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支配人・岩波律子氏に聞く、ミニシアターの草分け・岩波ホールの“re:START”

ぴあ

今回のコロナ禍のエンタメ業界において危機が叫ばれたひとつに挙げられるのがミニシアターだ。その苦境が多くのメディアで伝えられたことは記憶に新しい。緊急事態宣言解除後、営業が再開されたものの、その現状は厳しい状況が続く。その置かれた状況は老舗のミニシアターであっても例外ではない。

50年以上続き、ミニシアターの草分け的存在である岩波ホールもまた、これまでにない事態に直面した。いち早い劇場の休業から、今年上映が予定された作品の来年公開への延期。そして休館から約4カ月、過去に上映した名作を集めた特集上映<岩波ホールセレクション>で再スタートを切る。老舗ミニシアターがこれからどんな“re:START”を切るのか? 岩波ホールの岩波律子支配人に話を聞いた。

2月下旬にいち早く休業を決定。その決断に至った理由は?

はじめに、岩波ホールが劇場の休業を決めたのは2月下旬のこと。まだシネコンなど多くの映画館は稼働している頃だった。その中で、いち早く劇場を閉める決断に至った理由はどこにあったのだろうか。

「正直申しますと、もう少しやりたい気持ちはありました。ただ、その時点で、爆発的な感染拡大が世界で起きていましたし、おそらく日本もその波は避けられない。そう遠くはないところで劇場を閉めなくてはならないだろうなと。

その中で、やはり考えたのは安全面です。万が一の可能性でも、感染者を出してしまったらお客様に多大なご迷惑がかかりますし、スタッフの安全も守れないことになってしまう。また、一度、そういう事態が起きますと、やはりお客様もなかなかお越しになりづらくなる。どうしても足が遠のいてしまうと思うんです。それで、苦渋の決断でしたけど、いち早く、館を閉めることにしました。当時、上映されていた作品の配給会社さんにはご迷惑をおかけしてしまったんですけど」

岩波ホールの場合、エキプ・ド・シネマの会(※世界の埋もれた映画を発掘・上映することを目的とした岩波ホールの会員組織。“エキプ・ド・シネマ”はフランス語で“映画の仲間”)の会員をはじめ、長年にわたって館を支持するファンが多い。そのことから分かるように、シニア層がメイン。映画館に長年通ってくれている常連への考慮もあったという。

「高齢の方の病状が悪化する事例が多く伝えられていましたから、やはり私どもとしてはひとりもそういう方を出したくない。大切なお客様ですから、なにかあってからでは遅い。それも早く決断した理由のひとつですね」

さらに岩波ホールは自社ビルであることから、他のフロアへの配慮も考え、独自の判断が求められた。

「ビル全体のこととして考えなければならなかったところもありました。もし万が一、私どものホールで感染が起きてしまったら、テナントとして入ってくださっている各所の皆様にもご迷惑がかかる。皆様それぞれに経営がありますから、そこに支障をきたすようであってはならない。そこも考慮しました。

現に、今回の劇場を開けるにあたっても、全フロアにご挨拶にうかがって、エレベーターで混むことがないようにといった対策をご説明して、再開に至っています。早く閉めすぎと思われた方もいらっしゃると思うんですけど、私どもとしては正しい判断だったのかなと思っております」

お客様が来ない、問い合わせの電話もない。休業期間中に思ったこと

コロナ禍での、ミニシアターをめぐる大きなムーブメントとしては、クラウドファンディングの“ミニシアター・エイド基金”が記憶に新しい。有志が声を上げて始まったミニシアター・エイド基金は目標額を大きく上回り、3億円を突破。支援の輪が広がった。

ただ、先に触れたように岩波ホールは自社ビル。大手メジャーのシネコンでもないが、テナントとして間借りしている多くのミニシアターともちょっと立場が違う。そういう微妙な立ち位置で、このムーブメントは遠巻きに見るしかないところがあった。

「置かれた状況、映画館としての気持ちとしては同じなんですけどね(笑)。これは仕方がないです。私どもとしては、自分たちでやっていくしかないなと思いました」

ただ、こうしたムーブメントが起きたことはうれしかったという。

「ミニシアターをこれだけの方々が大切な場所と思ってくれていたことは、すごくうれしかったです。私どもの映画館にも、“少しでも早く開くことを待ってます”とか、“まだ始まらないんですか?”とか、皆様からの声が寄せられて、それが再開に向けての大きな励みになりました。

年に1回、会員の方とお会いする会を実施しているんですけど、創立(1968年)した翌年から岩波ホールに通われている方もいらっしゃるんですね。お話しすると、映画とともに人生があったような方ばかり。私も気持ちは一緒です。ですから、私どもは映画を届ける側で、会員の皆様はそれを受け取る側ですけど、気持ちとしては映画の同志。そういう方がいらっしゃって映画館を支えてくださっていることを、あらためて実感する機会になりました。

休業期間中はオフィスにいても電話が鳴らない。問い合わせのお電話がない。もちろん劇場にはどなたもいらっしゃらないわけで、これほど寂しいことはありませんでした。お客様と接する機会がまったくないことが、本当につらかった。お客様の声が、再開に向けての大きな原動力になったことは間違いないです。

それから私どもの場合、配給会社さんらとそれこそ膝を突き合わせて、さまざまなことを徹底的に話し合う。題名ひとつでも100案ぐらい出したりすることもある。そうして1本の映画を皆様にお届けしているんですね。今回の休業期間というのは、この現場仕事のことを思い出しまして、配給会社さんをはじめとする関係者の皆様もまた同志なんだなと実感しました」

再開しようとしたら更なる問題が。上映する作品がない!

