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『真実』宮本信子×宮崎あおい×是枝裕和監督が語り合う、吹替版制作の裏側と初挑戦で感じたこと

リアルサウンド

19/10/21(月) 12:00

 カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュの初共演作『真実』が10月11日より公開中だ。『万引き家族』で日本映画21年ぶりの快挙となるカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した是枝監督最新作となる本作は、国民的大女優ファビエンヌが『真実』というタイトルの自伝本を発表したことから、次第に母と娘の間に隠された、愛憎渦巻く真実が炙り出されていく模様を描いた人間ドラマだ。

参考:是枝裕和監督の切実なる願いが結晶 『真実』は映画と人間の幸福な関係を描く

 今回リアルサウンド映画部では、本作の吹替版で、カトリーヌ・ドヌーヴ演じるファビエンヌの声を担当した宮本信子、ジュリエット・ビノシュ演じるリュミールの声を担当した宮崎あおい、そして監督を務めた是枝裕和の鼎談を行い、吹替版制作の背景から、キャスティングや役作りの裏側、さらにはフランスと日本との映画制作の違いについて、語り合ってもらった。

ーー今回の吹替版の制作は配給サイドからの提案だったそうですが、最初に話を聞いた時はどう思いましたか?

是枝裕和(以下、是枝):最初は、「吹替版か。あまり観る習慣はないぞ」と。だけど、自分が最初に書いた脚本がフランス語になって、また日本語になって戻ってくるプロセスがややレアケースなので、やってみようかなという気持ちになりました。

ーー確かになかなかないケースですよね。

是枝:オリジナルは、字幕も全部自分でやったんですけど、完璧には納得できていないんです(笑)。これはどうしようもないことなんだけど、文字数の問題で、微妙なニュアンスが消えていく感じがどうしてもあって。結果的に、宮本さんと宮崎さんがとてもハマって、その言葉の微妙なニュアンスが復活したので、今回は間違いなく吹替版を作ってよかったと思います。

ーーキャスティングは是枝監督のリクエストだったそうですね。なぜカトリーヌ・ドヌーヴが演じたファビエンヌの声を宮本信子さんに?

是枝:宮本さんと直接お話ししたのは、3年前の伊丹十三賞の授賞式の時が最初だったんですけど……説明するのは難しいですね(笑)。きっと、本人の肉声を直接聞いていないと、声優のキャスティングは判断しようがないと思う。でも、宮本さんはすぐに浮かびました。ドヌーヴさんにハマるというよりかは、宮本さんの凛とした声と、活舌の良さ、軽やかさやスピード感も含めて、宮本さんが引き受けてくれればいけると思って。ナレーションをされていた東海テレビのドキュメンタリーも観ていたので、チャンスはあるかもしれないと思って、お話しました。

宮本信子(以下、宮本):お話をいただいた時は驚きました。いつも海外の映画は俳優の声が聴きたいので字幕で観ますし、吹き替え声優はやったこともなかったですし。もちろん自信もなかったので、「やっていいものかしら……」と悩みました。でも、いま監督がおっしゃったように、3年前に伊丹十三賞を受賞していただいているご縁もあったので、「やらせていただきます」とお返事をさせていただきました。

ーー是枝監督の作品だったのも大きかったと。

宮本:そうですね。でも、完成している映画に私が声だけ入れたファビエンヌが、果たしてどういう風に着地するのかは、やってみないとわからなくて……。今回は「受けて立ちます、立たせてください!」という感じでした(笑)。

ーーリュミールの吹き替えを担当された宮崎あおいさんは、ジュリエット・ビノシュとは20歳以上年が離れていますが、このキャスティングはどのような理由で?

是枝:あおいちゃんは、少年からおばあちゃんの役までできる声の持ち主だから(笑)。声のお仕事も過去に一度させていただいていますし、『おおかみこどもの雨と雪』の声がすごく印象に残っていて、表現力が豊かだなと思っていたので、お声掛けしました。

宮崎あおい(以下、宮崎):私は、是枝さんの作品にこういう形で関われるのは、とても面白いというか、嬉しいなという気持ちが一番にあったので、すぐ「やりたいです」とお返事をさせていただきました。でも、吹替版の台本を見るのは初めてで、家で練習してみるんですけど、全然上手くいかなくて、「これはどうしたらいいんだろう……」と。「引き受けさせていただいたけど、大丈夫かな、私」という気持ちで、声撮りの日まで過ごしました。

ーー宮本さんと宮崎さんは『真実』という作品自体にはどのような印象を受けましたか?

宮本:未だに何が真実かどうかわからないですけど、すごく面白かったです。ある人が見たら真実だけど、また違う人から見たら真実ではなくなってくる。真実はひとつではないということ、いろんな真実の見方があって、それがものすごく面白いと私は思いました。

宮崎:私は、同性同士のお芝居のやり取りを見るのが、いますごく好きなんです。だから、ドヌーヴさんとビノシュさんのお芝居の掛け合いを見ているだけで、幸福感がありました。また、今回自分が吹き替えをやらせていただくにあたり、何回も作品を観れたことによって、お二人のちょっとした表情の変化にも気づけました。それと、男性たちの立ち位置、自由奔放な女性とはまた違う存在としての男性の描き方も、私はとても好きでした。人間関係のバランスがとても面白かったです。

ーー是枝監督はお二人の吹き替えに関して何か指示はされたんですか?

