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おとな向け映画ガイド

役所広司がうますぎ! 西川美和監督『すばらしき世界』と、おとなのファンタジー『マーメイド・イン・パリ』をオススメ。

ぴあ編集部 坂口英明
21/2/7(日)

イラストレーション:高松啓二

今週末(2/11〜13)に公開する映画は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『ファーストラヴ』『すばらしき世界』『劇場版「美少女戦士セーラームーン Eternal」《後編》』『名探偵コナン 緋色の不在証明』の4本、中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。そのなかから『すばらしき世界』と『マーメイド・イン・パリ』の2本をご紹介します。

『すばらしき世界』



笑福亭鶴瓶が偽医者を演じた『ディア・ドクター』、松たか子と阿部サダヲの結婚サギ師『夢売るふたり』といった、個性的な犯罪者をとりあげ、善悪あわせもつ人間の複雑な心理を描き続けてきた西川美和監督、5年ぶりの新作です。実在の人物をモデルにした佐木隆三の小説『身分帳』を映画化したもの。早くもとびだした2021年ベストムービーといっていい傑作だと思います。

役所広司演じる主人公・三上正夫は、前科10犯、殺人の罪で旭川刑務所を出てきたばかりです。強面ですが、ちょっといい男でどこか愛嬌があり、実直そう。ただし背中や腕にタトゥーあり。心を入れ替えて「今度こそ堅気ぞ」という言葉に偽りはないのだけれど。殺した男について問われると「いきなり刀を持って乗り込んできたんだ、あのバカが」と急に感情をむき出しにして、激昂します。チンピラ集団がサラリーマンを脅しているのを町でみかければ、黙っていられず、あっというまにチンピラたちをボコボコにしてしまう。直情径行、正義感の人です。しかも腕っぷしが強い。安アパートでのひとり暮らし、生涯の多くを刑務所で過ごした男の部屋は小綺麗です。ミシンとか裁縫も上手。そんな不思議な魅力を持つキャラクター。役所広司は、もうハマりすぎ、憑依したような演技です。

その三上をとり巻く人々。できれば接したくないのに関係せざるを得ない人、好意的につき合おうとする人、それぞれのとまどいながら対応する姿や心理描写、人間模様が、とてもきめ細かく描かれていて、しかもいい役者さんを揃えています。この作品のもうひとつの魅力です。

彼に目をつけ、その更生の過程をとりあげようと近づくテレビマンふたり。相手の事情を忖度せずにずんずん食い込むプロデューサー役の長澤まさみと、三上の人間味に惹かれていくディレクター仲野太賀。旬な役者のなんとぜいたくな起用。最初は万引をしたと疑い、逆ギレされてびびるスーパーの店長に六角精児。“反社”の人は生活保護は受けられませんとつっぱねながら、なんとか救う手立てがないかと考えるケースワーカーに北村有起哉。他にも、橋爪功と梶芽衣子は身元引受人の弁護士夫妻、やくざ仲間の白竜とその妻キムラ緑子。助演賞がいくつあってもたりません。

世の中は敵ばかりではない。きっと手をさしのべてくれる人がいる。確かに不寛容で生きにくい世界ではあるけれど。観た人により、ちがう受け止め方ができる奥深いタイトルです。

『マーメイド・イン・パリ』



パリに出没すると、人魚姫もポップでおしゃれです。大洪水でセーヌ川に迷い込んでしまった人魚、名前はルラ。美しい歌声で男の心を虜にし、ついには心臓を破裂させてしまうという能力を持っています。その力で自分の身を守っていました。ある日、彼女が負傷して川岸に打ち上げられていたところを、パフォーマーのガスパールが助けます。自宅に連れ帰り、とりあえずバスタブへ。やがて、めざめたルラは、いつものように歌い出すのですが、ガスパールには効きません。彼は失恋の痛みで、恋する心を失っていたのです。

と、文字にすると、ププッと一笑にふされるかもしれませんが、これぞファンタジーですから。このあと、ふたりに恋心が生まれ、ルラは海にもどらなければならない、というストーリーもおなじみのもの。そんなメルヘンのような世界をオススメするわけではありません。フランスのティム・バートンともいわれる監督、マチアス・マルジウの作品です。夢見ごこちなだけでなく、毒気もあります。ルラ(マリリン・リマ)は可愛いだけでなくセクシー。イケメンのガスパール(ニコラ・デュヴォシェル)は王子様キャラというよりは不器用なオタク。そんなふたりのロマンティック・コメディ。これぞ、おとなのためのファンタジーです。

それをさらに魅力的にしているのは、はじけるようなマルジウのビジュアル・センスです。ガスパールがパフォーマーとして働く、川に浮かぶ老舗のバー「フラワーバーガー」で繰り広げられる妖艶なフレンチショー、石畳のパリはまるでポップアップ絵本のなかの街のようです。ガスパールが住む家も、おしゃれな小物やフィギア、色とりどりのブリキのおもちゃやドールであふれ、ヨーロッパのアンティークショップのようで目が離せません。ふたりを見守るジョニー・キャッシュと名付けられた猫、スペインの名優ロッシ・デ・パルマが演じるお隣の世話焼きおばさんも愉快な脇役です。とにかく細部に凝っているのです。

アンデルセンやディズニーというよりは、今でもファンの多い寺山修司が、宇野亜喜良とともに作り出した人魚姫を思い出しました。人魚の真珠の涙、なんてまさに。

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