劇場の再開を考え始めたのは、緊急事態宣言の解除が視野に入り始めた5月中旬ぐらい。ただ、ここで問題に直面する。

「私ども岩波ホールは、たとえば1カ月半ならその期間、1本の作品を途中で打ち切ることなく上映し続ける。でも、今回休業に入る前に上映していた作品の配給会社さんにはびっくりされたんですけど、その後上映を予定していた3作品に関しては、“上映するならばこういう不安な形ではなく、万全の形でやりたい”ということで、来年に公開を延期することですんなりとお話がまとまったんですね。

ということで、その3作品が来年に回ってしまった。そのため、いざ6月ぐらいからの劇場再開が視野に入ったとき、8月22日から公開を予定している『シリアにて』までの間、上映する作品が不在といいますか。ぽっかり空白になってしまった。これは困ったなと(笑)」

『シリアにて』
8月22日(土)公開
(C)Altitude100 - Liaison Cinematographique - Minds Meet - Ne a Beyrouth Films

しかも、『シリアにて』公開後の今秋からは元々予定されていた改修工事が。劇場が再びオープンするのは2021年の2月となる。「このままではいけない。なにか映画をお届けしよう」ということで、急遽組まれた特集プログラムが<岩波ホールセレクション>だった。

「幸い、今回上映が中止や延期となった昔からおつきあいのある配給会社の皆様から、この機会にという声をいただいたので、リストアップしていただいたんですけど、結構いい作品の権利をまだお持ちで。かつて岩波ホールで上映してはいるんですけど、私たちもあらためて観てみたい作品がいっぱいあった。それで突貫工事じゃないですけど、急いでプログラムを組みました」

名監督たちとの思い出深い作品も。岩波ホール過去の名作を再上映

プログラムは、ムヴィオラ配給作品『オレンジと太陽』が第1作目として6月13日から19日まで上映済みで、現在は同配給の『パプーシャの黒い瞳』を上映中。この後も、岩波ホールで上映された過去の名作が、配給会社ごとに次々と上映される。

『パプーシャの黒い瞳』
6月20日(土)~6月26日(金)上映
(C)ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

「我ながらと言ったらおこがましいんですけど、名作シリーズと言っていい、なかなか見ごたえある作品がそろったなと思っております。いずれの作品も思い出深いのですが、中でも、ザジフィルムさんにお願いして実現したアニエス・ヴァルダ特集は組めて良かったです。(※アニエス・ヴァルダはベルギー出身の映画監督)

昨年、お亡くなりになってしまったのですが、ヴァルダさんは本当にパワフルな女性で。もっと長生きするものと思っていたので、まだお亡くなりになったのが信じられないところがあります。何度かご一緒する機会に恵まれたのですが、私の中では“肝っ玉かあさん”と言いますか(笑)。社会活動家やフェミニストといったパブリックイメージがあると思うんですけど、おっかさんと呼びたくなる、真の意味で、強い女性でした。

本当にお母さんみたいな人で、常に周囲に目配りしている。岩波ホールの前総支配人、高野(悦子)が存命だった頃、フランスでご一緒したことがあって、お昼を食べないかと言われたのでついていったら、なんとご自宅で。台所で料理を作り始めたら、ずっと作っていてテーブルに戻ってこないんです(笑)(※“高野”は正しくははしご高)。その後日本にいらしたときにも、私とたまたま一緒に帰ることがあったんですけど、“この後食べるごはんはあるの?”と聞いてくる。

それから、銀座の山野楽器に行きたいということでお連れしたことがありました。なんでかなと思ったら、ビデオコーナーで夫であるジャック・ドゥミ監督のソフトをチェックし始めて、“コレは権利が切れてるはず”とかぜんぶチェックしていましたよ(笑)。それぐらい目配りの人でまめ。おそらくジャック・ドゥミ監督は相当、彼女に助けられたんじゃないでしょうか」

特集:アニエス・ヴァルダ監督 (※写真は『落穂拾い』)
7月18日(土)~8月7日(金)上映
(c)Cine Tamaris 2000

岩波ホールとゆかりの深い監督といえばポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダも外せない。彼の作品は遺作となった『残像』が上映される。

「何度も来日してくれましたし、いろいろな思い出がある監督さんです。1987年に京都賞の思想・芸術部門を受賞されて、賞金が4500万円と聞いて、私たちは“これで次の作品が撮れるだろう”なんて考えていたら、ワイダ監督はこれを基にポーランドのクラクフに日本の美術館(日本美術技術センター)を作りたいと。それで高野(悦子)も協力して募金活動を一緒に行ったのはいい思い出です。日本の文化や美術を大切してくださる監督さんでもありました(※“高野”は正しくははしご高)」

『残像』
6月27日(土)~7月3日(金)上映
(C)2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 - ?odz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage- Fundacja Tumult All Rights Reserved. 