是枝:あまり本人たちにはめすぎなくて大丈夫ですという話だけしました。自分を消しすぎないようにと。宮本さん、台本にすごい線や書き込みがありましたね。

宮本:ふふふ(笑)。どの仕事でもそういう風にしているんですけど、今回一番困ったのは、収録までに準備する時間があまりなかったことですね。でも、私なりに一生懸命やらせていただきました。

ーー宮崎さんはどのように役作りを?

宮崎:それこそ是枝さんとお会いした時に、「はめてやらなくていい」とおっしゃっていたので、もっと、自由にやっていいんだというのは、声を録る前日に意識を変えた部分でした。

ーー直前に変えたと。

宮崎:やっぱり、ビノシュさんがどういう表情でどう話しているのか、この表情をする時にはこういう喋り方をするんじゃないかというイメージを湧かせるくらいしか準備ができなかったので……。でも、それをしすぎてしまうと、感情ではちょっと違う部分が多くなってしまう。なので、もうちょっと真っ白な気持ちで挑もうと切り替えました。それまでは、とにかく何回も何回も観て、どんな表情でセリフを言っているか、少しでも心と頭にビノシュさんの表情を置いておこうと思って、繰り返し観る日々だったので。

ーー宮本さんも宮崎さんも過去にアニメーション映画の声優を務められていましたが、やはり実写の吹き替えは違うものですか?

宮本:私がやらせていただいた『かぐや姫の物語』の場合は、プレスコといって、先に声を収録して、それに合わせて絵を作っていく方法だったので、ストレスがありませんでした。出来上がった絵に対しても、「もうちょっとこうじゃないかしら?」と意見を言わせていただくと、高畑(勲)監督も考えてくださって、実際に顔も変わったりしたものです。そういう意味では、今回は真逆ですよね。私が芝居をするわけではなく、既に完成された芝居に声だけ吹き込むわけですから。

一同:(笑)

宮本:責任もありますし、難しかったですね。だからこそもう、本当に必死になって作品を観ました。あおいちゃんもそうだと思うんですけど、とにかく観て、どの場面でも声がパッと出てくるようにしました。私もフランス語を喋っているような(笑)。長年俳優をやってきましたが、初めて感じる難しさでした。

是枝:ファビエンヌは言葉の数が多いですし、しかもドヌーヴさんが早口なんですよ。

宮本:そう! そうなのよ(笑)。

是枝:だから本当に大変だったと思います。フランス人の方に聞くと、ドヌーヴさんのリズムは独特で、短い時間の中でたくさん喋れるというのが特徴らしいんです。宮本さんには大変な仕事をお願いしました(笑)。

宮本:勉強になりましたよ(笑)。日本語の早口で言うと、そこでまた一つ性格の色がついちゃうみたいな。だから、音に追っかけられているような感覚で、本当に難しかったです。なかなか面白い経験というか、勉強させていただきました(笑)。

ーー宮崎さんはいかがでしたか?

宮崎:私が過去に参加させていただいたアニメーション映画は、もう絵ができているものだったので、また違う経験になるのかなと思うんですけど、今回は、映っているのは人間なので、同じタイミングで呼吸をしているわけなんですよね。アニメーションの場合は、どうしてもギュッとしてる瞬間が多くて、出しにくい声があったりするんですけど、今回はあまりなかったので、呼吸を合わせる感じで楽しくできました。アニメーションと吹き替えを比べると、こんな違いがあるんだというのは、今回初めて実感したことですし、宮本さんがおっしゃっていたように、完成した作品に、自分がこのような形で参加させていただくことの責任感はすごく感じました。

是枝:僕としては、今回お二人の収録に立ち会っていないので、もちろん不安もあったんです。キャスティングは自分で選ばせていただいたわけですが、アンサンブルでどう聞こえるかは、やっぱり仕上がったものを観てみないとわからないわけです。結果的に、皆さんの声の響きの違いがすごく調和して聞こえてきたので、とてもよかったです。

ーー同じ女優として、カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュの演技に対して、「自分だったらこうする」みたいなことを考えたりはしましたか?

宮本:それはもちろんあります。それがなかったら女優はやっていないと思います。今回に関しては“声”だけなので、どう表現したらいいのかはものすごく考えました。

是枝:宮本さんとの最初の打ち合わせの時に、ファビエンヌの新聞記者に対しての物言いのシーンで、ドヌーヴさんがややフラットにやっているのを、宮本さんは「もう少し抑揚をつけてもいいかしら」とおっしゃって。それは、ぜひそうしてくださいとお願いしたんですよね。

宮本:そうですね。「大丈夫です、やってください」とおっしゃっていただけたので、その一言で「もう少し自由にやらせていただいていいのかしら」と思ったんです。もし、「いや、そうじゃないです。フラットにやってください」と言われたら、また違うかたちになっていたと思うので、そう言っていただけて嬉しかったです。

ーー宮崎さんは何か監督に確認されたことはあったりしたんですか?

