Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『幽☆遊☆白書』冨樫義博、漫画家としての戦いーージャンプバトル漫画への鋭い批評性とは?

リアルサウンド

20/8/23(日) 9:00

 一番好きな漫画は何かと聞かれたら、冨樫義博の『幽☆遊☆白書』(集英社、以下『幽白』)だと答えている。

 1990~94年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された本作(全19巻)は、ジャンプが歴代最高発行部数となる653万部へと向かっていく絶頂期の作品で、鳥山明の『DRAGON BALL』と井上雄彦の『SLAM DUNK』と並ぶ、当時の人気漫画として語られることが多い。

 だが、上記の二作が「古典的名作」としての立ち位置を確立したのに対し『幽白』には、古典になることを拒むような歪さがある。

 以下、ネタバレあり。

 物語は14歳の不良少年・浦飯幽助が子供を助けようとして車にひかれるところからはじまる。幽霊となった幽助が、人間の体に戻るために様々な人達を助ける姿が描かれるのが、JC(ジャンプコミックス)1~2巻の流れ。 

 3巻以降は幽助が霊界探偵として悪い妖怪と戦う霊界探偵編がスタート。霊界からの指令で、様々な妖怪と戦う中で幽助は、不良で霊感の強い桑原和真、人間として暮らす妖狐の蔵馬。邪眼を持つ妖怪・飛影とチームを組むようになり成長していく。そして、敵の戸愚呂(弟)に暗黒武術大会のゲストとして招待され、桑原、蔵馬、飛影、そして師匠の玄海と共に参加することになる。最終的にトーナメント型の武術大会に向かう流れは、当時のジャンプ漫画の必勝プロットであり『幽白』もその流れを忠実になぞっていた。

 あまりにセオリー通りだったため、当時はあざといと思ったが、それでも読んでいたのは、よくある展開の中に光るセンスを感じたからだ。それは線のタッチや、省略のうまさといったテクニックの部分に強く現れていたが、トーナメントの描き方も一筋縄ではいかなかった。

 暗黒武術大会は、幽助たちにとっては理不尽極まりない仕組みとなっており、敵の妖怪チームだけでなく、運営側が仕組んだ卑怯なルールとも幽助たちは戦わねばならない。

 デビュー作となった短編「とんだバースディプレゼント」から最新作の『HUNTER×HUNTER』に至るまで、冨樫はゲームをよく劇中に登場させるが、物語自体もとてもゲーム的だ。それはゲームの背後にあるシステムにとても敏感だということである。だから冨樫の漫画は、最終的に「システムにどう抗って裏をかくのか」という戦いになっていくのだが、そんな幽助たちの戦いと、ジャンプにおける冨樫の「漫画家としての戦い」がうまくシンクロしていたことが、暗黒武術大会編の面白さだった。

幽遊白書 16巻 対して、その次に描かれた仙水編は、作者自身も含めた少年ジャンプ的価値観を徹底的に破壊した問題作だったと言えるだろう。

 物語は、魔界と人間界の間にある結界を解き、妖怪を地上に解き放つことで人類を皆殺しにしようとする仙水忍との戦いを描いたもの。仙水はかつて幽助と同じ霊界探偵として、人類を守るために妖怪と戦っていたのだが、ある事件で妖怪を蹂躙する人間を見たことで人間に絶望する。

 仙水の元には領域(テリトリー)と呼ばれる異能力に目覚めた人間たちが集まるのだが、彼らもまた人間に対する深い絶望を抱えていた。幽助たちと戦う中で、彼らの暗い内面が読者に晒されるのだが、踏みこんではいけない領域に作者が足を進めているのは明らかだった。

 絵もみるみる変化し、キャラクターや背景がシャープで写実的になっていく一方、余白が増え、なぐり書きのような描写も増えていった。これを手抜きととるか、作者の内面の発露と見るかで作品の評価は大きく変わるのだが、筆者はこの頃の冨樫の絵が一番好きだ。

 物語は最終的に魔族として覚醒した幽助が、仙水を倒すのだが、仙水は人間への絶望を吐露して息絶える。そして仙水の仲間・樹が「オレ達はもう飽きたんだ」「お前らは また別の敵を見つけ戦い続けるがいい」と捨て台詞を残し、仙水の遺体とともに消えていく。

 この台詞が、人気が続く限り延々とバトルを続ける当時のジャンプ漫画に対する批判であることは、まだ高校生だった筆者にもよくわかった。同時に正義が信じられなくなって人類を滅ぼそうとする仙水の姿は、永井豪が『デビルマン』で描いた善悪の反転そのものであり、その先を描こうとしたのが『幽白』の仙水編だったと言えるだろう。

 行き着くところまで行ってしまった『幽白』は、絵も物語も更に壊れていくのだが、その壊れ方があまりにも美しく禍々しいものだったため、逆に目が離せなかった。仙水編の後で描かれた魔界編は、中途半端な形で終わり、人間と妖怪の世界がつながることが暗示された後、物語は幕を閉じる。最後はおおらかで、やや拍子抜けだが、ここで世界を壊しきれなかった甘さも冨樫らしいと思う。

 魔界編から最終回に至る流れは何度も読み返しており、その度に、もしも完全な形で描かれていたらどうなっていたのだろうと想像するのだが、この壊れた姿こそ『幽白』の本質だったのだろうという考えに、いつも落ち着く。古典ではないが、当時の気分がパッケージングされた稀有な作品である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『幽☆遊☆白書』(ジャンプコミックス)19巻完結
著者:冨樫義博
出版社:集英社

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む