Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

ぴあ

いま、最高の一本に出会える

菅田将暉の涙の熱演が訴えるメッセージ 『アルキメデスの大戦』“戦艦大和”のロマンと矛盾を描く

リアルサウンド

19/7/31(水) 10:00

 菅田将暉にとっては、『生きてるだけで、愛。』以来の出演作、主演となると『となりの怪物くん』(土屋太鳳とダブル主演)以来、実に約1年3ヵ月ぶりとなる待望の映画『アルキメデスの大戦』が公開中だ。『ドラゴン桜』などで知られる漫画家・三田紀房の人気コミックを原作とする本作。その監督を務めるのは、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズや『永遠の0』など、VFXを駆使した大作映画で結果を出してきたヒットメイカー・山崎貴である。予告編などの情報から、どうやら“戦艦大和”の建造をめぐる物語であること、菅田将暉演じる主人公は、その建造を阻止する立場の人物であること、さらには数学の天才であることが明らかとなっているけれど、実際問題、この映画はどんな映画なのだろうか?

参考:『天気の子』が映すエンターテインメント産業の功罪 新海誠監督が選択したラストの意図を考える

 ちなみに、原作者である三田紀房は、3年前の対談(それでも日本人はまた戦艦「大和」をつくるだろう~この国が抱える根本的な宿痾)で、本作の執筆動機について、こんなふうに語っていた。「この漫画を描こうとしたきっかけは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場建設計画で、当初は1300億円だった総工費が3000億円を超えることになったことへの疑問でした。なぜそうなったのか? を考えているうちに、ふと戦艦『大和』が思い浮かんだんですね。建造費1億4503万円、当時の国家予算の4.4%もの巨費を投じて造られた戦艦『大和』が」。あらかじめ言っておくと、この発言は、既に映画を観た人ならわかるように、本作を考える上で、実は大きなヒントになっているのだった。

 映画の舞台となるのは、1933年(昭和8年)、欧米列強との対立を深め、軍拡路線を歩み出した頃の日本だ。現在、NHK大河ドラマ『いだてん』が描き出しているのが、ちょうど五・一五事件とロサンゼルスオリンピックがあった1932年(昭和7年)なので、まさしくその翌年にあたる頃の話である。風雲急を告げる国際情勢のなか、海軍省の幹部たちは、新型軍艦の建造案をめぐって、その意見を対立させていた。

 片や、嶋田繁太郎少将(橋爪功)、平山忠道中将(田中泯)ら、のちに“大和”と称される世界最大級の軍艦の建造を主張する大艦巨砲主義者たち。片や、永野修身中将(國村隼)、山本五十六少将(舘ひろし)ら、今後の海戦は航空機が主流になるとして空母の建造を主張する航空主兵主義者たちである。議論を重ねた結果、建造費の観点から、より安い見積もりを提出した平山案が採用されそうになるも、その不自然に安い見積もりに疑念を抱いた山本少将は、独自にその見積もりを再検討することを画策。その協力者として白羽の矢が立ったのが、100年にひとりの天才と言われながら、理由あって帝大を中退したばかりの若き数学者・櫂直(菅田将暉)だった。

 「軍隊嫌い」を公言し、「数学こそが真の正義である」という信念を持った“理性の人”でありながら、貧困にあえぐ国民の窮状を憂う“感情の人”でもある櫂は、最終的に山本少将の申し出を受け入れ、海軍主計少佐の任に就き、平山案の見積もりの再検討を試みる。原作以上に感情豊かで、ところどころコミカルでチャーミングな味付けが施された、菅田演じる“櫂直”という主人公。ピッタリと似合った制服姿の印象もあってか、その様子はどこか彼の主演作『帝一の國』を彷彿とさせる。軍事機密の名のもと隠蔽された数字をはじめ、派閥間の覇権争い、そして何よりも“新参者”である彼に対しての非協力的な態度など、櫂は数々の困難に直面する。しかし、それを彼は、天才ならでは発想と大胆な行動力、そして驚異の計算力によって、次々と打破していくのだった。

 最初は彼のことを疎んじながら、その才能と情熱に感化され、やがてそのよき協力者となっていく櫂の世話係・田中正二郎少尉(柄本佑)をはじめ、その信念に次々とほだされてゆく人々。そして、旧態然とした組織のなかで、自らの野望や出世、あるいは保身に縛られた上層部の人々という構図。それは、現在放送中のドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS)をはじめ、これまで数々の作品がドラマ化・映画化されてきた、池井戸潤の小説世界を彷彿とさせると言えるだろう。というか、いわゆる“戦争もの”が得意とするアクションシーンではなく、その“会議”を主戦場とした、言わば“サラリーマンもの”としての面白さが、実は本作の何よりの醍醐味なのだ。

 けれども、多くの人々が当初から気になっているであろうポイントがひとつある。そう、「数学によって大和の建造を阻止しようとした男」とは言うものの、現代に生きる我々は、実際に大和が建造されたこと、そしてそれがたった一回の実戦運用の末(しかも、それは特攻作戦だった)、九州南方海域の坊ノ岬沖海戦で撃沈されたことを知っているのだ。菅田将暉演じる“櫂正”という人物はフィクションではあるけれど、本作のなかで繰り広げられる、ときに快哉を叫びたくなるほどの彼の活躍は、果たして何を意味しているのだろうか。それは、いわゆる“会議もの”としてのクライマックス、自らがはじき出した数式を黒板に長々と書き連ねながら、己が理論を整然とプレゼンテーションする菅田将暉の熱演のあと、唐突に訪れる。そう、この物語は、終盤一気に反転し、“理性”と“感情”が交錯する、とても奇妙な結末を迎えるのだった。そのラストシーンで菅田将暉が見せる、得も言われぬ表情と、その頬を伝う涙。それは果たして、我々の心に何を訴えかけているのだろうか。

 思い返せば、木村拓哉主演の映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』で、すでに一回、別の“大和”――“戦艦ヤマト”を実写化したことのある山崎貴監督が、百田尚樹原作の小説の映画化である『永遠の0』で“特攻隊”を、とても感傷的に描いた彼が、奇しくも「ロマンに殉ずる美学」ではなく、リアリズムに打ちのめされる若者の姿を描くことになった『アルキメデスの大戦』。それは、冒頭に挙げた原作者・三田紀房の発言ではないけれど、戦艦大和の建造から80年以上経った今もなお、巨額を投じて行われる国家的プロジェクトに付随する、ある種の不透明さと、それに関わる者たちのさまざまな思惑、さらには、我々日本人が今もなお、“戦艦大和”に象徴されるような巨大建造物に相も変わらず抱いているロマンと幻想、そして矛盾──“理性”と“感情”が入り混じった人間存在の複雑さと困難を、改めて浮き彫りにしてみせるのだった。その意味で本作は、確かに今、この2019年において観る意味のある一本となっている。是非、その目で確認してもらいたい。
(文=麦倉正樹)

アプリで読む