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『ブロー・ザ・マン・ダウン』が描く、穏やかな狂気の危うさ 女性共同監督の野心的意図を読む

リアルサウンド

20/5/20(水) 10:00

 蟄居(ちっきょ)生活が続くなか、劇場で新作映画を観ることのできない世界中の観客がネット配信を通じて映画を観ている。この3月下旬にAmazonプライム・ビデオで配信開始され、アメリカ本国で絶賛をもって迎えられている1本のスリラー作品『ブロー・ザ・マン・ダウン~女たちの協定~』について触れておきたい。

 スリラーというジャンルでは多くの場合、おそろしい殺人が描かれる。殺人にいたる経緯、犯人の動機、殺人から逃れたい被害者の恐怖ーー。そのいずれの要素を、『ブロー・ザ・マン・ダウン』は開始十数分で支度し終えてしまう。あとの1時間半近くをいったいどのように語るのだろうか。殺人が生起するサスペンスそのものではなく、すでに起こってしまった殺人が共同体に突きつける波紋の広がりに目を向けるという点で、本作は『ツイン・ピークス』型のストーリー手法の作品だと言っていいだろう。

 あっという間に果たされた殺人事件からにわかに広がっていく波紋の予想外の大きさに、犯人も、周囲の人々も、じっと眺めたまま目が離せなくなる。原題の『Blow the Man Down』は直訳すれば「その男をやっつけろ」となる。じっさい作品冒頭すぐ、売春宿に雇われたクズなポン引き男があっさり殺される。ひどく雑で出来の悪いサスペンス映画を予想させるが、そこがこの映画を作った2人の女性映画作家の鋭利な底意地の悪さだ。日本初紹介となる女性共同監督、ブリジット・サヴェージ・コール&ダニエル・クルーディは共に撮影クルー出身で、映画『ブラックスワン』や多くのTVドラマシリーズでカメラオペレータを務めながら、こつこつとシナリオを書き、短編の積み重ねで監督としての腕を磨いてきた。

 「その男をやっつけろ」の直訳どおり、漁村でクズな男が殺されて幕を開けるが、男自身その日の朝に、売春宿の金庫から大金を盗んだ娼婦を殺して金を横取りしたばかりだ。Blow the Man Downとはイギリスの漁師のあいだでむかしから歌い継がれた労働歌(シャンティ)で、突風で倒される漁船の帆のことを指すらしい。漁師たちが力仕事のおりに皆で声を揃えるシャンティのことだから、おそらく性的な比喩も込められているだろう。甲板で高らかに歌われるBlow the Man Downの歌詞が、入り江の奥深く、出漁の留守を預かる女性たちのもとでしずかに発酵し、異常さを誰も指摘しようとしない穏やかな狂気を、あたかもそれが漁村の善き伝統であるかのようにして温存させていく。そこの巾着を、フィレットナイフ(鮮魚をさばくための細長刃の包丁)で切り裂いて、おぞましい中身を晒していこう、というのがブリジット・サヴェージ・コール&ダニエル・クルーディ組の野心的意図である。

 アメリカ東部メイン州のイースター・コーヴという入り江が舞台。興味深いのは、漁村を舞台としておきながら、この作品では漁師たちがなんの役割も演じないことだ。彼らはたまに波止場に整列して、Blow the Man Downをはじめとするシャンティ(労働歌)をうるわしく歌い上げることしかしない。つまり、彼らはここには存在していないのだ。彼らは出漁して留守であって、重要な役を演じるのは、留守を預かる妻たち、娘たち、船乗り相手の娼婦たち、そして彼女らを取り締まりつつほとんど同類と化している保安官どもだ。村の娘たちを荒くれ者の船乗りたちから守るために、売春窟は必要悪となってきたらしい。水の底、雪の内、風下の軒に隠されたおぞましいものから目が離せない。目が離せなくなった私たち人間は共犯の一員となって、共同体をおだやかに形成したりする。

 入り江という地形は波のおだやかさゆえ、港に向いている。奥深くまで入り組み、複雑な地理、社会秩序が形成されていくだろう。幾重にも折り畳まれた秘密や不文律もまた…。ところが、ひとたび荒天に晒されたら、入り江は一変する。すぼめられ、入り組んだ地形ゆえ、高潮のエネルギーは何倍にもパワーアップされ、大災害を引き起こす。私たちはこの『ブロー・ザ・マン・ダウン』の冒頭近くでケチな殺人を目撃した。ところがそれがみるみるうちに、目深な巾着を破るフィレットナイフの役割を演じてしまうのだ。

 留守を預かる女性たちの自治が、スケープゴートに狙いを定め、鉄槌をくだす。鉄槌の矛先は、さっきのケチなポン引き男では不十分だ。その正統な矛先もまた、自治の担い手でなければならない。女性たちの中でもとりわけ毅然とした、そして不敵にも鏡のなかの自分を「悪魔のようだ」と形容してやまぬひとりの女性でなければならない。裁かれる魔女を演じるのはマーゴ・マーティンデイルという女優だ。クリント・イーストウッド監督の悲愴美をたたえた超傑作『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)で主人公のヒラリー・スワンクの酷薄な母親を演じた、あの顔を有する女優だと説明すれば、誰もが納得するだろう。マーゴ・マーティンデイルはここでも素晴らしい画面の収まり方で、破滅せる魔女を嬉々として演じる。いかがわしい酒場や売春窟の女将を演じた名女優たちーーエリア・カザン監督『エデンの東』(1955年)のジョー・ヴァン・フリート、そしてオーソン・ウェルズ監督『黒い罠』(1958年)のマルレーネ・ディートリッヒなどーーもかくやという、今回のマーゴ・マーティンデイルの名演であった。(荻野洋一)

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