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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

シンシン刑務所や40年代のニューヨークにロケした『死の接吻』の話から…高架鉄道、『12人の怒れる男』…最後は『フレンチ・コネクション』につながりました。

隔週連載

第63回

20/11/10(火)

『ティファニーで朝食を』(61年)でオードリー・ヘプバーンが訪れたシンシン刑務所はマンハッタンの北、ハドソン川沿いにある。
 1940年代のサスペンス映画の傑作、ヘンリー・ハサウェイ監督の『死の接吻』(47年)では、宝石店強盗に失敗して逮捕されたヴィクター・マチュアが、この刑務所に送られる。
 マンハッタンから郊外に向かう列車に手錠をはめたままで乗せられる。列車はハドソン川沿いを北上する。やがて線路に沿って灰色の大きなシンシン刑務所が姿を現わす。『ティファニーで朝食を』と違って実際にロケされている。
 映画を見る限り、この刑務所、きれいで設備もいい。驚くに足る場面がある。入所中にヴィクター・マチュアは、囚人仲間から妻が生活苦から自殺したと聞く。
 驚いたマチュアは、事実かどうか確認するために、刑務所内にある図書室に行く。この図書室が刑務所内とは思えないほど広く、清潔。マチュアはここで、新聞の縮刷版を見て、妻の死亡を記事で確認する。刑務所の図書室が新聞の縮刷版まで揃えているとは。
 『死の接吻』は、冒頭に「この映画ではすべての場面がニューヨーク市内で撮影された」と誇らし気にクレジットが出る。当時、スタジオではなく実際に大都市でロケして作られる、いわゆるセミ・ドキュメンタリー映画が増えていた。
 ジュールス・ダッシン監督の『裸の町』(48年)がニューヨークでのオールロケ作品として名高く、映画史に残っているが、『死の接吻』はそれに先立っている。
 ヘンリー・ハサウェイ監督は西部劇ファンには『悪の花園』(54年)『向う見ずの男』(58年)『ネバタ・スミス』(66年)などで知られるが、それ以前には『死の接吻』をはじめ、『Gメン対間諜』(45年)『出獄』(48年)などのセミ・ドキュメンタリーの犯罪映画を得意としていた。

 『死の接吻』はニューヨークでロケされているだけに当時のこの大都会の様子がよくとらえられている。とくにその後、消えてしまった高架鉄道の駅が見えるのが貴重。
 19世紀末からニューヨークの市内を走っていたニューヨーク高架鉄道(Elevated railway、通称El エル)。現在も健在のシカゴの市中を通る高架鉄道(通称 ループ)のように、かつてはニューヨーク市内を走っていた。東京でいえば都電のような役割を果していた。
 当時のニューヨークを描く小説にはよくこの高架鉄道が描かれる。例えばトルーマン・カポーティの、マンハッタンのマンションに一人暮しする老女性の前に突然現れた不思議な少女を描く名短篇『ミリアム』(45年)には、「男は高速鉄道の柱のそばに立っていた」とあるし、同じくマンハッタンに住む孤独な若い女性を主人公にした『夢を売る女』(47年)にも「胴長のやせた犬が二匹、高架鉄道の下の月の形をした石の上を狼のように足音をたてずに歩いている」とある。
 当時のニューヨークに高架鉄道は欠かせない風景の一部になっていたことが分かる。

 高架鉄道は騒音が大きな問題になった。走行そのものの音に加え、ビルのあいだを走るので反響音がひどくなる。
 この高架鉄道の大きな音を問題にしたのが、レジナルド・ローズ脚本、シドニー・ルメット監督の『12人の怒れる男』(57年。もともとは同じコンビによるテレビドラマ)。
 ハーレム育ちの少年の犯行とされる父親殺しの現場は、高架鉄道のすぐ近く。ひっきりなしに電車が走り、騒音がひどい。そんななかで、証人の一人が証言したように、少年の「殺すぞ」という声が、聞こえるのか。
 ヘンリイ・フォンダ演じる陪審員八番は、以前、高架鉄道のそばに住んでいたからあの騒音はよく知っている、はたして証人は本当に少年の声を聞いたのかと疑問を出す(ヘンリイ・フォンダは高架鉄道のことを「エル」と呼んでいる)。
 彼は他の陪審員に「誰か、高速鉄道のそばに住んだことのあるひとは?」と聞く。すると建築職人をしている陪審員六番(エドワード・ビンズ)が「住んだことはないが、近くで仕事をしたことがある」と応じ、「騒音はひどいものだった」と八番に同意する。
 高速鉄道の音が、有罪から無罪へと評決が変わってゆくきっかけになった。

 高架鉄道は地下鉄の発達によってマンハッタン市内では1955年に姿を消した。しかし、ブルックリン地区では一部が地下鉄路線としていまも利用されている。
 これは、ウィリアム・フリードキン監督の『フレンチ・コネクション』(71年)での、ポパイの異名を持つタフガイの刑事ジーン・ハックマンが、フランスから来た麻薬組織の殺し屋マイケル・ボザフィを追跡する、映画史上に残るチェイス・シーンに使われたのはよく知られている。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『ティファニーで朝食を』
1961年 アメリカ
監督:ブレイク・エドワーズ 原作:トルーマン・カポーティ
出演:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/マーティン・バルサム/ミッキー・ルーニー
DVD・ブルーレイ:パラマウント



『死の接吻』
1947年 アメリカ
監督:ヘンリー・ハサウェイ 原作:エリザー・リプスキー
出演:ビクター・マチュア/ブライアン・ドンレビ/コリーン・グレイ/リチャード・ウィドマーク/カール・マルデン
DVD:ジュネス企画



『裸の町』
1948年 アメリカ
監督:ジュールス・ダッシン 撮影:ウィリアム・ダニエルス
出演:ミルトン・シュウォーツウォルド/バリー・フィッツジェラルド
/ハワード・ダフ/ドロシー・ハート/ドン・テイラー
DVD:ジュネス企画



『12人の怒れる男』
1957年 アメリカ
監督:シドニー・ルメット 原案・脚本:レジナルド・ローズ
出演:ヘンリイ・フォンダ/リー・J・コッブ/エド・ベグリー/E・G・マーシャル/ジャック・ウォーデン/マーティン・バルサム/ジョン・フィードラー/ジャック・クラグマン/エドワード・ビンズ
DVD/ブルーレイ:ウォルト・ディズニー・ジャパン



『フレンチ・コネクション』
1971年 アメリカ
監督:ウィリアム・フリードキン 原作:ロビン・ムーア
出演:ジーン・ハックマン/フェルナンド・レイ/ロイ・シャイダー/トニー・ロー・ビアンコ
DVD/ブルーレイ:ウォルト・ディズニー・ジャパン



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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