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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

成瀬巳喜男監督『女の歴史』の話から…交通事故、盲目の主人公、『街の灯』…最後はランドルフ・スコットの『決闘コマンチ砦』につながりました。

隔週連載

第50回

20/5/12(火)

成瀬巳喜男は後年、交通事故死を描く映画を三本作っている。
 『女の歴史』(1963年)では、戦争未亡人の高峰秀子が、息子の山崎努を交通事故で亡くす。『ひき逃げ』(1966年)では、やはり未亡人の高峰秀子が、五歳になる男の子を交通事故で失ない、その加害者である金持の夫人、司葉子に復讐しようとする。成瀬巳喜男にしては珍しく激しい怒りの映画。
 遺作となった『乱れ雲』(1967年)では、司葉子が夫の土屋嘉男を、加山雄三の運転する車の交通事故で失なう。
 この三作を、ひそかに“成瀬の交通事故三部作”と呼んでいる。

 最後の『乱れ雲』(脚本:山田信夫)では、被害者の司葉子が、加害者である加山雄三の素直に詫び続ける誠実な人柄に次第に惹かれてゆき、最後は愛し合うようになる。恨みを越えた恋愛映画になっている。
 被害者が加害者と次第に愛し合うようになる。これにはアメリカ映画に先例がある。『乱れ雲』は、この映画にヒントを得ているのではないかと推測している。
 近年評価が高くなっているダグラス・サーク監督の『心のともしび』(1954年)。日本では昭和三十年(1955年)に公開されている。
 ロック・ハドソン演じる富豪の息子が、乱暴にモーターボートを運転して事故を起こす。病院に運ばれ、貴重な酸素吸入器を使ってなんとか助かる。しかし、同じ病院に入院していて吸入器を必要としていた患者が、ひとつしかない吸入器を使えず死んでしまう。
 事実を知ったロック・ハドソンは、死んだ患者の妻ジェーン・ワイマンに詫びるが、簡単には許してもらえない。金持の道楽息子の遊びのために夫は死んだと、ジェーン・ワイマンは詫びるロック・ハドソンを冷たく拒否する(このあたり『乱れ雲』に似ている)。
 しかも悪いことに、ロック・ハドソンの運転する車に乗ったジェーン・ワイマンが降りる時に後ろから来た車にはねられ重症を負う。
 失明してしまう。罪悪にとらわれたロック・ハドソンは心を入れ替え、ひそかに彼女の回復に力を貸す。
 最後は再び目が見えるようになったジェーン・ワイマンが、親身に看病してくれたロック・ハドソンと抱き合う。よく出来たメロドラマ。現在、DVDになっている。

 ジェーン・ワイマンは1948年の作品『ジョニー・ベリンダ』(ジーン・ネグレスコ監督)で耳が聞えず、言葉も喋れない聾唖の女性を演じてアカデミー賞主演女優賞を受賞。
 それを受けて『心のともしび』では、交通事故によって一時的に失明する女性を演じた。
 視力を失なった女性が最後に手術によって見えるようになり、自分の恩人を「あなたでしたね」と知る。
 この『心のともしび』につながるメロドラマの原型はチャップリンの『街の灯』(1931年)であることは言うまでもない。
 チャップリンが、目の不自由な町の花売り娘(ヴァージニア・チェリル)のためになんとか大金を作るが、自分は強盗と間違えられ、刑務所に入れられる。
 何年かたって、出所したチャップリンは町で花売り娘に会う。娘はもちろん顔を見てもそれが恩人とは分からない。
 しかし、手を触れたとたんに分かる。「あなたでしたのね」。サイレントなので字幕に「YOU」と出る。

 一時的に失明していた女性が、治療の甲斐あって再び目が見えるようになる。そしてはじめて恩人の顔を見る。その場面が印象的だったのはデルマー・デイヴィス監督の西部劇『縛り首の木』(1959年)。ゴールドラッシュに湧くモンタナ州の町に孤高の医師ゲイリー・クーパーがやってきて開業する。
 ある時、西部へ移住する途中、強盗に襲われた女性を助ける。彼女は焼けつく太陽の光で目をやられている。クーパーが献身的に治療する。ようやく目が見えるようになった彼女がクーパーに恋をするのはいうまでもない。
 この女性を演じたのはスイス出身で独仏の映画界で活躍し、ハリウッド入りしたマリア・シェル。治療してくれるクーパーに「あなたは背が高い方ですね。他の人よりずっと歩く音がゆっくりしていますもの」というのが可愛かった。

 盲目と西部劇で忘れ難い映画がある。
ランドルフ・スコット出演の『決闘コマンチ砦』(1962年)。ランドルフ・スコットは好きな俳優だったが正直なところ作品は、いまひとつのものが多い。そんななか、この映画はよく出来ている。原作はバート・ケネディ。監督はバッド・べティガー。
 ランドルフ・スコット演じる主人公は、何年か前に妻を先住民族にさらわれた。何年もその行方を追っている。
 ある時、コマンチ族のなかに白人の女性がいると聞いて行ってみるとまたしても妻ではなかった。それでも彼女を交換物資で取り戻し、夫の元に届けてやる。
 自分はこんなにも苦労して妻を探し続けているのに、この女性の夫はなぜ探さないのか。冷たい夫だと思っているが、最後、夫に会って疑問が氷解する。目が見えない男だった。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『女の歴史』
1963年 配給:東宝
監督:成瀬巳喜男 脚本:笠原良三
出演:高峰秀子/仲代達矢/宝田明/山崎努/星由里子/草笛光子/淡路恵子



『ひき逃げ』
1966年 配給:東宝
監督:成瀬巳喜男 脚本:松山善三
出演:小沢栄太郎/司葉子/平田郁人/小川安三/高峰秀子/小宮康弘/黒沢年雄



『乱れ雲』
1967年 配給:東宝
監督:成瀬巳喜男 脚本:山田信夫
出演:司葉子/加山雄三/森光子/浜美枝/草笛光子/加東大介/土屋嘉男
DVD:東宝



『心のともしび』
1954年 アメリカ
監督:ダグラス・サーク 原作:ロイド・C・ダグラス
脚本:ロバート・ブリース
出演:ジェーン・ワイマン/ロック・ハドソン/バーバラ・ラッシュ/アグネス・ムーアヘッド/オットー・クルーガー
DVD:キングレコード(BOXセットのみの販売)



『ジョニー・ベリンダ』
1948年 アメリカ
監督:ジーン・ネグレスコ
脚本:イルムガード・フォン・クーベ/アレン・ヴィンセント
出演:ジェーン・ワイマン/リュー・エアーズ/チャールズ・ビックフォード/アグネス・ムーアヘッド
DVD:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント



『街の灯』
1931年 アメリカ
監督・脚本:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン/ヴァージニア・チェリル/フローレンス・リー/ハリー・マイヤーズ/アラン・ガルシア
DVD:紀伊國屋書店



『縛り首の木』
1959年 アメリカ
監督:デルマー・デイヴィス 原作:ドロシー・M・ジョンソン
脚本:ウェンデル・メイズ/ハルステッド・ウェルズ
出演:ゲイリー・クーパー/マリア・シェル/カール・マルデン/ベン・ピアッツァ/ジョージ・C・スコット
DVD:復刻シネマライブラリー



『決闘コマンチ砦』
1962年 アメリカ
監督・脚本:バッド・ベティカー 原作:バート・ケネディ
出演:ランドルフ・スコット/スキップ・ホメイヤー/ナンシー・ゲイツ/クロード・エイキンズ/リチャード・ラスト
DVD:復刻シネマライブラリー



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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