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秋吉久美子 秋吉の成分

映画館は世界にあこがれる装置だった

全10回

第3回

20/10/2(金)

秋吉家の映画文化

私の実家は映画を観るのが文化だったんです。もう両親とも亡くなってしまいましたが、私が小さい頃は一家でテレビの「日曜洋画劇場」をみんなで観る習慣があった。当時は大晦日の「紅白歌合戦」の裏が「洋画劇場」だったんですが、うちはそっちを見ていたんです。そして公務員の父は、まだ当時は週休二日制ではなかったので、半ドン(これも今や死語ですね)の土曜日はお勤めが終わると必ず映画館で映画を観て、凄く機嫌よくなって帰って来るの。西部劇などを観ると、もうガンマンになりきって帰宅する。もう主人公になりきってハイになるのが癖で、時には浮かれて迷子になってなかなか家に帰りつけなかったり(笑)。そういうチャーミングな父親だったんですけど、そんな子どもっぽさは私に受け継がれているかもしれない。

その家族そろって映画を観る習慣の延長で、私も高校の頃はひとりで学校をサボッて映画館に行ったりした。なぜか東映の『まむしの兄弟』を観ていた(笑)。誰もお客さんがいないところに女子高生がぽつんといたわけですが、通っていた女子校がいわきの真面目な進学校だから補導されたら、大変!だったと思いますよ。『まむしの兄弟』は主演の菅原文太さんもよかったけれど、相方の日活から来た川地民夫さんが、よかったですね。あの川地さんみたいに、やにさがった二枚目ってよくないですか。鶴田浩二さんもそうですけど、あんな二枚目のオーラをむんむん出して「やにさがった」感を出している俳優は独特。もう見かけないですよね。

あまりに刺激的な『純愛日記』

洋画で言うと、この頃の圧倒的な思い出は『純愛日記』。少し前に『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』というタイトルでリバイバルされていましたが、今や大復活をとげたスウェーデンのロイ・アンダーソン監督の長篇デビュー作ですね。実はもともとは同時上映だったアラン・パーカー監督の『小さな恋のメロディ』を観に行ったんです。当時、主演のマーク・レスターがアイドル俳優として大人気になって、『小さな恋のメロディ』も大ヒットしましたよね。でも私は添え物として静かに公開されていた『純愛日記』に凄くハマってしまった。あの映画を観て感じたのは「やられた。私ってイケてない」という衝撃。その衝撃たるや今も尾を引いているくらいなんです。

このスウェーデン映画に対してイギリス映画の『小さな恋のメロディ』もなんだかんだ言って、素晴らしく良くできた映画でしたよね。ソフトな青春恋愛物に見えて、大人に抵抗して子どもたちが自家製爆弾作ったり、やっぱりパンクの素地がある国の作品なんだよなあと思う。基本はかわいいラブストーリーなんだけど、そんなものにも社会批判の魂はあって。今の私たちってあまりにもそういうものを失っていませんか?もちろん私たちは労働者として社会のシステムのなかで粛々と生きていかないといけないけれど、映画をはじめ芸術にはそういうところからこぼれ落ちた魂の声、魂のいぶきといったものが求められているわけじゃないですか。

そんな『小さな恋のメロディ』は当時凄く支持されていましたけど、私は併映の『純愛日記』で何の縁もなかったスウェーデンの青春にふれて、「こんなカッコいいものがあったのか!これにひきかえ私はなんてダサいんだろう……」と驚いたわけです。だから、私は映画でヒッピー的な逃げ腰の青春を演じましたが、そういう、役の上でも現実の上でもヤンキーとか暴走族とか、そういう方向は明るくありません。『純愛日記』のカッコよさがベンチマークになってしまったのだから。

『秋吉久美子 調書』より

教室を飛び出して演劇的な感覚に

それで『純愛日記』を観てときめいて家に帰ってきた少女秋吉は、父の背広のポッケから「いこい」を取り出して初めて煙草というものを試すんです。父はその頃「いこい」で後で「ハイライト」になるわけですが、当時の勤め人のポピュラーな煙草といえば「いこい」ですよね。そして自分の部屋で「いこい」を喫ってゲホゲホと涙と鼻水にまみれながら、「負けないぞ。私はカッコよくなるんだ。ぜったいあそこへ行くんだ」と心に誓ったんです(笑)。

