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綿矢りさが語る、女性同士の恋愛小説を書いた理由「文章はユニセックスに表現できる」

リアルサウンド

19/9/27(金) 12:00

 ひとつは手を繋いでいる写真、もうひとつはお互いの足をすり合わせている写真、そのどちらも明らかに女性同士のものだ。これは綿矢りさの新作『生のみ生のままで』の上下巻のカバー写真。このカバー写真からもわかるように、本作で描かれたのは女性同士の恋愛。ケータイショップに勤務する南里逢衣(なんりあい)、芸能界でトップ女優として活躍する荘田彩夏(しょうださいか)の2人が、互いに愛する男性がいながらも惹かれあい、数々の困難を乗り越えていく姿を、圧倒的な熱量とスピード感で描き切った意欲作だ。なぜこのタイミングで女性同士の恋愛を書いたのか、今まで恋愛を書き続けてきた理由、そして作品内で使用された楽曲まで、詳しく話を聞いた。<インタビューの最後にプレゼント企画あり>

「時代と書きたい気持ちが合致した」

――発売からおよそ3ヶ月経ちますが、反響はいかがでしょうか? 

綿矢:性描写が多くて照れたとか、それで読むのに時間がかかったなどの意見もありましたが、まっすぐエモーショナルに感動してくれたのは、元々このようなテーマに興味関心があって、小説を手にとって下さった方々かなと思いました。性描写の中ではふたりの会話が多いのですが、恋人同士でありながら友達でもある、その狭間のような関係性を描けたらいいなと思いました。友達とする会話と、恋人でないとしない会話を、グラデーションのような形で出せたらいいなと。

――確かにそのシーンを読んでいても、逢衣がたまたま愛したのが彩夏だったのか、それとも恋愛対象が女性に変化したのかもわからない。あえて曖昧に描いている印象でした。

綿矢:視覚化すると男と女って、体や身につけているものもだいぶ違いますよね。でも文章にすると、読んでいる人が自由に想像できる。たとえば「目」と書いても、男か女かは分からない。文章だとよりユニセックスな感じに表現できるということに気づいて、そこは意識して書きました。私は三島由紀夫や谷崎潤一郎が書いていたものが好きだったので、文章にしかできない「緻密な美しさ」をずっと感じていて、いくらでも想像を掻き立てられるように書けるんじゃないかと思っていました。だから、ある意味ではものすごく詳しく書いているけど、人によって思い浮かべる情景は違うと思います。あと、人は必ずしも男らしさや女らしさに惹かれて相手を好きになるわけではない、ということも描きたかった。そんなものは後付けで、男も女も皮膚感覚でいうと、そこまで変わらないんじゃないかということも表現したかったです。

――また興味深かったのが、7年という空白の時間があった2人をつなぐのが、メイクブラシという「モノ」というところです。

綿矢:今は物が溢れていて、要らないとすぐに捨てちゃう時代だと思うんですよ。だからこそ、流れる年月が長い分、その間も想っていたというのを表現するには、思い出のものをずっと持っていることで表現できたらなと思いました。私は捨てちゃうタイプなので、余計に意味を見出したのかもしれないです。

――以前の作品『ひらいて』でも恋愛ではなくても、女性同士の行為のシーンはありました。

綿矢:『ひらいて』を書いたときに、女の人同士の部分をもっと書きたいという気持ちはあったんですけど、そのときはまだ臆するところがありました。ちゃんと書けるかな?と。今回はようやく時代の風潮と書きたい気持ちが相まって、やってみようと思いました。そのため、今回、書くにあたって『ひらいて』は読み返しました。普段は読み返すことはほとんどないんですけど、尖ってましたね〜(笑)。エッジが立っているというか……もう、こういう表現は使わないなぁって思ったりしました。昔は読むのが恥ずかしかったんですけど、今は自分じゃない、全く違う人が書いてるんだという感じで読めますね。

