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『アーヤと魔女』で宮崎吾朗の真価が試される? フル3DCGで父親の影から脱却なるか

リアルサウンド

20/12/30(水) 10:00

 宮崎吾朗とは何者だろうか。

 世界のアニメーション界に名を轟かす大巨匠の息子、と答えることはできる。しかし、血筋の話ではなく、一人の作家として吾朗監督はこういうタイプだと明快に答えられる人はどれだけいるだろうか。

 この年末に、ようやくその答えが得られるのかもしれない。12月30日に吾朗監督の最新作であり、スタジオジブリの最新作でもある『アーヤと魔女』がNHKにて放送される。

 本作は、すでに発表されている通り、ジブリ初のフル3DCG作品だ。業界最高レベルの手描き職人たちによるハイレベルなアニメーションで世界を魅了してきたジブリがフル3DCGでどんな作品を作ったのか、国内のみならず海外からも注目度が高い。カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションに選ばれたこともあってか英語圏でも数多くの紹介記事を見かける。

 ジブリにとっても、吾朗監督にとっても本作はこれからの方向性を示す試金石となるはずだ。どんな作品になるのか、これまでの吾朗監督の歩みと発言を振り返って検討してみたい。

吾朗監督の苦難の歩み

 吾朗氏が突如監督に抜擢されたのは2006年公開の『ゲド戦記』だった。当初はオブザーバーという立場での参加だったが、候補だった若い演出家が撤退したことで、監督をやることになったという。(※1)父殺しから始まるこの作品は、芳しい評価は得られなかったが興行的には78.4億円の大ヒットを記録した。アニメ制作については門外漢と言っていい状況での抜擢で、現場のベテラン職人に怒られることもあったそうだが、なんとか作品を作り上げた。この時、吾朗氏は監督業についてはピンチヒッターのつもりで、続けてアニメ監督をやるつもりはなかったようだ。

 しばらくジブリ美術館の業務に専念していたが、プロデューサー鈴木敏夫の差配で、また新作の企画を考えることとなり、その時アストリッド・リンドグレーンの児童文学『山賊のむすめローニャ』に目をつける。しかし、そこに父・宮崎駿の介入があり、結局手がけたのは父が企画・脚本の『コクリコ坂から』だった。

 『コクリコ坂から』は、アニメ制作初体験だった前作よりも、そつなく出来上がった印象を受ける。だが、この時の制作過程は吾朗監督にとって前作以上に窮屈なものだったようだ。『コクリコ坂から』の舞台は1963年だが、それは吾朗監督が生まれる前の時代で、宮崎駿が就職した年でもある。「書いたシナリオを渡されて、『はい、やれ』という感じ」だったと吾朗監督は語っているが、前作以上に自分のやりたいことができなかったと感じているようだ。(※2)物語上ではデビュー時に父殺しを果たしたが、実際の制作現場では父殺しを果たすことができていなかったのだ。

 そして、3作目の『山賊の娘ローニャ』では武者修行のような形でジブリの外で作品を作ることになる。そして、従来のジブリではできない手法、3DCG主体の作品作りに挑戦する。原作は元々自分で目をつけていたものだし、方法論も父の積み上げてきたものとは異なるものを選ぶことで、お仕着せ的な企画をやらされる状態から脱却。TVシリーズ全26話の絵コンテを全て担当し、3DCGという技術への手ごたえも得られたようだ。

 この3作目でようやく吾朗監督自身がやりたいこと、作り手としての方向性のようなものが垣間見えるようになってきた。

おぼろげながら見えてきた方向性

 CGという手法を経験して、吾朗監督はCGなら芝居を作りこめるという実感を得たようだ。彼はインタビューでこう語っている。

「手描きのアニメーションは上手なアニメーターじゃないと描けないんですよね。CGを使ったアニメーションに可能性があるとするなら、一般に言われている派手なカメラワークとかより、実はネッチリとお芝居をさせることなんじゃないかなというのがわかってきました」(※3)

 『山賊の娘ローニャ』は、確かに派手なカメラワークはあまり使用されず、フィックスのカットが多い。本作の背景が手描きのため、360°空間を作り上げていないだろうから、カメラをふれないというのもあるのだろうが、吾朗監督の言う芝居をしっかり作って見せたいという意図を汲んだカッティングなのだろうと思われる。

 3DCGならスーパーアニメーターじゃなくても芝居を作れる、というのはある程度事実かもしれないが、CGにはCGの難しさと職人の世界がある。CGだろうと良い芝居を作るには上手なアニメーターが必要だが、いろいろ試行錯誤しやすい面はあるだろう。

