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コメディ初挑戦の北村匠海が誘うパーティー すべての世代に開かれた成長譚『とんかつDJアゲ太郎』

リアルサウンド

20/11/11(水) 10:00

 「マジでグッドなバイブスでテンションぶちアゲ☆」というような環境から離れて久しい。しかし、いまここにはそんな感覚を取り戻すことができる映画がある。それはもちろん、『とんかつDJアゲ太郎』のこと。映画館へ行ってみるといい。そこでは老若男女を問わず誰もが参加できる、超ゴキゲンなパーティーが開かれている。

 “とんかつ”も“フロア”もアゲられる男になるーーある日、主人公・アゲ太郎(北村匠海)はこう宣言する。なんとも不可解な宣言。しかしだ。“とんかつ”と“フロア”をアゲるというのは、一見して無関係なもののように思えるが、ときに私たちの中に生まれる“高揚感”の「揚」という文字は、“とんかつを揚げる”の「揚」と同じである。人の心を揚げるのも、とんかつを揚げるのも、そこにいる誰かを笑顔にするという点では同じなのかもしれない。そんなふうにして、渋谷の老舗とんかつ屋の三代目・アゲ太郎が、跡取りとして、そしてDJとして成長していくのが本作のストーリーラインだ。


 ときに私たちは一瞬にして、“オチる”ことがある。それは恋のことであり、また、恋に似た「何か」のこと。アゲ太郎はたまたま訪れたクラブにて、憧れの女性・苑子(山本舞香)に対して恋に落ち、初めてのクラブカルチャーに落ちる。

 いまいる自分の世界とは異なる世界に足を踏み入れたとき、その一歩を間違えれば踏み外してしまい、堕ちていくこともあるが、アゲ太郎の場合は違う。彼は落ちていきながらも(どっぷり沼にハマっていきながらも)、堕ちることはない。

 ふつうサクセスストーリーといえば、ふとしたことをきっかけに、主人公が堕ちていくことがある。成長の過程で己の未熟さを知り、憧れの境地までの壁の高さに打ちひしがれることもあるだろう。しかし彼は“アガる”ことしか知らない。それは彼の特性であり、彼を取り囲む仲間たちのおかげでもある。書店の三代目・平積タカシ(前原滉)、薬局の三代目・白井錠助(栗原類)、電飾業の三代目・夏目球児(浅香航大)、旅館の三代目・室満夫(加藤諒)らがあってこそ、アゲ太郎は堕ちることを知らない(もちろん、多少は落ち込むこともあるが)。

 彼らのチームワークもいい。本作で映画単独初主演を務めた北村匠海はコメディ初挑戦。先述したようなデタラメな名(迷)ゼリフのオンパレードと、奇天烈なストーリー展開がつづく本作とあって、ひとりで突っ走っていくのは大変なのだろうと思う。そこで大切なのが仲間役だ。アゲ太郎の友人である本屋さんも電気屋さんも、誰も彼もがドを超えたおバカ。しかし彼らは、自分の趣味趣向と仲間がズレているからといって、“サゲ合う”ようなことはけっしてしない。

 彼らは互いに“アゲ合う”ことによって、チーム関係を維持している。だからいくらデタラメなセリフが飛び出してきたところで、私たちは笑うことはあっても、嘲笑うことはないだろう。彼らは真剣そのものなのだ。彼らの持つグルーヴに勝てはしない。本作はクラブカルチャーを扱ってはいるが、描かれているのはひとりの青年の成長譚であり、異なる個性を認め合い高め合う真の友情。そこに“年齢制限”などありはしないのだ。すべての世代に開かれた映画である。

 もちろん、メガホンを取ったのが『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY – リミット・オブ・スリーピング ビューティ』(2017年)や『チワワちゃん』(2019年)の二宮健監督とあって、映像と音楽の融合による、めまいを起こすようなドラッギーな感覚がまったくないわけではない。マルーン5やケミカル・ブラザーズの音楽に合わせて目まぐるしく交差する映像は、まるでダンスしているようだ。映画館の観客を、視覚と聴覚の情報を通してダンスフロアに誘い込むことに成功しているように思う。映画の構成としては二宮監督作品らしいが、幅広い観客が“ノれる”ように抑制されているうえ、ストーリーが主人公の成長譚という予定調和なものなので、いい意味で先が読める。だからこそ、子どもから大人まで楽しめるものだと思うのだ。


 “とんかつ”を求める人々と、“ダンスフロア”を求める人々が邂逅を果たすシーンはなんともアホらしい。だが個人的には思わず涙ぐんでしまった。それはもちろん、ふつうであれば出会うことのない人々が出会う瞬間が、そこにあったというものでもある。腹ペコで“とんかつ”を求めている者が連れられていった先がクラブであれば腹が立ってもおかしくはない。そしてもし、アルコールと最高の音楽に酔いしれる者たちの“ダンスフロア”に、とんかつを求める人々が大挙してくれば、いい気がしないどころか興ざめである。

 しかしそこにあふれているのは、つい身体が揺れてしまう音楽と、まるで“とんかつ”を揚げるようなビート。それになにより、そこから生まれる人々の笑顔だ。ここでカメラは“とんかつ”を求めてきた人々と、“ダンスフロア”を求めてきた人々という、相反する(?)はずの人々の笑顔をアップで捉えている。スクリーンには、さまざまな人の笑顔が大きく映し出されているのだ。


 現在、人々の笑顔を見つめられる機会というのは少ない。マスク着用が常態化し、すきまからのぞく顔だけから“喜怒哀楽”の感情を読み取ることは難しい。相手が感じているものを知るには言葉が必要だ。ところがこの笑顔だけの画の連続には、言葉を介さずとも多幸感を得ずにはいられない。いまやその機会が失われている瞬間が、ここにはあるのだ。

 ネットスラングである「アゲ」というものは、いまとても大切なものだと思う。気分をアゲたければ、映画館の暗闇にひっそりと身を委ねに向かえばいい。思わず笑顔でパーティーに参加してしまうあなたがいるはずだ。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■公開情報
『とんかつDJアゲ太郎』
全国上映中
出演:北村匠海、山本舞香、伊藤健太郎、加藤諒、浅香航大、栗原類、前原滉、池間夏海、片岡礼子、ブラザートム、伊勢谷友介、新田真剣佑(友情出演)
原作:『とんかつDJアゲ太郎』原案:イーピャオ/漫画:小山ゆうじろう(集英社ジャンプ・コミックス刊)
監督・脚本:二宮健
脚本協力:喜安浩平
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020イーピャオ・小山ゆうじろう/集英社・映画「とんかつDJアゲ太郎」製作委員会
公式サイト:agaru-movie-tda.jp
公式Twitter:@tonkatsuDJmovie

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