「演じているうちに物語に染まっていくような人が好き」

――先ほど「時代」という話が出ましたが、今、LGBTQに対して理解が深まると同時に、表現者として気をつけなければいけない部分が増えたと思います。

綿矢:使う単語には気をつけました。なるべく直接的な表現は避けるようにして、あと間違った捉えられ方をするのは嫌だったので、誤解されそうな部分は説明するように書きました。そういうのは今まで本を書いてきて、あまり考えたことがなかったですね。それと、書いていた最中は気づかなかったのですが、今まで書いてきたものに比べて、「ひねくれ度」みたいなものは減ったと思います。嫌なキャラクターがあまり登場しないし、登場させるにしても、その性別は意識して男性にしないようにしました。異性との恋愛が上手く行かなかったから、またはトラウマがあるから同性に恋をした、という風にも読める可能性が出てくるのでは、と思って。あと、作品が恋愛を描くことに注力しているからということもあります。恋愛は一生懸命に書いていると、汚い部分がどんどんなくなってきてしまうというか……。読者の方のレビューが出揃ってきているのですが、人によっては、そこが物足りないと感じるみたいで、「私の作品に屈折を求めている人もいるんだ」と気づきました。その辺は反省ですね。

――読者のレビューを読んで参考にしたりするのですね。

綿矢:読みますね。ネットで星の数とかも見られるので。「そうか……」と反省したりしています(笑)。

――なるほど(笑)。綿矢さんはこれまでの作品でも、芸能界に携わるキャラクターを描いてきましたが、今回また書くにあたってヒアリングなどはしましたか?

綿矢:しました。前に書いたときと芸能界が変わっているかもしれないと考えたこと、そして今までのキャラクターよりも、彩夏はもっと人気のある大スターとして書いてしまったので、そうなると前の作品の主人公とはまた違うのかなと思い直して、さらにもう一回話を聞きました。実際に本作での描き方は、これまでとは異なっていると思います。同じく芸能界に携わるキャラクターが登場する『夢を与える』を書いたときは、自分がまだ若くて、20代で絶望したらそこで再起不能みたいに思っていたんですよ。でも35歳くらいになってくると、同じ業界でしぶとく努力して、生きていくというのを意識するようになってきました。だから年齢を重ねたことが、芸能界や女優さんに対する考えを変えたのかもしれないです。

――そもそも綿矢さんが、芸能界のことをよく書かれる理由は何ですか?

綿矢:明と暗、オンとオフみたいな書き分けが好きなのと、演じているうちに物語に染まっていくような人が好きなので、そういう人物を書きたい気持ちは常にあります。役に入り込みすぎて、その役と自分のギャップに苦しむというようなことは、その職業ならではの葛藤だと思うので。特に彩夏で書きたかったのは、仕事だと割り切って、全速力で進みながらも、疲れて果ててさらに病に侵される。それで前より容姿に自信がなくなっていき、翼が折れたみたいに落ち込む。これまでは仕事だから“美女を表現していた”ところに、仕事だけじゃなくて、私生活でも落ち込むことが起きる。そして、それを乗り越えていくような、表裏一体のところ。そういうところに魅力を感じます。

「上手くいってほしいという願いを込めながら書きました」

――恋愛に対しても、考えの変化はありましたか? 

綿矢:片思いから書き始めるのは変わってないですね。でも、昔は片思いで諦めていたのが、だんだんしぶとく追いかけるようになりました(笑)。昔は淡い恋心、失恋みたいな小説が多かったんですけど、頑張り方が変わったという感じですかね。高校生のときは憧れの人とか、ミステリアスな人、片思いで王子様みたいな人という距離感で恋愛相手を書いていた気がします。年齢によって、相手に求めることも変わってきますし。小学生だと「足が速い」とか、大学生だと「あの人かっこいい」みたいな。30代になるとそれが職業になったり。

――綿矢さんはずっと恋愛の作品を発表し続けているので、同じ感覚で変わっている読者の方もいそうです。ずっと恋愛を書き続けている理由はなんですか?

綿矢:文章を書いているときの高揚や楽しさが、いちばんあります。私は人が書きたくて。人間の会話や気持ち、体とかもそうなんですけど。自分の中でこだわっているわけではなくて、それを表現していくとどうしても恋愛関係になる。というか、なってしまう。そういうのが好きみたいです。としか言いようがないですね。恋愛を通して、その人の人生の脆い部分が露になる瞬間が好きなんです。

――今回の作品は、同性同士の恋愛をしている方へのエールのようにも感じました。そういう意識はありましたか?

