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菊地凛子のキスが意味するもの 『獣になれない私たち』が投げかける“自分基準”

リアルサウンド

18/10/31(水) 6:00

 「車がビュービュー行き交っている道路で、信号も何もないんだけど、ワッて飛び出して、ワーーーッて反対側まで渡りたーい!って思うことない?」

参考:『フェイクニュース』二転三転する展開はどう生まれた? 脚本家・野木亜紀子が語る制作の裏側

 『獣になれない私たち』(日本テレビ系)の第3話では、いよいよ“獣”代表の呉羽(菊地凛子)が、本領発揮。野生の勘を信じて突き進む強さと、危うさが浮き彫りになった。

 「危ないですよね、迷惑ですし……」冒頭の呉羽の問いに、“獣になれない”代表の晶(新垣結衣)は苦笑いでこう答える。行きたい道があれば、どんなに難しい道だとしても走り抜けたくなる呉羽と、道を渡るのは信号が青になってからという常識を疑わない晶。もちろん現代社会においては、晶の方が正しいのだろう。だが、その信号がずっと赤のままだったら? ずっと待ち続けるのだろうか。脳内に点灯した信号の赤い光から、晶の結婚への道を阻む朱里(黒木華)の存在をつい思い浮かべてしまう。

 「要は、どうしたいかって話!」(呉羽)なのだ。赤信号が変わるのを待ち続けている、というと柵にとらわれているように聞こえるが、裏を返せば青信号になって安全に渡りたいという晶の意志でもある。“危なくないように、迷惑がかからないように、自分の行きたい道が拓かれたらいいな”というのが晶の本音。朱里が居座り続けていることに、困っている様子を見せている京谷(田中圭)も、また然り。晶のことを「愛している」という言葉も、朱里の自立を助けたいという気持ちも嘘ではないが、絡み合った糸をほぐすように本心を紐解いていくと、“なるようになったらいいな“という思いが透けてみえてくる。

 しかし、そんなオートマチックに幸せになれれば、誰も苦労しない。ニコニコとしていれば、全てが報われる、なんていう夢物語はありえないのだ。自由の女神だって険しい顔をしているのだから。「自由を手に入れるには、必要なんだよ~、闘いが」と呉羽の言う通り、みんなそれぞれの自由を、幸せを、権利を求めて、いつだって闘い続けている。

 ときには、目の前の道を横断する意志を手を挙げて示し、行き交う車を止める勇気も必要だ。それを迷惑をかけるから……と尻込みしていたら、いつまでも道の向こうにはいけない。ときには、手を挙げても車が止まる気配がないこともあるだろう。そこでぶつかってもいいというほど強引に道を渡るか、それとも「今じゃない」と流れを読んで落ち着くタイミングを見計らうか。その感覚も、渡ることを他人のタイミングに任せてたら、鈍っていくのかもしれない。

 もちろん、道なき道を行くというのはリスクは避けられない。「渡りきったつもりで、渡れてなかったんだよ。渡り切るより前に、すんごいところからすんごいスピードの車がワーって突っ込んできて。軽い怪我で済んだんだけど……この道ではない、みたいな」。飄々と生きているように見える呉羽も、怪我をしながら道を模索しているのだから。

 呉羽にとって恒星(松田龍平)との交際も、橘カイジとの電撃結婚も、そして京谷へのキスも、「なぜ?」と理由を聞かれたら「渡ってみたいと思ったから」としか言いようがない。一度きりの人生で「こうしたら、自分がどうなるのか知りたい」という興味を、野性の勘を気づかぬふりなんてできないのだ。失敗も、やってみないとわからないのだから。その呉羽の情熱はカリスマ性がある一方で、理解してくれる人は限られる。野性味とは、現代社会では諸刃の剣だ。

 社会化と野性の勘。優しさと厳しさ。自由とリスク。好意と憎悪。私たちは、いつだって表裏一体の中で生きている。何を選ぶか、何をよしとするか、どのリスクを取るのか。それは1人ひとりの自由意志だ。職業も、住む場所も、結婚相手も、選ぶ自由が認められている今の日本。だが、価値観が多様化したがゆえに、迷いが生まれているのも、また表裏一体だ。

 「自分基準で考えないでもらえますか」(上野/犬飼貴丈)、「自分基準以外で何を考えるの?」(松任谷/伊藤沙莉)。自分基準を大事にするのと同じくらい、他人基準も大事にしていくこと。異なる意見を反射的に拒絶せず、ビールでも乾杯しながら“そんな考え方があるのか”と耳を傾ける余裕を持つこと。わかりやすいなら会計用語などに翻訳しながらでもいい。このドラマそのものが、そうしたきっかけにもなるだろう。闘いになる前に譲り合える、そしてそれぞれが生きたい道をスムーズに進める、そんな手信号が生まれる日も近いかもしれない。(佐藤結衣)

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