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いま、最高の一本に出会える

『Anti Human Education』

教育を問い直す、東京デスロックの新作『Anti Human Education』

ぴあ

19/8/30(金) 10:00

進学や結婚などのライフイベントや日々の労働、食事に至るまで、「日本人」の暮らしをさまざまな「儀式」として見せた『CREMONY』(2014年)、「平和」をめぐる演説や詩をコラージュした『Peace (at any cost?)』(2015年)など、演劇の手法を使い、私たちが生きる社会を捉え直し、思考する場を仕掛けてきた東京デスロック。ここ数年は、東日本大震災後の日本とチェーホフが描いた革命前夜のロシアを二重写しにした『亡国の三人姉妹』(2016年)や同じくチェーホフの『かもめ』を下敷きに韓国の第12言語演劇スタジオと協働した『カルメギ』(2013年・2018年再演)などの戯曲上演でも、奥行きのある世界観を作り上げてきた彼らが、久々に戯曲を使わず構成のみで取組む新作『Anti Human Education』のテーマは「教育」だ。

そのきっかけとなったのは、主宰で演出家の多田淳之介自身もその渦中にあるという「育児」だ。

「子供が生まれたら、親としては、病気のことから社会にうまく適応するにはどうするかみたいなことまで、いろいろなことを調べるんですよね。そうすると世の中に対して疑問に思ってたことの多くが“教育”にかかわっているなぁと気がついたんです。そもそも、子育てしていて面白いのは、人間ができあがっていく過程を見られること。人がどう育つかは、周囲の環境や獲得する母語によっても変わってくる。であれば、僕自身小中高校でのワークショップをやったりもしていますし、この機会にあらためて“教育”という視点から人間について考えてみたいと思いました」

とはいえ、よくある“当事者ならではの発信”にこだわっているのではない。狙いはむしろ、子育てをしている/していない、教育にかかわる/かかわらないの分断を超えるところにある。

「僕自身は、子供を持つことで、より踏み込んでこういう問題について考えるようになったけど、たとえばこれからの学校教育がどうなっていくかといった問題にどのくらいの人が関心を持てるか。僕らの公演を観に来てくれる人は若い人が多いですし、同年代でも結婚していない人、お子さんのいない人は多い。ましてやこれから教え育てる側にまわる人もそう多くはないはずです。だからまずは、僕らも含め劇場に集まった人たちが、今までどういう教育を受けてきたかを入り口にしながら“人間とは何か”というテーマに行き着きたいと思っています」

タイトルの「Anti Human」には、「非人間」と医学用語で「抗ヒト」のふたつの意味が込められている。クリエーションにあたって参照したのは、近代教育のバイブルとされるルソー『エミール』と、育児本、教育本、殺人事件などの資料。さらに、日替わりでゲストに迎える教育の専門家たちにも取材し、その内容をメンバー内で共有しながら、パフォーマンスの構成を練っている。

「ルソーが教育を通じて変革しようとしていた不平等や格差の問題は、今の社会にも通じるものです。劇中では実際に犯罪を犯してしまった人もモチーフとして使ったりもするので、もちろん被害者の方を一番に考えて作ってはいますが、でも重要なのは、どうして彼らが犯罪を犯すに至ったのかということ、そこに感情移入したい。教育の目標は、社会を構成するための心身ともに健康な人を育成することとされていますが、実際にはそこから外れる人が出てきている。外れるということがある時点で、もうそれは非人間を生み出すシステムでしかないのではと問いたい。その上で、ゲストのお力も借りつつ、もしかしたら変えられる可能性があるんじゃないかと考えてみたいと思います。そうやって何かしらこの作品が、ヒトに効くワクチンのようになれたらいいなと」

毒を含みつつ、薬にもなる。それだけに、東京デスロックの作品は、観客に強くコミットしようとする。その多くは、客席と舞台の境目を曖昧にしており、観客は嫌が応にも、俳優が発する問い、感情を間近で受け止めることになる。

「どういう会場にするかは、今回もギリギリまで試行錯誤していくつもりです。回によって、教室っぽかったり、ひな壇風だったりと変えてもいいんですけど……いずれにしても、お客さんとの双方向性が持てる作品にしたいですね。家庭教育は別としても、大まかには同じ時代の教育を受けてきた者同士、共有できるものもある気がしますし」

時にはそのストレートな問いかけに戸惑うこともあるだろう。想像以上に重い宿題を背負わされる居心地の悪さを感じることさえあるかもしれない。だがその違和感はきっと、次なる思考、行動へと観客を誘うはずだ。簡単には消化できないが、そのぶん効力を持つ。それが、東京デスロックの仕掛ける演劇の時間だ。

東京デスロック『Anti Human Education』は、8月31日(土)から9月8日(日)まで横浜・STスポットにて上演。

取材・文:鈴木理映子

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