そんな<岩波ホールセレクション>だが、この上映の機会についてはさまざまな思いがあるという。

「本も映画もそうなのですが、再度観たり、読むと印象がずいぶん変わることがある。時を経て、自分も歳を重ねると、当時観たときには気づかなかったことに気づいたり、汲み取れなかった意味が分かったりと、新たな発見がある。あと、10年経てば、忘れていることもありますよね(苦笑)。

今回の自粛生活で、私自身もいくつか映画を観直したりしたのですが、やはり印象がまったく違ったりする。より深いことを感じるときがある。良い映画は、何度も観ることで理解が深まる。より味わい深く感じられるものなのではないでしょうか。お客様にとって、1度観た作品と再会して、新たな魅力を体感する場になってくれたらいいなと思っております。

あと、この特集上映期間の座席は、縦は1列おき、横は1席を空けるようにして、見えづらい位置の席も空けて、220席のうち60席のみでの上映になります。もちろん安全面に最大限配慮してのことではあるのですが、長く休業していましたから、これぐらいの席数でお客様をお迎えするのが私どもとしても万全を期せるかなと。もちろん多くの方にご来場していただきたい気持ちはやまやまなのですが。

そういう意味で、劇場再開のウォーミングアップのようなところもある。ですので、お客様にとっても、映画館に足を運ぶウォーミングアップになってくれたらいいかなと思っております」

単なる知識ではない体験を得られる場。岩波ホールはそういう場でありたい

前述のように、今回の<岩波ホールセレクション>、そして『シリアにて』の上映後は改装工事へ入る。

「映写関係、天井、椅子などのメンテナンスです。見かけはあまり変わらないと思います。新しくなったと思っていらっしゃったら、“どこが違うの?”と逆に驚かれるかもしれません(苦笑)。

もう古いので内装なども変えたほうがいいのかなと思いつつ、今の若い方は“レトロ”と言ってくれて喜んでくださったりする。この雰囲気がいいとおっしゃってくれる外国人の方もけっこういらっしゃる。これも私どもの劇場らしさであり、なくしてはいけないのかなと。まったく別の映画館に変化していることはないので、安心していらしてください」

劇場の再開は来年2月。そこからがまた新たなスタートと言っていいのかもしれない。老舗ミニシアターとしてこれからをどう考えているのだろうか?

「多くの方が当分は、密集することを避けたい気持ちを消すことはできないと思うんです。ですから通常に戻るにはかなり時間がかかることは覚悟しております。

もう一方で、現在のような席数を限定して、ソーシャルディスタンスをとっての上映というのが、果たして、真のスクリーン体験、劇場体験、映画体験と言えるのかなと。やはり、多くのお客さんと場を共有しながら時間を過ごす。暗闇の中で、見ず知らずの人と観ることが真の映画体験ではないでしょうか。それがこのコロナ禍で、なくなってしまってはいけない。

もちろん作品を楽しむことはDVDやVODでもできます。ただ、実感を伴うということに関しては、音楽にしても舞台にしても、ライブが長けている。映画を映画館で観るということも、変な言い方になりますが、“半ライブ”だと思うんです。演者や奏者は目の前にいませんけど、映画が代わりとなってくれて、体感としてこちらに伝わってくるものがある。

そうやって身をもって実感したことは、自分でなにか物事を判断する際の素養を作るんです。情報として素通りしていかない。単なるデータで終わらない。自分の身に置き換えて考えたり、そのことに思いを馳せたりすることができる。そのように物事を感じたり、見たりすることができるのは、とても大切だと思うんです。

単なる知識では得られない、体験できてこそ得られることがある。映画館もそういう場所のひとつではないか。岩波ホールはそういう場でありたいし、皆様が体感してなにかを得られるような作品を今も昔もこれからも届けていきたい。

もちろん今回が再スタートではあるんですけど、岩波ホールとしては良い意味で変わらないといいますか。よく“愚直”と言われるんですけど、1本1本、映画を大切に届けることをこれからも続けていきたい。先々のことを考えても仕方がないので、そのとき、そのときでベストを尽くしていければいいかなと思っております」

取材・文:水上賢治 撮影:源賀津己



岩波ホールセレクション

第一弾 ムヴィオラ配給
上映終了 『オレンジと太陽』
6月20日(土)~6月26日(金) 『パプーシャの黒い瞳』

第二弾 アルバトロス・フィルム配給
6月27日(土)~7月3日(金) 『残像』
7月4日(土)~7月10日(金) 『少女は自転車にのって』
7月11日(土)~7月17日(金) 『12か月の未来図』

第三弾 ザジフィルムズ配給
7月18日(土)~8月7日(金) 特集:アニエス・ヴァルダ監督

第四弾 アップリンク配給作品
8月8日(土)~8月21日(金) 上映作品調整中

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