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『転生したらスライムだった件』誕生の裏側とは? GCノベルズ編集長・伊藤正和インタビュー

リアルサウンド

21/3/28(日) 12:00

 「なろう系」の「異世界転生もの」で「B6判ノベルズ」という、今の出版業界を席巻しているひとつのフォーマットがある。香月美夜の『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』や、馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』などが当てはまり、書籍としてだけでなく漫画やテレビアニメにも展開されて、エンターテインメント市場を賑わせている。そんな盛り上がりの中心にあるシリーズが、伏瀬作でみっつばーイラストの『転生したらスライムだった件』だ。刊行しているのはマイクロマガジン社のGCノベルズ。

 他にも『賢者の弟子を名乗る賢者』(作・りゅうせんひろつぐ、イラスト・藤ちょこ)や『転生したら剣でした』(作・棚架ユウ作、イラスト・るろお)といった、同種のフォーマットを持ったヒット作を出している。KADOKAWAや講談社といった大手出版社も同じ分野に力を入れる中、GCノベルズが早くに「なろう系」に目を向け、どのように『転スラ』を送り出し、今も戦い続けていられるのかを、GCノベルズ編集長の伊藤正和氏に聞いた。(タニグチリュウイチ)

『転生したらスライムだった件』の功績

――『転生したらスライムだった件』は3月31日に最新の第18巻が出ます。第1巻の刊行が2014年5月ですからもう7年近く続いていることになります。GCノベルズのスタートはこの『転スラ』からでしたね。

 そうです。GCノベルズを立ち上げた時の始まりの作品です。この作品のおかげで今まで続いているところがありますね。

――マイクロマガジン社というと、以前は「ゲーム批評」を出していて、あとは『琴浦さん』のようなコミックスを出している出版社といったイメージがありました。『転スラ』のような、小説投稿サイトの「小説家になろう」に連載されている作品を書籍化して刊行しようとなったのはなぜですか。

 僕が小説を編集したのは『転スラ』が初めてだったんです。元々は雑誌や漫画の編集をしていて、ここ(マイクロマガジン社)に来てからも『マンガごっちゃ』というウェブ漫画の投稿サイトをやっていました。ウェブから何かを書籍化するという流れになっていきましたが、他の出版社との取り合いも多くなって、何か他にないかとなった時、なろうの小説が気になりました。すでにアルファポリスから色々と出ていましたし、MFブックスも立ち上がっていましたが、文庫のライトノベルほど棚の競争が激化していなかったので、ここなら行けるかと思って飛び込みました。GCは、『マンガごっちゃ』の語源が“got a chance”だったので、そこから拝借しました。

――「なろう」の小説やライトノベルは以前から読んでたんですか?

 ライトノベルは、普通に『涼宮ハルヒの憂鬱』から始まって『灼眼のシャナ』や『ゼロの使い魔』などを読んでいました。あと、エンターブレインから出ていた『ログ・ホライズン』や『まおゆう 魔王勇者』が好きで、それでウェブ小説とか良いなと思うようになりました。まだ仕事にしていた訳ではないので、2012年とか2013年のなろう系小説、ウェブ小説は、無料で読めるコンテンツがこんなにあるんだという感じで、普通に楽しんでいましたね。

――そこから「なろう系」に目をつけ、『転スラ』に行き当たったという感じですか。

 なろうからの書籍化をやろうと思って、ジャンルの上からバッと読んでいった中に『転スラ』があって、読んでこれはやりたいと思いました。明確に覚えているんですが、家でゴロゴロしながら第2部にあたる『森の騒乱編』を読んでいて、そこでリムルがオークロードを取り込むにあたって、『お前だけじゃなく、お前の同胞全ての罪も喰ってやるよ』と言ったところで、ものすごく感動しました。他の小説では、主人公が強くて無双していくところは同じでも、ただ敵を倒していくだけのものが多かったんです。リムルは違っていました。第1部のシズさんの時もですが、相手の思いやそういったものを、自分の中で背負って生きていこうとするんです。他のキャラクターたちとは違った懐の深さが良いと思いました。

――それで、伏瀬先生に書籍化の声をかけられたと。伊藤編集長を感動させたほどの作品ですから、すでに幾つも誘いがあったのではないですか。

 それが、出版の話はまだどこからも来ていなかったみたいです。もしかしたら、主人公がスライムという所があったかもしれません。絵にしたときにイメージがしづらいといいますか。そうした出版状況から、どこも手を伸ばせていなかったんじゃないでしょうか。僕は門外漢だったからそこまで考えていませんでした。入社したばかりで、何かやりたいという気持ちしかなかったので、臆せずやれたのが良かったです。

