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マインドフルネスの次はコンパッション? アメリカで仏教の影響が強まるワケ

リアルサウンド

20/4/29(水) 12:00

 世界中にマインドフルネスの概念と技法を広めたチャディー・メン・タン『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』(英治出版)。その著者が太鼓判を押す、やはり禅の教えとプラクティスを神経科学、心理学的に裏付けながら書かれたジョアン・ハリファックス『Compassion(コンパッション) 状況にのみこまれず、本当に必要な変容を導く、「共にいる」力』(英治出版)が翻訳刊行された。

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 タイトルになっている「コンパッション」とは、一般的には慈悲深さ、思いやりという意味の言葉だが、本書では「共にいる力」というニュアンスを込めている。実は『サーチ・インサイド・ユアセルフ』にも「思いやり」(コンパッション)について書かれた章があり、マインドフルネスだけでなくコンパッションも必要だ、というのが『サーチ・インサイド・ユアセルフ』と『コンパッション』の共通した主張になっている。

 そして『コンパッション』はマインドフルネスとはまた別のアメリカ仏教の特徴を表している本でもある。

■アメリカでの仏教の広がり

 シリコンバレー生まれの仏教研究者で浄土真宗の僧侶でもあるケネス・タナカが2016年に刊行した『多様化する現代社会と浄土真宗』によれば、アメリカでは約350万人が仏教徒であり、全人口の約1.2%を占めるアメリカ第3の勢力を誇る宗教であり、遠からず現在は第2位のユダヤ教(2%)を抜くだろう、と書かれている。

 もちろん第1位はキリスト教で75%を占めている。ところが「キリスト教徒やユダヤ教徒だが、瞑想法をはじめとする仏教の行・プラクティスを採り入れている」という人間も少なくない。「ナイトスタンドブッディスト」と呼ばれる、寝室で夜寝る前に仏教の本を読み、朝起きて瞑想するが特に仏教徒だとは自認していない層が約200万人いると推測されているからだ。さらにこれに加えて『TIME』誌は2500万人が「仏教に強く影響を受けている」という調査を発表したことがある。合わせると7~8%にも及ぶ人が仏教になんらかの影響を受けている。しかし、なぜそれほどまでに受け入れられているのか?

■マインドフルネスブームの背景

 ケネス・タナカの『アメリカ仏教』によれば、アメリカ仏教にはいくつか特徴がある。

1.実践的なメディテーション重視によってスピリチュアリティの高まりを求める声に応える

 たとえば教義よりも座禅や呼吸法のような実践的な行・プラクティス、メディテーション(瞑想)の重視。

 これと他の宗教を排除しないというスタンス――『サーチ・インサイド・ユアセルフ』を読めばわかるが、キリスト教徒やユダヤ教徒でありながら禅の修行を積んだ人たちが当たり前のように登場する――があいまって、信仰に篤い人たちを中心とするスピリチュアリティ(個々人の聖なる体験)の高まりを求める需要に合致した。

 キリスト教などの西欧の既成宗教は、近代以降にそれ以前まではあった行・プラクティス的な要素を削ぎ落とし、理屈で理解できる教義を重んじる方向にシフトしてきたため、その部分を積極的に提供してくれる仏教がフィットした。

2.神経科学や心理学の重視によってエビデンス重視の人たちを捉える

 信仰に篤い人たち以外の、一応キリスト教徒とは言っているものの世界の創造主の存在やキリストの復活といったことは信じられないといった感覚の人たちには、「神経科学や心理学の重視」というアメリカ仏教の特徴が効果的に作用した。

 『サーチ・インサイド・ユアセルフ』でも『コンパッション』でも、禅の教えやプラクティスがいかに神経科学や心理学的に裏付けられているか、ということが綴られていく。

 大乗仏教の経典には釈迦がビームを発射するような描写があったり、浄土真宗では阿弥陀如来による死後の救済が信じられていたりする。そういう物語は信じないという人であっても「この瞑想法は科学に裏付けられている」と言うことによって、リラックス効果を得る手段、集中する技法として仏教由来のプラクティスを取り入れやすくなっている。

