伝わると語っている。

 また、ここでは反撃すると書いたが、タン氏の基本的なスタンスは「誰もがみんなと同じではない。みんなと同じは幻想である」というものである。天才は中学卒業後、学校教育を去り、そしてトランスジェンダーとして生きることを決めた。その過程において乗り越えてきた葛藤や苦悩を推し量れば、彼女が考える“民意”とは何か、そしてそれをどう扱うか、ということに対する国民の信頼は厚いということが分かる。

 次に、私は天才タン氏にお願いしたいことがある。

 今後、人類はAIと共存していかなければならない。そのためには先ず、人類はAIに善悪の判断を教えなければならない。なぜなら、まだ部分的、限定的にではあるが、AIは人間より頭がよく、力も強いからだ。その頭や力を野放図に使われては人間の心と身体が危険にさらされることになる。

 ちなみに、これまでも「ロボットの道徳」については考えられてきた(SF作家アイザック・アシモフの著書はタン氏の愛読書でもある)。

「ロボットの道徳」という構想は、実はいまに始まったものではありません。古くは「アシモフの三原則」が有名です。みなさんのなかにも、聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
これは、アメリカのSF作家アイザック・アシモフがその小説の中で述べたもので、
第一条:「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を見過ごすことで、人間に危害を及ぼしてはならない」
第二条:「ロボットは人間に与えられた命令に従わねばならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない」
第三条:「ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない」
というものです。
この三原則は、あまりに有名で、一部の人々はロボットの従うべき道徳律の決定版のように扱っていますが、私が見るかぎり、根本的に大きな問題をはらんでいて、このままでは使えないと考えています。
『東大教授が挑む AIに「善悪の判断」を教える方法』(鄭 雄一著 扶桑社新書)P.7-8

 では、なぜこのままでは使えないのか?

 それは、これまでの哲学や宗教のように、人間を中心とした教えでは、戦争によるヒトの大量虐殺や死刑制度などを説明することができないからだ。

 だから、AIへの道徳教育は、「人間を傷つけてはならない」から「仲間を傷つけてはならない」ということになり、その仲間には当然AIも含まれることになる。

 では、なぜAIも仲間に含まれるのか?

 それは、AIが仲間である人間を仲間でない人間から守らなければならないし、AIが仲間でない人間から攻撃を受けた場合に、AIは自分でその身を守らなければ、仲間にとっての損失になるからだ。

 いずれにせよ、高い道徳観念と高度な知能を搭載したAIは人類の知能を超えていくだろう。そして一部には、「シンギュラリティとは、AIが人類を飼育する時代の到来を指す」と、そんな風に論ずる識者もいる。

 そんな論調もある中、タン氏はこのように論じている。

「人工知能は永遠に人間の知恵に取って代わることはない」

 高い道徳観念と高度な知能は、時として人類を傷つける刃になると私は考える(正しさは人を裁く)。そんな時こそ、ユーモアでデマに反撃するタン氏のような機転と優しさが必要となるのだ。

 そんな、どこまでも高い知性とどこまでも深い優しさをもつ彼女に、花束に忍ばせてラブレターを送りたい。

■新井健一
経営人事コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役。1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー、アーサーアンダーセン(現KPMG)、同ビジネススクール責任者を経て独立。経営人事コンサルティングから次世代リーダー養成まで幅広くコンサルティング及びセミナーを展開。著書に『いらない課長、すごい課長』『いらない部下、かわいい部下』『働かない技術』『課長の哲学』等。

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