――お声がけをしてから刊行まではスムーズに行ったんですか。

 伏瀬先生とはすごくやりとりしました。なろうからの小説化はうちでは初めてで、立ち上げの作品になるのでレーベルとしての前例もありません。よく応じていただけました。とにかく誠心誠意お願いすることだけ考えていました。協力出版的なものではないとははっきり言いましたし、値段が1000円に落ち着いたのも、伏瀬先生が読者のことを考えて、そうしたいという意向があったからです。出すと決まったときは嬉しかったです。本音で言うと不安も大きかったかな。せっかく受けていただいたのに、書籍化して鳴かず飛ばずだったらどうしようかと。作品への自負はありましたが、売ると言うことにまだ自信はなかったです。

――それが大ヒット!

 これほど評判が大きく広がるとは当時は思っていませんでした。今も伏瀬先生と実感がないですねえと話しています。どこが受けたのかは、小説やコミカライズ、アニメといった媒体によっても違うと思いますが、共通して、スライムという主人公のキャッチーさが大きくあると思います。あとは、話の展開が少年漫画的で、キャラクターが豊富で誰もが魅力的なところ。そこで1番の訴求力があるのがリムルというスライムです。

――みっつばー先生が描かれるイラストも、スライムやキャラクターの雰囲気を見事に表現していました。

 『転スラ』を読んでいて、凄く少年漫画チックだと思いました。ライトノベルと言うよりは、キャラクターの使い方がジャンプっぽいと思ったので、イラストレーターも少年漫画のテイストが入っている方がいないかと探していました。pixivでみっつばーさんを見つけて、自分のイメージに近いと声をかけました。スライムのデザインは、本当にこれ以外は考えられないというものが出てきました。相当、苦戦していたみたいです。スライムというと、あの偉大なスライムのデザインがあるじゃないですか。そのイメージをなかなか超えられないんです。あと、リムルのイメージだと、どこかにふてぶてしさがないといけない。作中では、リムルのスライム形態には目がないんですが、設定上はしわと言いつつ目らしきものを、デザインでみっつばーさんが入れてくれて、かわいらしくもふてぶてしいスライムというのができあがりました。

――構成も、書籍化にあたってウェブ版から変えてあります。

 シズさんが最後に出てきて終わっているので、そこへの伏線、シズさんの人生をもっと描いておきたいと話しました。読むペースを乱しているかもしれませんが、幕間としてシズさんが召還されて来てからのエピソードを入れました。リムルが転生してきてからの人生と、シズさんの人生を対比するような形で描いていって、最後に交差する構成をやりたいと伝えて、納得していただきました。やはり書籍は1冊の読後感やまとまりを意識します。どうやってまとめるかは、編集者の腕の見せ所ですね。

大事なことは主人公のキャラクターが面白いかどうか

――GCノベルズの立ち上げ時は、ほかにも声をかけられていったんですか。

 りゅうせんひろつぐ先生の『賢者の弟子を名乗る賢者』も割と初期に声をかけていた作品です。ほかにもいろいろとお声がけはしていて、レーベルとして展開するなら、最低でも月に1冊は出す必要があるだろうと思っていました。自分ひとりでやるものだったので、月に1冊か2冊が限界で、手当たり次第ではなかったです。自分で読んで面白いものに声をかけていました。

――声がけする決め手のようなものはあるんですか?

 僕は割と、主人公のキャラクターが面白い作品を選びがちですね。癖がある主人公が好きなんです。異世界転生ものって、一人称で主人公が物語を動かしていくところがあるので、主人公の声を読者さんは読んでいることになります。主人公があまり面白くないと、面白くない人間の語りを聞いている感じになりますから。

――GCノベルズは今はどういった感じですか。

 『賢者の弟子を名乗る賢者』のアニメ化企画がぼちぼちと動くので、それで認知度をワンランク上げたいですね。三嶋与夢先生、孟達先生の『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』や槻影先生、チーコ先生の『嘆きの亡霊は引退したい ~最弱ハンターによる最強パーティ育成術~』も上げていきたい。他にも、コミックスで売れている作品があるので、その売り上げをベースにメディア展開を広げて、小説の認知度を更に上げられないかと考えています。あとは、大判だと読者とのマッチングが悪かったのを文庫で出し直したりとか。

――売れ行きが悪いからといってバッサリ切らず、いろいろと展開を考えてあげるのは優しいですね。

 自分が面白いと思っている作品は、売れるべきだと思っているんです。ダメだったからそれで終わりにしたくないんです。きっと嫌なんですね、自分が良いと思った作品が認められないというのは。編集として作家には厳しいことも言ってしまいますが、でもやっぱりどこかにチャンスはないかと考えてしまいます。

