Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

宇多田ヒカルにただただ心を揺さぶられた 静寂の中に“希望”見た『Laughter in the Dark』ツアー

リアルサウンド

18/12/24(月) 18:00

 なんて苦しそうに歌うのだろう。なんて悲しそうに歌うのだろう。宇多田ヒカルってこんなに辛そうに歌う歌手だっただろうか。

 月並みな表現になってしまうが、胸が張り裂けそうになるとはまさにこのことだ。ライブを見ていてこんなにも心が苦しくなるのは初めてである。曲を終えたあと至る所から鼻をすする音が聞こえ、近くにいた恰幅のよい男性も目頭を指で押さえていた。終演後には「めっちゃ泣いたー!」と気持ち良さそうに喋り合う女性の声がちらほら。ちょっとしたリフレッシュ作用すらあるかもしれない。それくらい今の彼女には人びとの心を揺さぶる何かがある。

 たとえば、今年最も日本でヒットした曲が人の死をテーマにした米津玄師の「Lemon」だった(実際に制作中に祖父を亡くしたという)ことを考えれば、同じように母の死を乗り越えてステージに立っている彼女の勇姿に我々が惹き付けられるのも必然なのかもしれない。だが、そうした時代の空気を差し引いたとしても、彼女が舞台に立ち、ひと言発するそれだけで何処となく漂うほの暗いイメージ、あるいは自然と匂い立つアートの香りは、それだけで人びとの視線を釘付けにさせられる持って生まれた天性の素質といっていいだろう。そして、そんな彼女が全身漆黒のドレスを身に纏い、黒で囲まれた会場で〈黒い服は死者に祈る時にだけ着るの〉と歌っているのだから何とも異様な光景である。

 “Laughter in the Dark”と題された今回のツアー。直訳すれば“暗闇の中の笑い声”、そしてツアーのテーマを彼女は「絶望の中の希望」とした。幕間映像でピース又吉が「宇多田さんの描き出す希望には共感できる」と語っていたように、彼女が歌う希望や光には、必ずその背後に深い悲しみや絶望感が横たわっているように感じる。〈暗闇に光を撃て〉とはまさしくそんな彼女の佇まいに他ならないだろう。

 まず、開演前のBGMがない。完全な静寂からライブは始まったのだ。最終日には1万4000人が詰め寄ったという大きな幕張メッセ国際展示場9〜11ホールが一斉に静まり返るとさすがにただならぬ雰囲気となる。すると、彼女のひとつひとつの言葉に緊張感が宿り、歌声の一音一音に耳が研ぎ澄まされる。なるほどこの静寂でさえライブ演出の一部なのだろう。

 ライブ前半は「traveling」「COLORS」「SAKURAドロップス」「光」といった昔のヒットソングを軸に駆け出す。バンドマスターを務めるジョディ・ミリナーはサム・スミスやアリシア・キーズ、ジェイムス・ベイらのレコーディングに参加した経歴を持つ、活動再開後の宇多田ヒカルを支える最重要ミュージシャンのひとりだ。他にもアール・ハーヴィン、ベン・パーカー、ヴィンセント・タウレル、ヘンリー・バウアーズ=ブロードベンドと海外から集まったバンドメンバーは腕利きのミュージシャンばかり。それに加えて8人の弦編成による豪華なバンド編成は、彼女の作品の持つサウンド面の魅力も存分に活かしていた。90年代後半にJ-POPのリズムのレベルを一気に押し上げたと言われている彼女の海外譲りのグルーヴ感覚は、こうした編成による生演奏でこそ発揮されるだろう。

