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自分の生き方をまっとうするのに許可なんていらない。ミュージカル『ジェイミー』ゲネプロレポート Part1

ぴあ

ジェイミー:森崎ウィン

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ミュージカル『ジェイミー』が開幕した。本作は、イギリスBBCで放送されたドキュメンタリーをベースにつくられた英国発のミュージカル。ドラァグクイーンに憧れる高校生・ジェイミーの夢に向かって突き進む姿が、多くの観客に爽快な感動をもたらし、2017年の初演以来、今なおロングラン上演が続いている。

そんな大ヒット作品がついに日本に初上陸。ジェイミー役に森崎ウィン、髙橋颯(WATWING)の2人を迎え、フレッシュな若手キャストに、安蘭けい、石川 禅ら実力あるベテラン勢が華やかに作品世界を彩っている。

今回は、ジェイミー:森崎ウィン、プリティ:田村芽実、ディーン:佐藤流司によるゲネプロをレポートする。

ポップミュージックが奏でる、ジェイミーの夢への大冒険

左から:森崎ウィン 保坂知寿 安蘭けい 樋口麻美

自分らしく生きたい。誰に口出しをされることもなく、誰に嘲笑われることもなく、自分の好きだと思ったものを愛し、自分の信じた道を貫き、自分の夢を叶えたい。そんな当たり前のことが、私たちの生きる世界では、とても難しい。カビの生えた社会規範に、嫉妬まじりの世間の目。いろんなものが手足を縛り、私たちを生きにくくさせている。

だからだろう。こんなにもジェイミーを応援したくなるのは。時につまずき、涙を流しながらも、とびきりキュートな笑顔で立ち上がるジェイミーの姿に心が揺り動かされるのは。

ジェイミーが暮らすシェフィールドは、労働者たちの街だ。人々を支配する保守的な価値観。職業適性テストで決められる自分の将来。まぶしい夢を見る子どもたちを、教師のミス・ヘッジ(樋口麻美)は「現実を見なさい」とたしなめ、同級生のディーンはジェイミーを「ホモ野郎」と蔑む。

左から:小西詠斗 太田将熙 佐藤流司 川原一馬 MAOTO
左から:安蘭けい 保坂知寿

狭苦しい灰色の檻の中で、ジェイミーは言う、「自分の生き方をまっとうするのに許可なんていらない」と。お仕着せのタキシードじゃ私じゃない。もっと自分らしい服装でプロムに出たい。16歳のジェイミーの胸に宿ったその夢から物語は一気に動き出す。

そんなジェイミーの冒険をきらびやかに飾るのが、音楽だ。ポップスを主体としたキャッチーなメロディが、あなたも一緒に踊ろうよと観客の手を引く。高揚感たっぷりの「誰も知らない」に乗せて繰り出される高校生たちの軽快なステップ。椅子代わりのボックスを使ったムーブに、笑い声まで聴こえてきそうな賑やかなダンスは、まるで手づくりのカーニバルだ。

ドレスを着てプロムに出ることを決めたジェイミーに向けてプリティが歌う「スポットライト」も、静かに心を奮い立たせる力強いミディアムナンバー。田村の透明感ある歌声に、軽やかなクラップが溶け込み、まるでジェイミーへのエールのように劇場に響き渡る。

ジェイミーの母・マーガレット(安蘭けい)が歌う「我が子」も、母の愛と願いに溢れた極上のバラードだ。オーセンティックなメロディラインに、安蘭けいの力強く伸びやかなヴォーカルが映える。物語的にも、ジェイミーと母にとって大きなターニングポイントとなる大事な場面。悲しみを振り払うような安蘭の歌声に胸を締めつけられることだろう。

森崎ウィンが体現する、ジェイミーの強さと脆さ

ジェイミー:森崎ウィン

こうした楽曲の良さもさることながら、何より観客を沸かせるのは、キャスト陣の好演だ。ジェイミー役の森崎はいつもより少し高めのトーンで、ジェイミーの愛らしさを演出。森崎自身が内包している太陽のような明るさと月のような翳りが、ジェイミーのキャラクターにうまくマッチしている。マーガレットやプリティの前で見せるパワフルな一面と、ある出来事を境にさらけ出されるジェイミーの脆さの両方を、豊かな感情表現で印象づけてくれた。

森崎の小さな顔と長い脚が、ドラァグクイーンに憧れる役どころにぴったり。真っ赤なハイヒールがその脚線美をより際立てている。注目は、ハイヒールを履いた状態で踏むステップの足さばきと腰使い、しなやかな腕のライン。愛すべき新たな主人公が、ここに誕生した。

そしてディーン役の佐藤は憎まれ役ながら、終盤でのジェイミーとの関係性につい頬が綻んでしまう。劇中でディーンのバックボーンが詳しく語られることはないが、その屈折した内面をつい観客が想像したくなるのは、佐藤が演じているからこそ。また、厳格な態度でジェイミーを突き放すミス・ヘッジだが、注目してほしいのは彼女の足元。そこに教師としてではない人間としての彼女のキャラクターが見えたとき、思わずいとしさがこみ上げてくる。

ジェイミー:森崎ウィン ディーン:佐藤流司

近年、「多様性と調和」が社会のテーマとなっている。誰も差別しない。誰も排除しない。平等で公平な社会を築いていこう。そう号令をかけるのは、今この社会がまださまざまなアンフェアに満ちているからだ。

そんな偏見と迫害が根強く残るこの社会の一員として、本作で特に響いた台詞がある。詳述は避けるが、ある場面で女子生徒たちがお互いのドレスについて「私だったら着ないけど、あなたには似合っている」というようことを話すのだ。

きっと、こういうことでいいんじゃないんだろうか。人は、それぞれ違う。性別とか、人種とか、宗教といった大きなことから、好きな色も、お気に入りのバンドも、よく行くショップも、みんな違う。「他の人とは違う」と悩むことや、それを謗ること自体、そもそも奇妙な話なのかもしれない。だって、みんな違うのだから。この世に同じ人なんていない。だから、それを恥じることも、疎むこともない。

同じになんてなる必要はない。ただ、尊重すること。私だったら着ないけど、あなたには似合っている。そうやって認め、称えるだけで、たぶん世界はもっと生きやすくなる。

もし自分の常識やルールにないものに出くわして、それが自分の見てきた世界や信じてきた正しさを揺るがすもののように思えて、つい攻撃したくなってしまう人がいたら、どうかこんなふうに思ってほしい。それは決してあなたを脅かすものではないのだ、と。理解はできなくてもいいから、受容する。それだけで、きっとあなた自身も楽になる。

色とりどりのドレスを眺めながら、そんなことを改めて思い直した。

ミュージカル『ジェイミー』は、8月29(日) まで東京建物Brillia HALLにて上演。その後、大阪公演は9月4日(土) から9月12日(日) まで新歌舞伎座にて、愛知公演は9月25日(土) から9月26日(日) まで愛知県芸術劇場 大ホールにて上演される。

撮影/田中亜紀 取材・文/横川良明

ミュージカル『ジェイミー』チケット購入はこちら https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2170554

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