――ライトノベルは中高生が読者層の中心だと言われていますが、GCノベルズはどうでしょう。

 どこも同じだと思いますが、新文芸をやっているところは読者層が高いイメージがありますね。こちらでも30代や40代をイメージしています。大人向けなのに、主人公が大人のようなことをしていないといった批判がありますが、そこが良いんじゃないかと思います。転生でも転移でも、現世とは隔絶されたところに行ったら、そこで自分の年齢らしいことをするんでしょうか。誰もが自分の実年齢の枷から外れたいんじゃないでしょうか。そういった、自分を解放してくれるものとして読まれているといことも、一部にはあるんだと思います。

――『転スラ』が売れてしまったが故に、異世界転生ものが中心のレーベルと思われてしまっている感じですか。

 ここのお客さんは口が異世界物になっているから、現代ものをやっていても厳しいと書店員さんやバイヤーさんに言われることがあります。実際、B6判の市場だと転生ものとかVRMMOものといったもの以外にあまり需要がないんです。挑戦はしたんですよ。GCノベルズでいうと、竹内すくね先生の『ブルージャスティスここにあり!』ですが、異世界ものでもなんでもなくて、ヒーロースーツを着て戦う主人公のお話です。本当に面白かったのに、2冊しか出せなくて自分でもふがいないと思いました。

――レーベルも増えて、書店の棚も作家の方も取り合いになっていて大変そうです。GCノベルズではどのように作家とお話しされているんですか。

 最近は声がけも早くなっていて、人気が出たなと思った時にはもう声がかかっています。うちは面白いかどうかを読んで判断しているところがあって、出だしだけでは判断できないので様子を見てしまいます。それで、先見の明のある方に取られていく感じはあります。作家先生とのやりとりは、リアルな話になってしまいますが、その作品に自分たちがどこまで投資できるかです。基本的には頑張って交渉させていただきますが、相手のおっしゃることで受け入れられることは受け入れ、そうでなければ他社でやられた方が幸せになってもらえると思い、諦めます。

レーベルの知名度をあげつつ、記憶に残る作品を出したい

――今の編集部の体制について教えてください。

 社員は僕を含めて4人で、アルバイトが1人いてやっと体制が整いました。月によってバラバラですが、1人が月に1冊といったペースで、だいたい4冊くらいは出しているんじゃないでしょうか。多いときには5冊くらいになります。

――編集長が仕切っている感じですか。

 うちは、編集部員が独立して動いているところが強いですね。僕からああしろこうしろとは言わず、部員がこうしたいというのを聞いて、僕が許可を出すイメージです。独立しているからフットワークは軽いです。お声をかける場合も、最初に企画は出してもらいますが、すぐに動けるようにさせています。週に1回、この人に声をかけたいという会議をやっていて、そこでOKが出たら声をかけることにしています。

――週1ですか!

 これだけサイクルが速いと、1カ月に1回ではムリなんです。どこもそうだと思いますよ。OKを出すかどうかは、自分も読んで判断はしていますが、いちばんは担当者のプレゼンテーションですね。これは面白そうだと思わせられたら、やってみてと言います。僕に関しては、最近は声をかけることは少なくなってしまいました。担当している作品でメディアミックスが増えてきたので、関わっているとなかなか新規の作品を立ち上げられないんです。だから他の編集に頑張ってもらっています。

――これから、どのようなレーベルになっていきたいですか。

 人気作を抱えている割には、レーベルの知名度はあまり高くないんですね。『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』はなろう界隈では知名度は高いんですが、GCノベルズが知られているかというと、それほどでもないんです。『賢者の弟子の賢者』や『嘆きの亡霊は引退したい』もそうですね。課題としてはレーベルの知名度をもっと上げつつ一作一作、記憶に残るような作品を出していきたいと思っています。あと、恋愛ものとかは大判市場で需要がないので、文庫レーベルを立ち上げてやっていきたい。ライトノベルでは、ひとりのヒロインがすごく可愛いのが受けています。なろうにもそういった作品が出てきました。書きたいという作家さんもいらっしゃいますので、出せる媒体が欲しいです。

――最後に、推していきたい作品を教えてください。

 kiki先生、キンタ先生の『「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい』ですね。タイトルはのんびりとしていますが、中身の方は真逆で世界観がめちゃくちゃ濃いんです。グロスプラッタ。そういうものを求めている読者に引っかかってくれていないんですが、海外では『Roll Over and Die』というタイトルで出ていて、とても人気があるんです。南方純先生のコミカライズもできが良いので、この作品をもっと推していけないかなと思っています。

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