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復活上映をより楽しむための背景解説! いま観ても変わらない『ホット・ファズ』の魅力

リアルサウンド

20/7/4(土) 12:00

 いまや、『ミッション:インポッシプル』シリーズで、トム・クルーズ演じるスパイに助け出される“ヒロイン”ベンジー役でお馴染みのサイモン・ペッグ。そして、『ベイビー・ドライバー』(2017年)で大ヒットを達成し、その世界観で多くのファンを獲得した映画監督エドガー・ライト。

参考:エドガー・ライト監督『ホット・ファズ』復活上映決定 『ポリス・ストーリー 』との2本立て企画も

 ともに世界的に知られるようになった二人だが、彼らは地元のイギリスで、主演俳優、監督として何度も一部の映画ファンを熱狂させる映画を作ってきた存在でもある。その中の一つであり、ファンの支持も厚い『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』が、この度、日本で“復活上映”される。ここでは、そんな本作を十分楽しむための背景と、いま観ても変わらない魅力を語っていきたい。

 映画監督エドガー・ライトが世界的なデビューを果たし、その作家性の核としているのが、“スリー・フレーバー・コルネット”と呼ばれる作品群である。コルネットとは、イギリスなどヨーロッパで親しまれているコーンアイスの総称で、日本でいえばジャイアントコーンにあたるお菓子だ。その3つのフレーバーとは、エドガー・ライトとサイモン・ペッグ、そして俳優ニック・フロストを加えた3人の味のこと。つまりこれらの映画は、彼ら仲良しトリオの個性がもたらす、親しみの持てる庶民的なお菓子のような映画ということなのだ。そして本作『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』は、その2番目の作品にあたる。

 学生時代から映像作品を撮っていたエドガー・ライト、コメディー俳優サイモン・ペッグ、ニック・フロストの3人は、イギリスのシチュエーション・コメディー『SPACED ~俺たちルームシェアリング~』をともに作り上げ、そろって人気を獲得した仲間だ。この成功を基に、彼らは自分たちの持ち味(フレーバー)がハーモニーを生み出す長編映画を撮ることになる。それが、一部の映画ファンにとって伝説となっているゾンビ・コメディー映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)だった。

 ジョージ・A・ロメロ監督の歴史的作品『ゾンビ』(1978年)など、数々のゾンビ映画のパロディが連発する内容は、“B級映画”といわれるジャンル作品への愛情と、若いクリエイターならではの感性、イギリスの皮肉なユーモアが炸裂。なかでも、パブで飲んだくれてバカ話ばかりしているような男たちを好意的に描き、ゾンビが大挙して迫りくる世界の終末に彼らが大活躍するという趣向が喜ばれ、愛されるカルト映画になったのだ。

 この“スリー・フレーバー・コルネット”第1作の成功を受けて作られたのが、本作『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』である。この作品もパブを舞台にした酔いどれたちの話なのかと思いきや、冒頭、警察の制服に身を包み颯爽と現れるサイモン・ペッグの姿に目を奪われる。今回、彼が演じるのは、意外にも超有能なロンドン首都警察の警官、ニコラスなのだ。

 だが、彼はあまりにも有能過ぎた……。警察本部では、ニコラスが一人で事件を解決してしまうため、他の警官たちや上司の存在が霞むという理由で、田舎の警察署へ転属させられてしまうのだ。何という理不尽。

 田舎町サンドフォードに着いたニコラスは、ニック・フロスト演じる、街の警察署長の息子でのんきな性格の警官ダニーと組まされ、長い間“事件ゼロ”というのどかな町で、バザーの警備をしたり、逃げた白鳥を捕まえるという、やり手の警官には相応しくない仕事ばかりを担当させられていく。そんな環境で功を焦ったニコラスは大きな失敗を経験し、ついにパブでダニーと酒を飲み酔っ払うという、結局は“いつもの感じ”になってしまう。むしろ、これが彼らの映画の本来のかたちだと言ってよいだろう。

 とはいえ、『ショーン・オブ・ザ・デッド』を楽しんだ観客にとっては、納得いかないところがあるかもしれない。なぜなら、本作のここまでの展開には怒涛のアクションや悪ノリした過激描写が、それほど見られないのだ。しかし、安心してほしい。この田舎町に隠された、とんでもない秘密が明らかになってから、物語は予想を超えた展開へと突き進むことになる。その飛躍した悪ノリこそが、エドガー・ライト監督の真骨頂といえるのだ。

