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立川直樹のエンタテインメント探偵

大収穫! 岩井秀人の音楽劇『世界は一人』、東京都写真美術館『写真の起源 英国』展ー予備知識もなかったからその感動と驚きが大きかった!

毎月連載

第20回

パルコプロデュース『世界は一人』(撮影:引地信彦)

 『グリーンブック』が作品賞、主演男優賞が『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレック、主演女優賞が『女王陛下のお気に入り』のオリビア・コールマン、監督賞が『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・キュアロン、脚色賞が『ブラック・クランズマン』、歌曲賞が『アリー/ スター誕生』……と実にうまく配分したなという結果になった第91回アカデミー賞の授賞式のオープニングのパフォーマンスで、クイーンがアダム・ランバートと一緒に演奏している姿を見て、あれっ、何でラミ・マレックが歌わないんだろうと思ったのは僕だけだろうか。

 それがネット上でどんな風に言われているかは知らないが、WOWOWでの生中継からの1週間後、NHKの朝のニュースでインターネットの視聴問題が取り上げられ、1日に小学生が1時間58分、中学生が2時間44分、高校生が3時間37分というのには本当にびっくりさせられ、その内訳が動画の視聴79%、ゲーム76%、SNSとメール66%となると、これはもう時代が変わったなどという生易しい表現ではなく、情報統制国家の趣を呈している感じがする。

 だから、生で、自分の目で見なければその良さがわからないものと出会った時の喜びはより大きいものになる。前回は『ヤン・リーピンの覇王別姫』をその最たるものとして紹介したが、今回の大収穫は東京芸術劇場で上演された『世界は一人』。チラシの文章を引用させてもらうと「人間の赤裸々な営みを鋭く浮き彫りにし、深刻なテーマを内包しながらも、笑って泣ける繊細な喜劇を仕立て上げる岩井秀人」が「最も信頼するシンガーソングライター、前野健太と共に」立ち上げたオリジナルの音楽劇で、かつて巨大な製鉄所を中心に栄えたが、今は疲れ切ってシャッター街となった海辺のある街を舞台に、そこに生まれ育った3人の同級生の人生のねじれと交わりを実にユニークで見事な演出で2時間10分の舞台に仕立て上げていたのである。

パルコプロデュース『世界は一人』(撮影:引地信彦)

 そのうまさは言葉では形容し難いもの。松尾スズキと松たか子、瑛太の3人が前野健太と3人のメンバーによるバンドをバックに歌って語り、進んでいく物語は一瞬たりとも観る者の心をとらえて離さず、完全に“やられた”という気持ちになった。そしてほとんど何の予備知識もなかったから、その感動と驚きが大きかったのだと思う。それは演劇に限らず、どんなジャンルについても言えること。独自のフィールドワークを基に制作する作品群で日本国内のみならず、国際的な注目を集める写真家、志賀理江子の新作個展『ヒューマン・スプリング』が目当てで出かけた東京都写真美術館で、3月5日から同時開催の形で始まった『写真の起源 英国』展がそれで、18世紀末から始まった写真の発明に関する研究のイギリスの初期写真のおもしろさは、これも実際に会場に行ってみなければわからない物量と詳細なキャプションによるマジカルな世界が広がっていたのである。

ヴィクター・アルバート・プラウト《ウェストミンスター寺院の内装、東向聖歌隊台》1860年以前 鶏卵紙 ヒストリック・イングランド・アーカイヴ蔵 By permission of Historic England Archive

 1816年のカメラ・ルシーダを用いたドローイングの《海辺の断崖にある洞窟、デヴォン州ドーリッシュ、イングランド》や1860年以前の鶏卵紙によるヴィクター・アルバート・プラウトの《ウェストミンスター寺院の内装、東向聖歌隊台》……というように展示作品のタイトルを書いたところで、何が何だかさっぱりわからないだろうが、ほとんどが日本初公開という写真群は見たこともない世界へ誘ってくれ、僕は時の経つのも忘れて見入ってしまったのである。

 そして、その時にふと思ったのが映画はあらかじめ上映時間がわかり、演劇も同様、コンサートも大体の予想がつくのに対して、展覧会だけは行ってみなければわからないのが現状。ワタリウム美術館などは開催中には再訪できるというシステムをとってくれる時もあるが、今回の『写真の起源 英国』展の所要時間は軽く2時間近くにはなってしまう。展覧会の会場で会った友人に「展覧会には予想される所要時間を表記してもいいかも……」と言ったら、笑っていたが、これは偽らざる気持ちだ。洋画に邦題やサブタイトルが必要ではないかということと同じに……

作品紹介

『グリーンブック』(2018年・米)

2019年3月1日公開
配給:ギャガ
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン/マハーシャラ・アリ

『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年・米)

2018年11月9日公開
配給:20世紀フォックス映画
監督:ブライアン・シンガー
出演:ラミ・マレック/ルーシー・ボイントン/グウィリム・リー/ベン・ハーディ

『女王陛下のお気に入り』(2018年・アイルランド=米=英)

2019年2月15日公開
配給:20世紀フォックス映画
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:オリビア・コールマン/エマ・ストーン/レイチェル・ワイズ

『ROMA/ローマ』(2018年・メキシコ)

2019年3月9日公開
監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ヤリツッァ・アパリシオ/マリーナ・デ・タビラ

『ブラック・クランズマン』(2018年・米)

2019年3月22日公開
配給:パルコ
監督:スパイク・リー
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン/アダム・ドライバー

『アリー/ スター誕生』(2018年・米)

2019年12月21日公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・製作・脚本:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ/ブラッドリー・クーパー

パルコプロデュース『世界は一人』

日程:2019年2月24日~3月17日
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出:岩井秀人
音楽:前野健太
出演:松尾スズキ/松たか子/瑛太/平田敦子/菅原永二/平原テツ/古川琴音
演奏:前野健太と世界は一人(Vo,Gt.前野健太、B.種石幸也、Pf.佐山こうた、Drs.小宮山純)

『写真の起源 英国』

会期:2019年3月5日~5月6日
休館日:毎週月曜日(ただし、4月29日および5月6日は開館)
会場:東京都写真美術館

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき) 

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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