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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』 (C)2019「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」製作委員会

樋口尚文 銀幕の個性派たち

松重豊、職人顔で演技一徹

隔週連載

第22回

19/4/25(木)

 大杉漣なき後、わが国のバイプレーヤーの代表選手というべき松重豊は、1963年、福岡に生まれた。私は松重と同じ学年で福岡のそばに住んでいたから、幼い頃に同じ空気を吸っている。あの日本がそこかしこ田舎のままだった時代に、博多の都会ぶりは本当にまぶしかった。博多には岩田屋と大丸という大きな百貨店があって、まだ地下鉄などない時代にチンチン電車で天神に行って、岩田屋のてっぺんにあったお好み食堂で旗のついたお子様ランチを食べさせてもらうのが最高の楽しみだった。そして、たぶん田舎に生まれた自分が、最初に間近で拝んだ著名人は、『仮面ライダー』放映開始で人気絶頂の頃に岩田屋のイベントに来た石森章太郎(まだ石ノ森ではない)であろう。

 ……なんてことを急に思い出しながら、松重豊のブログ「修行が足りませぬ」を読んでいたら、こんなことが書いてあるではないか。「今でこそ人にサインを書く立場になったが、そもそも最初にサインを貰ったのいつか。忘れもしない福岡岩田屋というデパートで、落語家の桂米丸のサイン会があって、色紙というものに書いてもらって机の上に長いこと飾って眺めていた。あれは小学校4、5年か。別に米丸師匠のファンだったわけじゃなく、テレビに出てるひとが現実にデパートにいたという、そのことが田舎の少年には事件だったという記録。」

 これはもう自分自身の出来事のようで、松重に親近感が湧くどころではなかったのだが、そういえばこの岩田屋デパートには、もうひとつの記憶がある。円谷英二が特撮史上の至宝と言われる映画『空の大怪獣ラドン』のミニチュアワークで、この岩田屋はじめ天神の繁華街や電車を大旋風で壊滅させたのだ。すると、松重のブログにこんなことが。「東宝三大怪獣のうち、マッチゲの記憶に深く刻まれしは『ラドン』。阿蘇山生まれのラドン。そう、博多の町ば壊したとです。西鉄電車ば転がしたとです。スポーツセンターば潰したとです。身近な街が破壊される特撮の妙に魅了されました。」

 こうなるともう自分は松重のドッペルゲンガーではなかろうかと思わざるを得ないのだが、さらに「わたくし生まれてはじめて上京した時の乗り物は、ブルートレイン「はやぶさ」でした。」とか「むか~し、「ビックリハウス」なる雑誌ありき。当時福岡の高校生のマッチゲ。サブカルチャー的なこの雑誌に傾倒。ん~今で言うところのどんな雑誌やろ。よく投稿もしました。」などなど、それを裏づける記憶のシンクロ率で焦るばかりなのだが、こうなると松重豊という個人がいったいどんな気持ちで俳優稼業を続けてきたのか、そこがなんとなくわかるような気がした。

『素敵なダイナマイトスキャンダル』(C)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会
監督:冨永昌敬 Blu-ray&DVD 発売中
販売元:バンダイナムコアーツ
公式HP http://dynamitemovie.jp/

 あの松重の一定不変の職人顔、そのストイックさは、もしかすると先行世代の演じ手や作り手にあらゆることをやり尽されて、なかなか無邪気に新たな表現の次元を開拓することなど考えられない、そんな俳優としての一種の諦観を映してはいないだろうか。だからこそ、常に松重豊の側はあるがままであって、それを巧く活かせるか否かは作り手の側に投げられている気がする。あるがままではない、新たな相貌や新たな演技などそうやすやすと編み出せるものでもないから、自分は職人顔一徹であって焼くなり煮るなり、なんとでもしてくれ。松重は暗にそんな無言の主張をしている気がする。

 そんな先行世代の業績に敬虔な思いを抱く松重が「『男たちの旅路』。今まで観たテレビドラマの中で、間違いなくベスト3に入るでしょうな。もう30年程前のNHKの作品。あのテーマソング思い出しただけで、鳥肌がたってくる。山田太一脚本作品。」と語りながら、山田太一ドラマに呼ばれる時、いつもの職人顔を反復しながらもその圧が何か違うのである。そして、今ひとつそういった現場に呼ばれることのありがたさに気づかぬ後輩世代を見て、何を勿体ないことを、と『孤独のグルメ』のあの人のように独り言ちる。そんな松重豊は、ひとことで言えば「美徳の人」ではないか。



作品紹介

『素敵なダイナマイトスキャンダル』
2018年3月17日公開 配給:東京テアトル
監督・脚本:冨永昌敬 原作:末井昭
出演:柄本佑/前田敦子/三浦透子/峯田和伸/松重豊



『のみとり侍』
2018年5月18日公開 配給:東宝
監督・脚本:鶴橋康夫 原作:小松重男
出演:阿部寛/寺島しのぶ/豊川悦司/斎藤工/松重豊



『検察側の罪人』
2018年8月24日公開 配給:東宝
監督・脚本:原田眞人 原作:雫井脩介
出演:木村拓哉/二宮和也/吉高由里子/平岳大/松重豊



『コーヒーが冷めないうちに』
2018年9月21日公開 配給:東宝
監督:塚原あゆ子 原作:川口俊和
出演:有村架純/伊藤健太郎/波瑠/林遣都/松重豊



『この道』
2019年1月11日公開 配給:HIGH BROW CINEMA
監督:佐々部清 脚本:坂口理子
出演:大森南朋/AKIRA/貫地谷しほり/松本若菜/松重豊



『引っ越し大名!』
2019年8月30日公開 配給:松竹
監督:犬童一心 原作:土橋章宏
出演:星野源/高橋一生/高畑充希/松重豊



『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』
2019年10月公開 配給:東急レクリエーション
監督・脚本:細川徹 原作:ヒキタクニオ
出演:松重豊/北川景子/山中崇/濱田岳/伊東四朗



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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