宮崎:最初に「なぞらなくていいです」とおっしゃっていただけたので、あまり伺うことはなく、とにかく何度も観て勉強しようと思いました。

是枝:すいません、丸投げで(笑)。

宮崎:いえいえ(笑)。

ーー是枝監督は今回初めてフランスで映画を撮って、日本で撮るのとどのような違いを感じましたか?

是枝:まず、時間の使い方が全然違いますよね。日本だと、良くも悪くも、お祓いして始まって、寝食をともにする時間が1カ月ぐらいあって、文化祭みたいなものだけど、フランスは1日8時間しか働けない。毎日だいたい夕飯前には撮影が終わるので、非日常的なシーンも日常的な中で全部撮っていく。週休2日で最後までやっていく感じだから、それが一番大きな違いだと思いました。日本もフランスもそれぞれの良さがありますけどね。

ーー具体的にどのあたりが?

是枝:日本は、良くも悪くも一体感みたいなものがある。楽しい雰囲気でチームが出来上がっていくのは、僕も嫌いじゃないです。ただ、食えない、寝られない、みたいな状況の中で作っていくのは、もう限界がきていると思います。8時間労働のフランスでは、現場にシングルマザーの人もたくさんいて、撮影が終わったあとに、ちゃんと家に帰って子供と一緒に御飯を食べられる環境があるんですよ。今の日本のやり方だと、現場を離れざるを得なくなってしまう。女性への負担がものすごく大きいんですよね。それは日本社会特有のもので、映画の現場では特に温存されてしまっているから、そこは変えていかないといけないと思っています。

ーー以前、インタビューで「日本映画は国内だけではなく、もっと海外に目を向けるべき」という発言をされていましたが、是枝監督は後進のために自ら道を切り開いていっているようにも感じるのですが……。

是枝:いや、そんな使命感はないですよ(笑)。自分本位だから。

宮本・宮崎:(笑)。

是枝:映画を撮り始めてもう20年以上になりますが、ワクワクはするけど、ハラハラはしなくなるものなんです。ただ今回は、目の前にカトリーヌ・ドヌーヴという大女優がいたから、ハラハラしっぱなしで、すごく刺激的な現場でした。

宮本:ははは(笑)。

是枝:それはいい結果で、そういうためにやっているんです。もちろん、日本の映画界は特殊で、本当に閉じているから、「もったいないな」とは思います。海外で撮れというよりは、海外の映画祭に行くだけで、「自分がやってることって、こんな風に外と繋がってるんだ」と、違う風景が見られる経験になるから、それだけでもいい。なので、みんなに「映画祭に行った方がいいよ」とはよく言ってます。海外の映画学校で講師をさせていただくこともあるんですけど、映画学校にいる学生の中に、中国人や韓国人、東南アジア系の学生はたくさんいるんだけど、日本人がほとんどいない。言葉の問題もあるけれど、もうちょっと意欲的になってもいいんじゃないかなとは思っています。

ーー宮本さんと宮崎さんはフランスでの撮影について、何か是枝監督に聞いてみたいことはありますか?

宮崎:こういう取材の場で今のようなお話を聞かせていただいてるので、それが毎回毎回すごく興味深くて……。8時間労働やシングルマザーの方でも映画の現場で働ける環境というのは、やはり日本だとすぐにそうなるのは難しいですが、システムの違いを考えるいいきっかけになっています。

是枝:一番すごいのは、映画や演劇や音楽など、アートに関わっている人たちは、働いていないときにも保証が出るんです。

宮崎:えっ、そうなんですか? 何時間働いたらってことですか?

是枝:年間507時間以上働くと、その間に働いていたポジションの一定の割合のギャランティーが、残りの仕事のない期間ももらえるシステムがあって。

宮崎:そのシステムはいいですね。

是枝:日本の映画は、例えば僕の映画に関わった制作部のスタッフって、終わったらもうすぐに次の現場に入ったりしますから。

宮本・宮崎:そうですよね。

ーー宮本さんは是枝さんに聞いてみたいことはありますか?

宮本:いっぱいあるんですけど、こういうところでは言いません(笑)。

一同:ははは(笑)。

宮本:またこっそりね(笑)。

是枝:アドレス交換したので、今後メールで送ってください(笑)。

一同:(笑)。

(取材・文=宮川翔/写真=服部健太郎/スタイリスト(宮本信子)=石田純子(オフィス・ドゥーエ)/衣装協力(宮本信子)=クチーナ(ルッカ)/ヘアメイク(宮本信子)=奥川哲也(dynamic)/スタイリスト(宮崎あおい)=藤井牧子/衣装協力(宮崎あおい)=サポートサーフェス/ヘアメイク(宮崎あおい)=スズキミナコ)

※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記。

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