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小川糸が語る、認知症の母から受け取ったもの「死には、人生の切り札のような側面がある」

リアルサウンド

19/11/3(日) 8:00

 小川糸の最新作『ライオンのおやつ』の舞台は「ホスピス」。主人公である雫は、33歳でステージⅣの癌を宣告されてしまう。人生の終着点として選んだのは、とあるホスピスだった。そこでの出会いや死、別れを経験していくことで……というストーリー。小川糸は、本書を書いたキッカケは母が癌を患ったことだと、自身のブログで告白した。今回はその真意、そして死がもたらす負の側面以外の影響についても語ってもらった。(編集部)

「客観的な死」と「主観的な死」

――本作を書かれた理由は、母親の癌だったそうですね。

小川:以前に書いた『つるかめ助産院』は命が誕生する物語でしたが、命を終える場所の物語も書きたいという気持ちは、以前からありました。今回きっかけになったのは、母が癌で余命を宣告された時に「死ぬのが怖い」と言ったことでした。それが私にとって、とても驚くことでした。

――母親から聞くというのもまた、子どもとしてはドキッとしますね。

小川:はい。やっぱり母でも死ぬのは怖いんだな、と素直に驚きました。死には「客観的な死」と「主観的な死」の二つがあると思うんです。まわりの人が死ぬというのに対して、不安とか恐れはもちろんあるんですけど、私には自分の死が怖いという主観的な死の感覚が分からなかったんですよね。今は病院で亡くなる方が多いせいか、死が日常の暮らしから隔絶されていて、暗幕で覆われているような状態だと思うんです。分からなくて見えないからこそ怖い。そういうところが死にはあるんじゃないか? その暗幕を取るようなもの、これを読んだ人が、死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたいと思ったのが始まりです。

――その癌の話があるとしても、なぜ舞台をホスピスにしたのでしょう。

小川:病院は死ぬ場所として一番多いですし、イメージとしても強いと思います。でも、私がもし雫と同じ立場だったら、病院ではなくホスピスを選ぶだろうなというのと、母も最期は病院で亡くなりましたが、できることならホスピスに入れてあげたかった。そういう想いからですね。

――願いが込められているんですね。執筆にあたって、実際にホスピスなどを取材したのでしょうか?

小川:ターミナルケアの仕事をされている、奥野滋子先生にお話を伺いに行きました。ホスピスというと、自分の死を受け入れて静かに穏やかに亡くなっていく場所だと思っていたのですが、運命から逃れようとジタバタする人もいる。かと思えば、喜びや楽しみもある。悲しいとか辛いとかだけではなく、日常の中の喜怒哀楽がそのままある場所だというのを知って、このホスピスという場所に繋がりました。

――今回、登場人物はどのように決めましたか?

小川:歳をとってから、重い癌を患う場合が多いとは思うんですけど、子どものうちに癌になったり、働き盛りで癌になったりすることもありますよね。2人に1人が癌になる時代ということもあり、日本人なら、誰がなってもおかしくない。ホスピスにいる人も、決して同じような人ではなくて、それこそ作詞家先生みたいに運命から逃れようとして、ジタバタしたり八つ当たりする人がいる。そういう風にバリエーションがある方が、現実に近いんじゃないかなと思いました。


――個人的には、粟鳥洲さんが一番印象に残った人物です。自分でもあんなに泣けるとは思いませんでした。

小川:ええ! そうなんですか? どんな風にですか?

――映像として全部見えてきたんです。僕の中では、竹中直人さんが演じているドラマを観ているような感じでした(笑)。すごく真面目な人で、あんなにいい死に方もないなと。

小川:本当ですね、望みを叶えて。粟鳥洲さんに関しては、私がとてもお世話になった身近な方が誤って線路に落ちて、すごく痛い思いをする亡くなり方をしたので、物語の中では最高に気持ちよくというか、幸せな亡くなり方をしてほしいなと思ったのがイメージのきっかけになりました。

――他にもモチーフになった方はいますか。

小川:いたりいなかったりです。登場する犬の六花(ろっか)は私が飼っている犬がモデルですね。マドンナ自体は、こういう人がいてくれたらいいなという人物を書いたんですが、最初に映像として、もたいまさこさんをイメージしました。

――分かる気がします。もう映画化できますね!

小川:ちょうどこの物語のプロットを書いていた時期に、前作の編集者とご飯を食べていたら、そのお店にもたいさんがいらして。大ファンだったのですごくびっくりしました。お店を出てから「もたいさんでしたね」とキャーキャー話していて、ここでご挨拶しなかったら、絶対に後悔すると思い、バーって走って店に戻って(笑)。「もたいさん、実は私、本を書いていて」と、そのとき持っていた本を「良かったら読んでください」とお渡ししてきました。

――実在の人を想像する方が書きやすいですか?

小川:そうですね、なんとなくイメージがあった方が、自然に声が聞こえてきたりしますので。

おやつの記憶に悪いものはない


――今回、おやつに焦点を当てたのは何故ですか?