 おそらく、3DCGという手法は吾朗監督にとっては手描きよりもなじみやすいものなのだろう。彼は元々建築の仕事をしていたが、建築とは空間を作る仕事であるから、コンピューター上に空間を作り上げる3DCGと共通点を見いだせる。そして彼は大学生時代には児童人形劇のサークル活動をしていたこともあるが、3DCGキャラクターも言うなればデジタルの人形のモデルを作って動かすものだ。3DCGのほうが彼のキャリアで培ってきたものを活かしやすいのではないか。

 吾朗監督も以下のようにCGと建築の仕事のつながりについて語ったことがある。

「フル3DCGの作業は簡単に言うと、コンピューターの中にセットを作り、コンピューターで作った立体のキャラクターを置いてお芝居させる。それにライトを当て撮影する。実写映画と同じです。CGで画面を作る時は、自分がその中にいてカメラを向けたらこう映るだろうな、と想像しながら構成します。部屋の大きさはこれぐらいで、もっと広角っぽい撮り方がいいかな、などと選んでいく。ジブリパークの空間も、これと似た感覚で考えます」(※4)

 『アーヤと魔女』は背景も含めて全て3DCGで作成されている。今まで以上に本人の経験が活かせる環境になったと言えるのではないか。

父の介入を排した『アーヤと魔女』

 『アーヤと魔女』の原作は、『ハウルの動く城』で知られるダイアナ・ウィン・ジョーンズの児童小説だ。幼少期から孤児院で育った10歳の少女アーヤは、自分の思い通りになる孤児院暮らしを気に入っていたが、ある日魔女ベラ・ヤーガに引き取られることになる。

 この原作を選んだのは宮崎駿だそうだが、吾朗監督は「これは自分の趣味だ」と感じたそうだ。『山賊のむすめローニャ』といい、吾朗監督は児童文学が好きなのだろう。

 本作を制作するために、ジブリは海外からアニメーターを招聘している。アニメーション・ディレクターにはマレーシア出身のCGアニメーター、タンセリを起用して、彼を慕って世界中からCGアニメーターが参加しているとのことだ。(※5)これまでのジブリを支えたスタッフとは異なる人々が参加している点は重要だ。そのメンバーが、吾朗監督の目指す芝居で魅せるCGアニメが実現できているかどうかが『アーヤと魔女』を評価する際、最も大きなポイントになるだろう。

 そして、これまで宮崎駿の介入の中で制作を強いられてきた吾朗監督だが、フル3DCGという手法はそこからの自由を意味する。吾朗監督自身、「フル3DCGでやれば介入の余地は相当狭まるはずだという目論見はありました」と語っている。(※6)『コクリコ坂から』は宮崎駿の感性で書かれた脚本を、宮崎駿の鍛えたスタッフを使って映像化したものだった。しかし、今回はそうした父の感性とは異なる、吾朗監督自身の感性が映像に定着しているのかもしれない。何しろ、父が介入不可能な手法で作ったわけだから。

 『アーヤと魔女』では、吾朗監督が『コクリコ坂から』の時に成し得なかった、制作面での父殺しがようやく果たされるかもしれない。その時、私たちは宮崎吾朗が何者であるのか、本当の意味で知ることができるのではないだろうか。宮崎吾朗は何者なのか。ぜひとも「只者ではない」と私たちに思わせてほしい。

参考・引用資料

※1:『どこから来たのか どこへ行くのか ゴロウは?』徳間書店、P100
※2:『どこから来たのか どこへ行くのか ゴロウは?』徳間書店、P111
※3:『どこから来たのか どこへ行くのか ゴロウは?』徳間書店、P117
※4:<月刊ジブリパーク> パークの設計図(3) 3DCGアニメ制作との共通点|中日新聞Web
※5 :SWITCHインタビュー 達人達「鈴木敏夫×津野海太郎」2020年11月28日、NHK Eテレにて放送
※6:『どこから来たのか どこへ行くのか ゴロウは?』徳間書店、P117

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■放送情報
『アーヤと魔女』
NHK総合にて、12月30日(水)19:30〜20:52放送
声の出演:寺島しのぶ、豊川悦司、濱田岳、平澤宏々路
企画:宮崎駿
原作:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『アーヤと魔女』(田中薫子訳)
脚本:丹羽圭子、郡司絵美
キャラクター・舞台設定原案:佐竹美保
音楽:武部聡志
音響演出:笠松広司
アフレコ演出:木村絵理子
キャラクターデザイン:近藤勝也
CGスーパーバイザー:中村幸憲
アニメーションディレクター:タン セリ
背景:武内裕季
アニメーションプロデューサー:森下健太郎
プロデューサー:鈴木敏夫
制作統括:吉國勲、土橋圭介、星野康二
監督:宮崎吾朗
制作・著作:NHK、NHKエンタープライズ、スタジオジブリ
(c)2020 NHK, NEP, Studio Ghibli

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