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劇団普通『病室』

19/9/18(水)

不勉強ながらきちんと調べたことはないが、ふと考えるに、それぞれの劇団名がどんな風に決まったのかは想像力を刺激してくれるし、なかなかに興味深い。命名時の世の常であろうが、スパッと一瞬で決まった劇団もあれば、思考のゲシュタルト崩壊の如く何を出しても違うような気がして、沼の底の底からようやく掬い上げたような決まり方をした劇団もあるに違いない。そういえば今から35年位前、早稲田大学の柵に、割と大きな立看板が設置されていて、そこに「すけこまシアター」という劇団名が大書されていたのを仰ぎ見たことがある。確かタイトルは『スプーンいっぱいのししゃも』だったと思う(違っていたらすいません)。これくらい曖昧だと記憶というのは勝手に塗り替えられてしまいがちだが、黄土色の看板に大きなスプーンが描いてあり、そこには勿論ししゃもが乗っていた(違っていたらすいません)。 いずれにしても「いいセンスだなあ」と思ったのを覚えている。その後、劇団名を見た瞬間に思わずクククッと笑ってしまった記憶としては、「劇団コーヒー牛乳」「劇団ポロシャツ」などがあった。劇団ポロシャツにおいては、スタッフクレジットのところに「制作:ポロシャツセンター」と記してあって、不覚にも2度笑った。 いずれの劇団もどうなんだろう。すぐに決まったのか、沼から掬い上げたのか。そして、先付けでも後付けでも、劇団名に何か意味を込めたのか。もちろん、意味を持たれることだけは本当に嫌だという劇団もあるだろう。 劇団普通を初めて観たのは、第2回公演『悪霊』(2015年8月/RAFT)だったと思う。ややもすると「普通と名乗るってのは、『結構普通じゃないよね』という言葉をNGワードのように導いて、そっと下を向いて笑うための策かしら」くらいは穿った見方をする大人になってしまった私だが、その時はなぜかすんなりと「あっ、いい劇団名だなあ」と感じてしまったのを覚えている。理由は今となってはわからない。もしかすると、今、私が強く感じている「意外と付けにくい劇団名だよなあ」という思いを、その時も直感的に、導いていたのかもしれない。 もっとも普通なんてのは、人の数だけ存在する物差しだから、そこに存在するのは、劇団普通だけが持つ、普通。想像する人の数だけ答えが用意できる、したたかな名前であることは、確か。 部屋の窓際に何気なく置かれている透明のペットボトルがあって、いつしかその存在を気にも止めなくなった頃、そのペットボトルに入っていた水が焦点を作り、かすかな煙が立ち込めるような。いやもしかすると、そのペットボトルは確かにそこにあるのだけど、誰も気付いていないまま何かを焦がし始めたかもしれず、それどころか、煙が立ち上っても誰もペットボトルが焦点を作ったとは気が付かないまま、火が出た理由を探しているような。 そんな劇団普通の普通が、切れのあるセリフと表情と身のこなしと空気感で、展開されていく空間。 時に、谷崎潤一郎やカフカ原作の作品作りにも臨む劇団普通だが、今回描きゆくオリジナル作品は 『地方の病院で入院生活を送る患者たちとその家族、病院関係者。その不安と希望と現実が交錯する日々の生活や人間関係、そして人生を作者の実体験を交えて描いた群像劇。全編茨城弁で紡ぐ劇団普通、初の方言芝居。 その部屋には、喋れるものが集まっている。』 とのこと。 その、どこにでもある病室の片隅で、どこにでもあるはずの会話の端が、いつしか、じりじりと焦げていく、純度の高い「普通」。 劇団名を決めた経緯(いきさつ)にも、そっと想像力を遊ばせる楽しみとともに、開演を待ちたい。

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