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立川直樹のエンタテインメント探偵

一緒に旅をしている夢のような気分が味わえる『フジター色彩への旅』、森山大道しか撮れない写真…時間と人や物のつながりにトリップさせられ続けていたような1ヶ月だった。

毎月連載

第71回

『フジター色彩への旅』ポーラ美術館

いい展覧会を見ると本当に得をした気分になる。6月2日に箱根のポーラ美術館で見た『フジター色彩への旅』。世界的な画家になることを夢みて1913年、26歳で渡仏したレオナール・フジタ(藤田嗣治)が旅先で目にした風景や人物、異国の歴史や風俗などに創作のインスピレーションを求めていたのは知る人ぞ知るエピソードだが今回の展覧会は1949年にニューヨークに渡るまでは旅先こそがアトリエだったともいえるフジタの旅とそれに伴う色彩の変遷に焦点をあて、フジタの画集の展開と生涯の旅路がとてもわかりやすく、うまく展示されている。全体の構成は〈Ⅰパリとの出あい-「素晴らしき乳白色」の誕生、Ⅱ中南米への旅-色彩との邂逅、Ⅲアジア旅行記-色彩による大画面の絵画へ、Ⅳ心の旅ゆき-色彩からの啓示〉と4つのパートに分かれていて、年季の入った遺品のトランクや旅行中のフジタの姿や地図、フジタの撮った写真などもいい感じで配置されており、フジタの後を追って旅をしている夢のような気分も味わえる。

作品点数は220点近く。会場の中では時の経つのを忘れてしまったが、図録がまた実によく出来ていて当分の間フジタに捕まってしまうような気もしている。

写真左 「にっぽん劇場写真帖」にっぽん劇場
写真右 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』チラシ

フジタが82歳でこの世を去ったのは1968年、昭和43年のことだが、その頃から頭角を現して以来、現在まで全くブレることなく、創作活動を続けている森山大道と宇野亞喜良の展覧会も会場は小さく、点数も多くはないが見応えがあった。『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』というドキュメンタリー映画も公開中の森山大道の展覧会は、いつも日本の写真史に名を残す展覧会を開催している中野の写大ギャラリー。〈東京工芸大学 写大ギャラリー アーカイヴ1960-1982〉のサブタイトルがついた『衝撃的、たわむれ』はその言葉通りに森山大道しか撮れない“時代の写真”が並んでいた。「ヨコスカ」「アクシデント・6 事故 警視庁・交通安全ポスター」「アクシデント・8 スタア デビ夫人と津川雅彦氏」あたりの生々しさはいつまでも目に焼きついて離れなかった。そして恵比寿のLIBRAIRIE6で開催されていた宇野亞喜良による新作展『鏡の風景』は鏡の中にうつる不思議な世界を描いた誰にも真似の出来ないもので宇野ワールドに完全にトリップさせられた。

宇野亞喜良 / Aquirax Uno “ランボーを 五行とびこす 恋猫や”「ランボー」
キャンバス / MDペースト / 鉛筆 2021年

昭和をテーマにしたテレビ番組、キム・ギドクの遺作、リアム・ギャラガーの半生を追うドキュメンタリー、古希を迎えたトランペッター田村夏樹の『古希ソロ(KOKI SOLO)』など。旅は続く。

CD『古希ソロ(KOKI SOLO)』ジャケット

でも、記憶と日記録をチェックしてみると、この1ヶ月近くは展覧会のみならず映画やテレビ、CDやレコードの音楽も含めて何だか時間と人や物のつながりにトリップさせられ続けていたような気もする。5月7日に見た『昭和は輝いていた-輝かしき歌声~昭和の社交場“銀巴里”』と『にっぽんディープ紀行 “昭和”を探して〜キャバレー、遊郭 その周辺〜』という2本のテレビ番組。5月15日に放映された今は亡き鬼才キム・ギドク監督が様々な年齢と職業の人間が退役した軍艦に乗り合いクルーズ旅行をする中で船が異次元に辿り着くことにより起こる極限状態の中で道徳と倫理を超えた出来事を強烈な描写で描いた『人間の時間』(2018年)には完全に度肝を抜かれたし、オアシスの元フロントマン、リアム・ギャラガーの半生を追ったドキュメンタリー『アズ・イット・ワズ』(2019年)もその生っぽさが表現や行動が薄くなっているように感じる現代に向けて刃を突きつけているような印象も受けた。

それはまた“売れる”とか話題性というような言葉がひとつの価値基準になってしまった現在のエンタテインメントの世界に対する警告かも知れない。ある晩、ふとしたきっかけで聴いてしまったダミアからアマリア・ロドリゲス、浅川マキからニーナ・シモンというディープな“歌の旅”。「一人三役やっちゃいました!!」と書いてある紙と一緒に送ってきてくれた古希を迎えたトランペッターの田村夏樹がトランペットはもとより、ピアノを弾きながら唄い、中華鍋を叩いているCD『古希ソロ(KOKI SOLO)』と、田村がパートナーのピアニスト、藤井郷子と一夜のためにフランスやアメリカからもやってきた強者ミュージシャンとポーランドのクラクフに集結し、ライブ録音した『What is…?』も“正しい前衛”が健在であることを知ってうれしくなった。制作の拠点であるバルセロナから一時帰国して国立にあるZEIT-FOTOで『私たちは被害者かもしれないし加害者かもしれない』という個展(6月26日まで)を開催しているイトウマリのユニークな作品も出かけて得したと思えるものだった。

データ

『フジター色彩への旅』
会期:2021年4月17日~ 2021年9月5日
会場:ポーラ美術館(箱根)

森山大道 写真展「衝撃的、たわむれ」
会期:2021年3月22日~2021年6月7日
会場:写大ギャラリー(中野坂上駅)

『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』
公開:2021年5月12日
配給:テレビマンユニオン
監督:岩間玄
出演:森山大道

宇野亞喜良新作展『鏡の風景』恵比寿のLIBRAIRIE6
会期:2021年5月15日~6月6日
会場:Galerie LIBRAIRIE6

『昭和は輝いていた-輝かしき歌声~昭和の社交場“銀巴里”』
放送日:2021年5月7日
放送局:BSテレ東

『にっぽんディープ紀行 “昭和”を探して〜キャバレー、遊郭 その周辺〜』
放送日:2021年5月7日(再放送) 
放送局:NHKBS1

『人間の時間』
公開:2020年3月20日
配給:太秦
監督:キム・ギドク
出演:チャン・グンソク/藤井美菜/オダギリジョー

『アズ・イット・ワズ』
公開:2020年9月25日
配給:ポニーキャニオン
監督:ギャビン・フィッツジェラルド/チャーリー・ライトニング
出演:リアム・ギャラガー/ボーンヘッド/クリス・マーティン/ノエル・ギャラガー

『古希ソロ(KOKI SOLO)』
発売日:2021年7月10日
価格:2,300円+消費税
発売元:ボンバ・レコード

イトウマリ『私たちは被害者かもしれないし加害者かもしれない』
会期:2021年5月14日~6月26日
会場:ZEIT-FOTO Kunitachi(国立)

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著にSUGIZO、TAKUROとの対談集『CONVERSATION PIECE ロックン・ロールを巡る10の対話』(PARCO出版)、『I Stand Alone』(青幻舎)、『ラプソディ・イン・ジョン・W・レノン』(PARCO出版)。

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