 マインドフルネスはこの1と2、メディテーション重視と科学の重視のおかげで広まったと言っていい。

 余談ながら「こんまり」こと近藤麻理恵を迎えて制作されたNetflixの番組の成功の秘訣をプロデューサーは「スピリチュアリティ」にある、と言い、こんまりの著作はアメリカのAmazonでは「仏教」カテゴリにも入れられている(辰巳JUNK『アメリカン・セレブリティーズ』参照)。こんまりが仏教的かどうかはともかく、「ときめくかときめかないかで要不要を判断し、捨てるものに対しても感謝の気持ちを捧げてから捨てる」といった宗教的な教義なきプラクティス、内面的な体験性の重視という意味では多少は通じるものがあるのだろう。

 話を戻すが、ただしコンパッション(慈悲/思いやり/共にある力)を説く理由は、1..メディテーション重視と2.エビデンス重視だけでは説明できない。

■コンパッションと社会参加仏教(エンゲイジド・ブッディズム)

3.社会参加仏教(エンゲイジド・ブッディズム)

 アメリカ仏教には社会参加に積極的である、という特徴もある。

 『コンパッション』では、世界的に著名なベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンの言葉が何度も引かれている。ティク・ナット・ハンはベトナム戦争に対する反戦活動で著名になった、エンゲイジド・ブッディズム――この言葉はフランスの哲学者で作家のジャン・ポール・サルトルが提唱したアンガージュマン(政治参加、コミットメント)概念が1960年代のベトナムで広まっていたことに由来するという――の実践者である。

 アメリカでは地域コミュニティの重要なポジションにキリスト教組織の幹部が就くことも少なくない。アメリカでは社会に溶け込み、積極的に貢献することで宗教の価値が認められるという側面がある。ベトナム反戦運動に参加していた世代が重鎮に多いというアメリカ仏教も、こうした社会参加的な傾向が強い。『コンパッション』の著者ハリファックスもまた、そこに惹かれて仏教の道に進んだひとりだ。

私たちは世界を変えたかった。そしてその志を失ったり、その中に耽溺したりしてしまうことなく、改革を実現する道を見つけたかったのです。社会的政治的対立の時勢のなかで、私は仏教に関する書物を読み始め、独学で瞑想をするようになりました。六〇年代半ばに、ベトナムの若き禅師、ティク・ナット・ハンに出会い、彼を通して、仏教に魅了されていきました。仏教は、個々人や社会の苦しみの原因に、直に働きかけ、その教えの核として、苦悩を変容させることが、解放と健全な世界への道となる、と説かれていたからです。

 『コンパッション』で書かれるのは、では、どのように振る舞えば「共感疲労」(他の人の痛みや苦しみを、自分のことのように感じてしまう苦痛)や「燃え尽き」(職務との不健全な関係による疲弊と意欲喪失)を避けて利他的に他者に接することができるのか、ということだ。

■アメリカ仏教の現代性

 「マインドフルネスとコンパッションは両翼である」という本書の主張は、メディテーション重視と社会参加重視というアメリカ仏教の両面を表現したものだと言いかえられる。そして両者はともに、エビデンスによって科学的に実践の価値、効果を裏付けようという志向に支えられている。

 さらにアメリカ仏教の特徴として、アジア圏では根強い「出家者を在家者より上に見る」「男性の僧侶を女性の僧侶より上に見る」といった傾向がなく、在家中心主義であり男女平等であり、かつLGBTQを排除しない、といったこともある。いずれも時流に合った特徴であり、影響力が増しているのも納得のいく話だ。

 2010年代以降、VUCA(Volatility=変動性・不安定さ、Uncertainty=不確実性・不確定さ、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性・不明確さ)の時代だとよく言われるようになり、コロナ禍によって大きな変化を強いられている今、この世のものに変化しないものはないと説き、執着を捨てて苦しみから解放されることを説いてきた仏教は、精神を落ち着かせる行・プラクティスとともに、今後ますます強い影響を持つだろう。

 教養としてもメソッドとしても、マインドフルネスとコンパッションについて今知っておくべき時が来ている。(飯田一史)

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