でもこの煙草を喫うということひとつとっても、こだわりがあったんです。私が部長をやっていたのは高校の文芸部で、近所の男子校にあったのは文学部と称していたんですが、そこの男子生徒に「煙草を喫うというのはエロティックなことだよね」と言ったら「それは煙草を喫うという行為のことか?」と聞いてきたので、やっぱり男子はそうだよなあと。私は「いや、煙草の紫煙がセクシーなんだよね」と。そんな感じでけっこうニッポンの地方の高校生の会話もいいセン行ってたんだけど、今ひとつあの『純愛日記』のカッコよさ、おしゃれさに到達できないんだな(笑)。

そしてスウェーデンだけじゃなくてフランスの『個人教授』もまぶしかったわけです。あの日本でも人気になったルノー・ヴェルレーとナタリー・ドロンをスクリーンで観ながら、「凄い。フランスの高校って哲学の授業があるんだ!」みたいなことにビックリしてた。もうこれって幕末の若者たちがちょんまげに靴をはいて西欧の文化を学びに行って驚いてるのとあまり変わらないですよ(笑)。こうして映画を観て、いろんなことに目覚めていた。

こうして私はこっそり、映画を観に行ったり、禁止されていたジャズ喫茶に行ったり、いたずらで、すれ違った男子にウィンクしたりするものだから、一部のまじめな子から「不良未満、真面目以下、限りなくグレー」みたいに言われてた。頭でっかちだったから、淡々と学校の教室で勉強している世界以外のことを空想したり経験できる環境がほしかったんでしょうね。ただ映画を観に行くというよりも、教室から、もっといえばこんなニッポンの日常からジャンプできるような環境がほしいから、映画館やジャズ喫茶に行っていた気がする。ちょっとそれは演劇的な感覚に近いかも知れないね(笑)。

秋吉久美子 成分 DATA

『懲役太郎 まむしの兄弟』
11971年 東映
監督:中島貞夫 脚本:高田宏治
出演:菅原文太/佐藤友美/川地民夫/女屋実和子/川谷拓三/安藤昇

『純愛日記(スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー)』
1970年 スウェーデン
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:アン・ソフィ・シリーン/ロルフ・ソールマン/バーティル・ノルストレム/ビョルン・アンドレセン

『小さな恋のメロディ』
1971年 イギリス
監督:ワリス・フセイン 脚本:アラン・パーカー
出演:マーク・レスター/トレイシー・ハイド/ジャック・ワイルド/シーラ・スティーフェル

『個人教授』
1968年 フランス
監督・脚本:ミシェル・ボワロン
出演:ナタリー・ドロン/ルノー・ベルレー/ロベール・オッセン/ベルナール・ル・コク

『秋吉久美子 調書』(筑摩書房刊/2,200円+税)
著者:秋吉久美子/樋口尚文

特集上映「ありのままの久美子」
2020.10.17〜30 シネマヴェーラ渋谷

上映作品:『十六歳の戦争』(1973)/『赤ちょうちん』(1974)/『妹』(1974)/『バージンブルース』(1974)/『挽歌』(1976)/『さらば夏の光よ』(1976)/『あにいもうと』(1976)/『突然、嵐のように』(1977)/『異人たちとの夏』(1988)/『可愛い悪魔』(1982)/『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』(1981)/『さらば愛しき大地』(1982)/『誘惑者』(1989)/『インターミッション』(2012)

取材・構成=樋口尚文 / 撮影=南信司

当連載は毎週金曜更新。次回は10月9日アップ予定です。

プロフィール

秋吉久美子(あきよし・くみこ)

女優・詩人・歌手。1972年、松竹『旅の重さ』で映画初出演、その後、1973年製作の『十六歳の戦争』で初主演を果たし、1974年公開の藤田敏八監督『赤ちょうん』『妹』『バージンブルース』の主演三部作で一躍注目を浴びる。以後は『八甲田山』『不毛地帯』のような大作から『さらば夏の光よ』『あにいもうと』のようなプログラム・ピクチャーまで幅広く活躍、『異人たちとの夏』『深い河』などの文芸作での主演で数々の女優賞を獲得。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。

樋口尚文(ひぐち・なおふみ)

映画評論家、映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』ほか多数。共著に『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『女優水野久美』『万華鏡の女女優ひし美ゆり子』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』など。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。早稲田大学政治経済学部卒。

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