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山本益博の ずばり、この落語!

お気に入りの落語、その七『愛宕山』

毎月連載

第33回

21/3/8(月)

(イラストレーション:高松啓二)

『愛宕山』ー舞台は春の京都。奇想天外な場面でのリアリズムな芝居が見どころ

『愛宕山』は春の京都が舞台の噺である。

昭和の名人八代目桂文楽が噺の中で「早蕨の握り拳を振り上げて 山の頬づらはる風ぞ吹く」と詠むと、高座に春めいた京の景色が目に浮かんだものだった。

文楽は東京から関西に住みついた師匠の三代目三遊亭円馬から上方噺をいくつも教わり、『景清』などほとんどは円馬が場所の設定を東京に移してある噺なのだが、この『愛宕山』は、そのまま春の京都の愛宕山が舞台である。

旦那と芸者と幇間(たいこもち)の一行が山遊びに出掛け、旦那が山の中腹でかわらけ(土の小皿)投げを始め、そのあとかわらけの代わりに小判30枚を谷底の的に向かって投げてしまう。

旦那のお供でついてきた幇間の一八(いっぱち)が旦那に問いただすと、小判は拾った者のものだという。これを聞いた一八が、お茶屋の大きな日傘を借りて、谷底目指して飛び降りてゆく。

「怪我ァないかァ、、、?」
「へッ、怪我? あァ俺ァ降りたんだな。ああ、ありがてえありがてえ、怪我ァありませんようッ」
「金はあるかァ、、、?」
「金ッ? あァそうだ。こっちゃ金で降りたんだからな。待っててくださいよゥ。皆さアん、ありましたよゥ」
「みんな、お前やるぞォ!」
「ありがとう存じますゥ!」
「どうして上がるゥ?」
と旦那に問いただされ、狼に食われて死んでしまえと脅かされてしまう。

『愛宕山』は仕方噺といってよいほどに動きの多い、芝居がかった落語で、一八が茶店の日傘で谷底へ舞い降りる場面はシュールだが、小判30枚を拾い集めたあと、今度は一転、芝居のリアリズムになる。

自分の絹の着物を脱いで切り裂き始めるときの衣ずれの音、それを縄を綯うように繋いでゆく。そうして、裂いた着物を繋いだ紐の先に石ころを結わえ付け、それを高く放り投げて嵯峨竹の突端にくくりつけ、今度は、その紐を手繰ってゆく。

この懸命に力を振り絞って手繰る場面が『愛宕山』の最大の見せ場といってよい。奇想天外な場面なのに、客席は文楽の緻密なリアリズムの演出に息を飲んだ。

満月のようにしなった嵯峨竹の反発力で、一八が旦那の前に戻ってくる。
「旦那っ! ただいまッ!」
「よッ、上がってきやがった、偉いやつだな! 恐れ入ったな、一八! 貴様生涯贔屓にしてやるぞォ!」
「ありがとう存じます!」
「して、金は?」
「、、、忘れてきた!」

70歳を超えての大熱演を昨日の高座のように思い出す。

文楽が亡くなると、噺が解禁となって、誰もが『愛宕山』を高座にかけるようになった。白眉は古今亭志ん朝の『愛宕山』。志ん朝亡きあとは、春風亭小朝にとどめをさす。

志ん朝は、旦那がかわらけの代わりに小判30枚を谷底の的に向かって投げ始めると、お供でついてきた幇間の一八が、これはもったいないと両の手で丸い輪を作り、「こちらの的に投げてください」と懇願する。

そのあと、一八が谷底へ降りたって、その小判を探し当て、「どうして上がる」と旦那に問いただされ、狼が出るぞと脅かされてしまう場面では、おどろいた一八の口からでた言葉が、幇間ならではで「狼によいしょ! は効かないよ」。

この二つの優れた志ん朝のくすぐり(ギャグ)は、その後の落語家たちにも受け継がれているほどである。

「第9回 COREDO落語会」で観客を唸らせた春風亭小朝の力演

春風亭小朝は2017年4月8日の「第9回 COREDO落語会」の高座に『愛宕山』をかけてくれた。

幇間一八、文楽では旦那に使える忠義一徹の幇間だった。志ん朝の一八はそこにお調子者の軽さが加わったが、小朝の一八は、お調子者で、ひょうきん者の幇間。日傘で谷底へ舞い降りるシュールな場面であるにもかかわらず、落下傘で着地のあと、傘を握りしめていた拳を自分の歯で指一本一本剥がしてゆく、スーパーリアリズムで演じてみせた。

自分の絹の着物を脱いで切り裂き、それを縄を綯うように繋いで、繋いだ紐の先に石ころを結わえ付け、狙いをつけて放り投げ、嵯峨竹の突端にくくりつけ、今度は、その紐を徐々に力をためながら手繰ってゆく。

はじめはリズミカルに、次第に力を入れ、最後は精一杯の力を振り絞って紐を手繰り寄せる場面、小朝は紐が弛まず、しかも一直線に見える見事な仕草で、観客を唸らせた。

小朝師匠、渾身の力演だった。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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