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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

リモート稽古で開幕に漕ぎつけた 劇団四季『オペラ座の怪人』

毎月連載

第30回

劇団四季『オペラ座の怪人』撮影:阿部章仁

約3年半、改築のため休館していたJR東日本四季劇場[秋](東京・竹芝)が装いも新たに再オープンした。旧劇場は劇場機能のみを優先させたテンポラリーな建物という印象が強かったけれど、新劇場は商業施設を含む総合ビルの主要部分を占めるだけに、アプローチからして本格的劇場の雰囲気を感じさせる。観劇の気分が弥が上にも高まろうというものだ。客席数も約907席から約1200席に増えた。舞台機構面でも新機軸の技術がとり入れられていることを期待したい。

こけら落としを飾る出し物は『オペラ座の怪人』(10月24日初日)である。来年には併設される四季劇場[春](改装後、こっちのキャパも約1200席から約1500席に増える)がオープンし、目玉の演目としてディズニー・ミュージカル最新作『アナと雪の女王』(2021年6月開幕)がすでに予定されているから、それとの対比の上で過去のレパートリーからもっとも豪華絢爛で興行的にも手堅い作品を選ぶとなれば、確かに『オペラ座の怪人』を措いてほかにない。

劇団四季『オペラ座の怪人』撮影:阿部章仁

私も10月23日のプレヴュー公演で久しぶりにこの〝鉄板〟ミュージカルを見て、アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の胸ときめくナンバー、ハロルド・プリンスの手練手管たっぷりの演出を十二分にエンジョイした。そうだ、演出とともに目を楽しませてくれるということではマリア・ビョルンソンの衣裳・舞台装置を忘れてはならない。パリ・オペラ座ガルニエ宮の劇場内部、地下室を見事再現した彼女の才腕に改めて度肝を抜かれた。

ここで『オペラ座の怪人』についてもういちど大まかに復習しておこう。原作はフランスの伝奇小説の名手ガストン・ルルー(「黄色い部屋の謎」他、1868~1927)の手になる。パリ・オペラ座を舞台に地下の住人ファントム、新進歌手クリスティーヌ、彼女の幼なじみシャニュイ子爵の綾なす壮大な恋の物語が描き出される。「Think of Me」「Angel of Music」「The Phantom of the Opera」「The Music of the Night」「All I Ask of You」などいちど聴いたら忘れられないビッグ・ミュージカル・ナンバーがぎっしり詰め込まれている。ロイド=ウェバー畢生の超傑作である。また劇中オペラが3作も登場する超力作でもある。ウエストエンド、ブロードウェイでクリスティーヌを演じたサラ・ブライトマンが所謂ミューズ役を果たし、ロイド=ウェバーにこの一大ミュージカルを書かせたといわれる。

劇団四季『オペラ座の怪人』撮影:阿部章仁

ウエストエンド開幕が1986年10月9日、続くブロードウェイ開幕が88年1月26日、以来、ことし3月まで途切れることなく日々公演が続けられていたが、現在はコロナ伝播の影響で休演の已むなきに至っている。両公演ともそれぞれの地域でのミュージカル公演ベスト・ロングラン記録を誇っていただけに、公演中絶は残念というほかない。ちなみにその記録的な数字はウエストエンド1万3900回以上(※)、ブロードウェイ1万3370回というすばらしいものである。まだいくらでも伸ばせただろうに。来年以降の再開を心待ちにしたい(※ロイド=ウェバーのオフィスに問合せしたところ、正確な数字を把握していないとのことでした)。

ところで劇団四季による『オペラ座の怪人』日本公演である。初公演初日は1988年4月29日、於日生劇場。9月20日まで約5ヶ月の長期にわたって上演された。歌舞伎座、東京宝塚劇場など商業劇場での興行でさえ精々一ヶ月単位でおこなわれていた時代である。演劇史上いかに画期的な出来事であったか改めて再確認しておきたい。もうひとつブロードウェイと同じ年、わずか3ヶ月後の上演だったことも記憶にとどめておくべきだろう。以来、日本全国での公演回数は7195回に達する。ブロードウェイ、ウエストエンドにおけるような一都市一劇場での続演記録とは異るが、立派な数字である。

劇団四季『オペラ座の怪人』撮影:阿部章仁

『オペラ座の怪人』は世界中どこで上演されても、ロンドン初演のオリジナル・プロダクションをリプロダクション化したものである。異るのは科白、歌詞の言語だけ。あとはもとの舞台をそっくりそのまま踏襲するスタイルで上演される。演出・振付・美術・照明・音楽・オーケストレーションすべての面においてこの方針が貫き通されている。脚本・楽曲を生かすにはこれ以上の方法はないというオリジナル・プロデューサー(ロイド=ウェバー、キャメロン・マッキントッシュ)の強烈な自負が、透けて見える。

劇団四季『オペラ座の怪人』撮影:阿部章仁

当然ながらリプロダクションに当たっては只ではない。各部門にわたり、それ相当の使用料が発生する。基本的な脚本・歌詞・音楽にプラスして演出ほか各部門の使用料が請求され、入場料からさっ引かれる。観客にとっては、たとえば演出や美術を楽しむのも料金のうちだ。たっぷり楽しまないと損をする。

86年、日本初演のときは演出のハロルド・プリンス、振付のジリアン・リン、美術のマリア・ビョルンソンらオリジナル・クリエイティブ・スタッフが大挙してやってきて、彼等の陣頭指揮のもと万全の稽古がおこなわれた。それ以降も節目々々に海外スタッフが来日し、リフレッシュにこれ努めてくれた。とくに今回の公演は新劇場のこけら落としということもあり、海外スタッフの精鋭を迎えての稽古が予定されていたが、運悪くコロナ伝播とぶつかりスタッフの来日は不可能になってしまった。代わりにおこなわれたのがオンラインによるリモート稽古である。

ロンドンから画面を通じ振付をチェックしたアソシエート・コレオグラファー、パトリシア・メリンは、リモート稽古をこんなふうにおこなった。パンフレットに掲載されたメーキング・レポート(文・劇団四季編集部)から引用する。

オペラ座の大階段で行われる仮面舞踏会「マスカレード」のナンバー。大人数が参加するため、ひとりの動きを追うだけでも一苦労だ。まずはゆっくりカウントしながらそれぞれの動線を確認する。「〝誰が誰か〟の歌詞の部分はもっとシャープな表情で」と、体の動きだけでなく表情までもチェック。「ここのアラベスクは、蹴り上げてキックにならないように」「ここは〝星々よ〟という名前の振り。胸を開いて空を仰ぐように」とやはり実演を交えながら、修正を重ねる。

リモート稽古には時差という大きな壁が立ちはだかる。隔靴掻痒(かっかそうよう)。なにかにつけまどろっこしさがつきまとう。関係者の苦労に改めて思いを致せずにいられない。

お蔭でウエストエンド、ブロードウェイで休演となった『オペラ座の怪人』が東京で見られるというわけです。

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。

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