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山本益博の ずばり、この落語!

第二十六回『柳家花緑』 令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第26回

柳家花緑

古典落語の本道を往く傍ら、新作落語にも熱を入れる柳家花緑は、いま、「ⅾ47落語会」と称する、47都道府県を題材とした新作落語を作家藤井青銅と組んで全国展開をしている最中である。高座に座布団を敷いて、着物姿でしゃべるのではなく、花緑が椅子に座り、洋服姿で話す斬新なスタイル。

2013年、東京、山口、沖縄に続いて、第4回が「山梨県」ということで、甲府で開催された。

たまたま、私はその日午後甲府で仕事があり、その夜「d47落語会」の会場へ出かけた。楽屋から出てきた花緑師匠と目が合うと、師匠はちょっと驚いた様子だった。それもそのはず、落語から遠ざかっていると思われているところへ、東京ではなく、山梨・甲府だったことが重なったからである。

終演後、あいさつに出向くと、師匠は笑顔で迎えてくださり、私は「COREDO落語会」のことは胸にしまったまま、プログラムにサインをいただいて帰ってきた。

「COREDO落語会」では花緑師匠に新作落語をかけていただくことは考えてなかったが、柳家権太楼、春風亭一之輔につづくレギュラーのひとりとしてお迎えしたいという気持ちは、このときに固まったのだった。

柳家花緑は1971年(昭和46年)8月2日東京生まれ、本名・小林九。母方の祖父が五代目柳家小さんということで、1987(昭和62年)年2月、小さん門下となり、前座名・九太郎。小さん最後の内弟子である。現在、叔父が六代目柳家小さんを継いでいる。

1994年(平成6年)22歳で真打昇進、柳家花緑を襲名した。22歳での真打昇進は、戦後最年少でのとんとん拍子の出世である。

私の記憶に残る高座は真打になってから間もなくで、演目は『愛宕山』だった。噺の運びにスピード感が溢れ、愛宕山からのかわらけ投げの場面では、動きに切れがあり、文楽、志ん朝、小朝らの完成された『愛宕山』ではないけれど、若者らしいなんとも爽やかな高座だった。

1998年(平成10年)平成9年度国立演芸場花形演芸大賞受賞(2001年も)。その後、NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』で花緑が『寿限無』を披露、子どもたちの間でブームとなる。

著書には『落語家はなぜ噺を忘れないのか』(角川SSコミュニケーションズ刊)、『花緑の幸せ入門「笑う門には福来たる」のか? スピリチュアル風味』(竹書房刊)などがある。この『花緑の幸せ入門』の中で、自らが「発達障害」であることを吐露し、小学生の時の通信簿をそのまま披露し、言葉から漢字がすぐに思いつかないことのエピソードなどを披露して、だから、文字がいらずに口伝で噺を覚える落語家に向いていると綴っている。

柳家花緑著『花緑の幸せ入門「笑う門には福来たる」のか? スピリチュアル風味』(竹書房刊)

近年は、「花緑ごのみ」と題する独演会で、レパートリーを広げる傍ら、『文七元結』『おせつ徳三郎』『中村仲蔵』などの大ネタに挑戦している。

『中村仲蔵』は仲蔵のおかみさんにスポットを当て、それ向きのサゲに替えたりして、工夫が功を奏した出来栄えに仕上がっていて素晴らしい。『文七元結』は年輪を加えていく中で、多くの登場人物の掘り下げに一層の磨きがかかれば、将来、得意ネタになる可能性を秘めている。

できれば、今は「褒め言葉」に浮かれることなく、持ち前の素直さで「厳しい批評」に謙虚に耳を傾けてゆけば、さらに一段とスケールの大きな落語家になってゆくに違いない。五代目小さんの長屋噺は受け継いでいかなくてはならない使命があるが、そこへ花緑スタイルの人情噺が加われば、鬼に金棒ではなかろうか。

豆知識 『落語に出てくるたべもの:鮑』

(イラストレーション:高松啓二)

冬の貝の王様が「はまぐり」ならば、夏の貝の王様は「あわび」です。

はまぐりは、「蛤」とも「浜栗」とも書きます。形が栗に似ているからでしょうが、二枚貝です。ひな祭りの「貝合わせ」などに使われ、夫婦(めおと)の縁起を担いでいます。

一方、あわびは一枚貝、片貝です。現代では、贅沢な海産物の代表のように扱われていますが、昔から「鮑の片思い」などと言われ、おめでたい婚礼の宴などでは、忌み嫌われました。

落語『鮑のし』では、甚兵衛さんが、婚礼の席に鮑を贈り、たしなめられますが、おかみさんの機転による「鮑のし」のめでたい解釈で一件落着します。甚兵衛さんが鮑を魚屋で買い求めるとき、「尾頭付き」の鯛が最上等の魚介で、鮑は同じ値段でいくつも買えるほど大衆的な貝だったことがわかります。現在は、鯛の値打ちは下がり、年々、漁獲量が減り続ける鮑は超のつく高級品となってしまいました。

「水貝」と言って、鮑を刺身で食べる料理がありますが、鮑の持ち味の香り、甘みを堪能するには、「塩蒸し」「酒蒸し」が一番。「蒸し」と言っても、「水で何時間も煮る」のですが、一度硬くなった鮑が柔らかくなると、えもいわれぬような香りを立ち昇らせます。中華料理で使う、乾燥させた干し鮑では、絶対に味わえない妙味です。

作品紹介

『花緑の幸せ入門「笑う門には福来たる」のか? スピリチュアル風味』

発売日:2017年8月4日
著者:柳家花緑
竹書房刊

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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