 また、彼女の歌声に変化を感じ取ることができた。20年前と比べて低い声には迫力が増し、中域はふくよかに、胸を締め付けるような高音の歌声はさらに訴求力を持ったことで発売当時の聞こえ方とはまた少し違って聞こえてくる。それが感慨深くもあり、同時に切なくもあったりする。ステージのカラーもさまざまで、ダンサーを迎えて「ともだち」「Too Proud」を披露し優雅なステージングで観客を魅了したかと思えば、センターステージへ移って「誓い」「真夏の通り雨」「花束を君に」を歌い上げ、どこか悲壮感と希望の入り混じった不思議な空間を演出。色々と会場のムードを変えながらも、彼女の作品に通底してある深い陶酔感のようなものがライブが進むに連れて増していくようだった。

 そして何と言っても今回の公演の特筆すべきは、終盤に披露した「First Love」と「初恋」の2曲だろう。日本の歌謡史に燦然と輝く名曲でありながら、彼女のライブ自体が珍しいため生で披露される回数も少なかった「First Love」と、その曲に自ら挑戦したとも言える「初恋」を続けて歌い上げたのだ。20年の時を経た“初恋”を歌った2曲の共演にその場にいた誰もが涙しただろう。特に「初恋」での〈正しいのかなんて本当は 誰も知らない〉直後の約10秒間の静寂は、この日一番の“間”であった。この静寂に会場全体が息を呑み、そこからまた歌い始める姿に胸打たれた人も多いはず。わずかに震える歌声が儚げで美しく、印象的であった。

 ちょうどツアー最終日の12月9日でデビュー20周年を迎えたためMC中にはファンから温かい拍手が送られていたが、こうした記念すべき日をアーティストによっては華やかに祝ったりするものである。しかし、彼女はそうはしない。静寂に包まれた会場でどこか厳かな雰囲気を保ちながら粛々とその喜びを噛み締める、そんなふうな公演であった。

 最終日にはしっかりと両親への感謝を述べていた。偉大な歌手の血を受け継ぐ彼女が漂わせる厳かなムードのライブに、ただただ心を揺さぶられた一夜であった。

(文=荻原梓/写真=岸田哲平)

■スカパー、M-ON!オンエア情報
『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』を
BSスカパー!にて2019年1月27日(日)午後9時より放送
3月にはMUSIC ON! TV(エムオン!)で完全版の放送

<“Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018”放送概要>
タイトル  :宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時  :2019年1月27日(日)午後9時~
チャンネル :BSスカパー!(BS241/プレミアムサービス579)
視聴方法  :スカパー! のチャンネル、またはパック・セット等の契約者は無料で視聴可能
※2週間お試し視聴不可
ホームページ

・MUSIC ON! TV(エムオン!)では、裏側のドキュメンタリーも含めた完全版を放送
タイトル:M-ON! LIVE 宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時:2019年3月10日(日)午後8時~
チャンネル: MUSIC ON! TV(エムオン!)(CS325/プレミアムサービス641)
視聴方法:当チャンネル、または当チャンネルを含むパック・セットの契約者は視聴可能。
ホームページ

■VR企画の詳細情報
『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』から「光」「誓い」のライブステージ2曲をPS VR向けに配信

2018年12月25日(火)PlayStationRPlus(PS Plus)加入者向けに『光』※1のVR映像の先行配信が決定
『誓い』※2は2019年に『光』とともに一般向けに無料配信予定。
詳細はこちら
※1 ゲームソフト「KINGDOM HEARTS」テーマソング
※2 ゲームソフト「KINGDOM HEARTSⅢ」 エンディングテーマ

■リリース情報
シングル
『Face My Fears』
2019年1月18日(金)発売 ※同日配信もリリース
通常盤(初回仕様)¥1,400(税込)
※初回仕様:「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろしピクチャーレーベル、PlayPASS対応
<収録曲>
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Don’t Think Twice(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

CD予約
iTunes予約
『誓い』配信
『Don’t Think Twice』配信

アナログ
『Face My Fears』(生産限定アナログ盤)
発売:2019年3月6日(水)
生産限定アナログ盤
※「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろし絵ポスター封入
価格 ¥2,500(税込)
<収録曲>
【Side A】
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)
【Side B】
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Don’t Think Twice(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

生産限定アナログ盤予約

オフィシャルサイト

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む