綿矢:私は本当に2人を応援していて、上手くいってほしいという願いを込めながら書きました。むしろ、正しいとか応援するとかではなくて、これだけ頑張って、うまくいかないのはおかしいと思っていました。歩んだ道は大変だったけど、それは状況だったりお互いの気持ちが見えなかったりもしたからで、それは普通の恋愛にも当てはまりますので。

――今までとは違う恋愛を書くにあたって、先ほど出てきた小説以外に、例えば映画やドラマなどで参考にしたものはありましたか?

綿矢:普段から映画はよく見るんですけど、同性愛がテーマの一つになっている映画は、昔から好きなので結構観ている方かと思います。『ムーンライト』が、もう本当に素敵な作品で……。小説冒頭の「青い日差しは肌を灼き」という文章は、あの映画を観てからの連想です。女性同士の恋愛でいうと『キャロル』も見ましたが、個人的には『アデル、ブルーは熱い色』の方が感動しましたね。台湾映画の『藍色夏恋』も素敵でした。そうした作品は大体、家でアマゾンプライムで見ました。映画館には3Dとか4Dみたいな、体感を求めていく感じで、もう遊園地感覚なんです。だから最近だと『アラジン』だったり、音響目当てで『ボへミアン・ラプソディー』も行きましたね。最近は小説だけではなく、映画にとても影響を受けています。

――そのように、たくさんの作品を見ている中で、近年の映画やドラマに感じることはありますか?

綿矢:国内のドラマでいうと、私が中学高校のときは野島伸司さんのドラマが流行っていて、恋愛に対してものすごくシリアスだったんですよね。私はそういうのがすごく好きだったんですけど、あのような作風は時代が生み出したものだったのかなと。特に最近の恋愛ものは、ナチュラルにニュートラルに描かれているものが多い印象なので、そんな時代の雰囲気と、私がかつて好きで今でも好きな激しい感情の恋愛ものの雰囲気を、上手くミックスして書けたらと思います。

「普段は映画のサントラを聴くことが多い」

――作品の中では音楽が、2人をつなぐ重要な役割を果たしています。それもザビア・クガートから小田和正まで幅広いジャンルに渡ります。

綿矢:ザビア・クガートはあれも映画からで、ウォン・カーウァイの『欲望の翼』で使われていていた曲です。小田和正は世代ではないんですけど、名曲だしそこは小ネタとして楽しんでもらえたらなと。

――特に小田和正は急に出てくるので、驚きました。男女の掛け合いの失恋の曲「Lucky」は誰の曲ですか?

綿矢:ジェイソン・ムラーズの曲ですね。これを書いているときは、作中に出てくる曲ばかり聴いていました。普段は映画のサントラを聴くことが多いです。ウォン・カーウァイのものとか、『ラスト・エンペラー』も大好きなんで、坂本龍一さんの作ったサントラを聴いています。

――ラインナップを聞いていると、インストの劇伴が多いですね。書く仕事をしていると、歌はない方がいいですか?

綿矢:確かに! 意識してなかったけど、その方がやりやすいのかもしれないです。歌詞がないものを仕事中に聴いて、歌詞のあるものを自由な時間に聴いていますね。あとはYou Tubeで聴いて、良かったものをダウンロードしています。

――次回作に関して、もう書きたい題材は決まっていますか?

綿矢:この作品を書いたときに、自分の中にある恋愛の物語は全て書き切ったと思っていたんですけど、時間が経ってくると、今回とはまた別の違う切り口で書けたらいいなという気持ちになってきていて。やっぱり、恋愛小説を書き続けたいという気持ちは変わらないですね。

(取材・文=佐々木康晴/写真=信岡麻美)

■綿矢りさ(わたや・りさ)
1984年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。12年『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞。著書に『勝手に震えてろ』『手のひらの京』『意識のリボン』など。本書に出てくる楽曲などについては、『生のみ生のままで』特設サイトに詳しく掲載されている。

■書籍情報
『生のみ生のままで 上』
綿矢りさ 著
発売中
価格:本体1,300円+税
発行/発売:集英社

『生のみ生のままで 下』
綿矢りさ
発売中
価格:本体1,300円+税
発行/発売:集英社

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