小川:最後の食事には何が食べたい?と聞かれたら、みなさん意外とすんなり答えられると思うんです。でも、おやつは?と聞かれると、私自身もなかなか難しくて。ただ、おやつを食べた記憶は確かにあって。何を誰が作ってどんな時に食べたかを思い出すことで、自分の人生を振り返ることができる。おやつの場面は、きっと幸せや喜びと結びついているのだと思います。その喜びとか忘れかけていた記憶を掘り起こすことが、自分の人生が幸せだったんだな、と気づけるきっかけになるかなと思ったからです。

――それでおやつに。ちなみに小川さんにもそういうおやつはありますか? 最後のおやつに何が食べたいですか。

小川:私の食事やおやつは祖母が作ってくれていたんですけれど、お年寄りなのでハイカラなものではなく、いつもお餅を乾かしたのを揚げたおかきとか、おまんじゅうの天ぷらなどが出されていました。小さい子にとってはきらびやかさに欠けるものですよね。それでちょっと文句を言ったら、次の日にストーブの上にフライパンを乗せて、ホットケーキを焼いてくれて。たぶん人生初のケーキと名のつくものを焼いてくれたんです。その時の喜びが印象に残っているので、それをまた食べたいですね。

――それは美味しそうですね。ところで、亡くなった後の最後の章の時に、そこまであまり登場しなかった梢ちゃんの手紙がいちばん最初に出てきます。何故こずえちゃんの手紙を最初にしようと思ったのですか?

小川:雫にとっては、梢ちゃんがいたことが人生の最後の最後の、めちゃくちゃ大きなサプライズだったんじゃないかなと思って。自分が一時期苦しんだり悲しんだり寂しい想いはしたけれど、それが養分になって、あそこに繋がってたんだ、って思えた。自分でそこに気づけた、ということが、やっぱり雫の人生にはすごく大きかったんじゃないかなと思います。

――最後の手紙を梢ちゃんを含めた、あの3人にした理由は、関わりの度合いでしょうか。

小川:そうですね。雫はいなくなったんですけど、その周りのパズルのピースを合わせていって、不在の部分を逆に浮かび上がらせました。周りの人が外側から雫の不在を生かす感じで。雫自体はもう言葉は発せないけれども、そこにはいるもの。それを表現したかったです。

ーー最後に語り手になる3人が、雫がいなくなった気がしていない感じが、また良かったです。

小川:亡くなったからといって、急にその人が消えるわけではないと思うんですね。私も母が亡くなってからの方がすごく身近な存在となり、常に一緒にいるような感覚になっているので。死というものは、ただ離れていくだけのものではないんじゃないかなと思っています。

認知症になった母が愛おしかった


――サイトにも書かれていましたけど、母親とは意見が合わないことも多かったそうですね。今になってお母さんの気持ちが分かる、ということはありますか。

小川:あります、あります。もし命に限界がなくて、ずっと母が生きていたら、私との関係性もずっと平行線のままだったと思います。死によって母を見る角度が変わり、気づけたことがすごくたくさんあります。死というものは決して悲しみとか喪失感だけではなくて、「ギフト」としていろんなものをもたらしてくれるというのは、実感としてありますね。母も母なりの方法で愛してくれてたんだなと思います。

――関係性が変わっていったのは、「死ぬのが怖い」と打ち明けられた後ですか?

小川:そうですね、体が弱っていくと心の面も弱っていくし、以前の母とは違う母の姿を見ることができました。だんだん認知症も出てきて、その姿を見てすごく愛おしいなって思えたんです。

――認知症になっていくお母さんを見て愛おしく思えるって、すごいことだと思います。テレビなどで見ても、介護に関してはすごく暗いことばかりが目に入ってきますよね。

小川:逆に今まで普通だったものがひっくり返って、違う面があらわれることもあり得ると思います。それこそ死がもつパワーで、魔法みたいに今までの関係性をくるっと変えてくれる。死には、いろんな可能性を秘めた人生の切り札のような側面があるんじゃないかなと思います。

――最後に、読者の方にこういうところに注目してほしいというのはありますか。

小川:死を意識することで、喜びながら生きることがどんなに大事かというのを改めて感じたので、重く悲しい作品にはしたくないと思って書きました。死をテーマにした作品ではあるんですけれども、生きていることの愛おしさとか、喜びや楽しみ、温もりみたいなものを感じていただけたらいいなと思っています。

■小川糸(おがわ・いと)
1973年生まれ。2008年『食堂かたつむり』でデビュー。以降多くの作品が、英語、韓国語、中国語、フランス語、スペイン語、イタリア語などに翻訳され、様々な国で出版されている。『食堂かたつむり』は2010年に映画化され、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ賞を受賞。2012年には『つるかめ助産院』が、2017年には『ツバキ文具店』がNHKでテレビドラマ化された。『ツバキ文具店』と『キラキラ共和国』は「本屋大賞」にノミネートされている。その他著書に『ファミリーツリー』『リボン』『ミ・ト・ン』など。

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