 ライト監督は18歳の頃、高校の友人たちと一緒にホームビデオで『デッド・ライト』という刑事コメディーを撮っている。この作品もまた、ある事件を捜査するという内容から、突然過激なアクションが始まっていくように、構成が本作とそっくりなのだ。『デッド・ライト』は、ティーンならではの無邪気な内容といえばそれまでなのだが、よく考えてみると、その後プロとして映画を作り続けているエドガー・ライトは、映画づくりの技術を高めながらも、結局やってることの本質は十代のときから変わってない。そして、その子どもっぽさやイタズラ心こそが、彼が観客から愛される部分なのである。

 そして、『ショーン・オブ・ザ・デッド』同様に、本作もジャンル映画への愛情を示すことを忘れてはいない。ニック・フロスト演じる相棒は、自宅に膨大なDVDコレクションを持っている、ジャンル映画好きという設定。キアヌ・リーヴス主演の潜入捜査アクション『ハート・ブルー』(1991年)と、ウィル・スミスとマーティン・ローレンス主演の刑事バディアクション『バッドボーイズ2バッド』(2003年)がお気に入りだ。本作はいろいろなハリウッド製刑事映画の小ネタが散りばめられているが、この2作を押さえておけば、パロディ描写は十分楽しめるようになっているので、可能であれば事前に鑑賞してみてほしい。より本作が楽しくなるはずである。

 なかでも、『バッドボーイズ2バッド』でウィル・スミスが演じていた、二挺拳銃を構えたままで横っ飛びするという、ジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(1997年)ばりのスローモーションを再現するシーンでは、かっこよさとギャグが混在した、エドガー・ライト独自のテイストが楽しめる。ストーリー自体には何の関係もない描写だが、ただ“やってみたかった”という気持ちが強く伝わってくる場面だ。

 ほかに、元“007”ジェームズ・ボンド役のティモシー・ダルトンが、いかにも怪しい人物をダンディーに演じていたり、マーティン・フリーマンやビル・ナイなどの英国ベテラン俳優、さらにケイト・ブランシェットやピーター・ジャクソン監督がカメオ出演しているので、キャストの賑わいにも注目してみてほしい。

 本作含め、“スリー・フレーバー・コルネット”作品には、サイモン・ペッグやニック・フロストが楽しそうにパブでぐだぐだやっていたり、アイスを食べている姿、それを嬉々として撮っているエドガー・ライト監督に象徴されるように、他人が社会のなかで地位やキャリアを積み上げようと、自分たちが面白く生きていくことが大事だという雰囲気に満ちている。それは、真面目な組織人間だった主人公ニコラスが、本作のストーリーのなかでどういう選択をするのかにも表れているし、エドガー・ライト監督がキャリアを重ねながらも、厳しく管理される超大作で持ち味を殺すような映画づくりから逃れている姿勢にも表れているように感じられる。

 そして、彼らが映画のなかで戦う敵は、いつでも、個性を奪い全てを均質的にしようとする社会に似た力なのではなかっただろうか。彼らは、一見すると世の中の役に立たない、いてもいなくてもいい人間かもしれない。だが、ひとたび社会が極端な方向に振り切れ、一つの危うい方向に進もうとするとき、または社会の歯車として使い捨てしようとするシステムがわれわれを覆うとき、そして世の中にとって必要ではないという、無言の圧力が加わるとき、その力に抗うことができるのは、彼らが手にしている“不真面目さ”であり、周囲の価値観に影響されない個人主義的な考え方なのではないだろうか。だからこそ彼らは、善良さを忘れない限り、ある条件下においてヒーローとして戦う資格があるといえるのではないか。

 年を重ねていっても、楽しいことを追い求めながら、ぐだぐだと生きていてもいい。われわれが現実社会のなかで苦しんでいる瞬間も、彼らはパブでビールを飲んでいたり、田舎町で逃げた白鳥を追いかけまわしているかもしれない。そして、われわれも彼らのような幸せを手に入れられるかもしれない。それは一つの希望であり、救いなのである。(小野寺系)

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