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遠山正道×鈴木芳雄「今日もアートの話をしよう」

どうなる?アフター(ウィズ)コロナのアート界(前編)

月2回連載

第41回

20/6/5(金)

厄災によって見えてきたこと

鈴木 東京でも緊急事態宣言が解除された段階で、美術館、博物館、ギャラリーなども徐々に再開してきました。通常開館するところもあれば、日時指定予約制のところなど、対応の仕方はそれぞれ。今回は、新型コロナウィルスによって、どうアート界は変わったのか、そして変わっていくのかを話をしていきたいと思います。特に遠山さんはArtstickerというプラットフォームも運営され、この連載で紹介したように、いち早くコロナによって作品を展示できなくなった美大などの卒業生の卒業制作を紹介したり、オンライン写真展「STAY HOME展」を開催してきました。

遠山 このコロナによって、アート界のあり方というのは、大きく変わったし、今後も変わっていくと思います。今後のアート界もそうですが、我々としても、どうアフターコロナ、そしてウィズコロナのアート界と向き合っていくのか。課題もまだまだありますが、私たちもいろんなことを考えていますので、そういったこともお話ししたいと思います。でもこれまでも、戦争や疫病など、さまざまな問題が降りかかり、我々はそれを乗り越えてきましたよね。

鈴木 そうですね。20世紀以降の高度資本主義社会の成立までには、戦争や疫病との戦いがありました。そしてそれを人々は克服してきたと思っていたんですよね。でも今回この新型コロナウィルスが蔓延したことで、それを思い出さなければならなかった。

遠山 そしてコロナによって私たちの生活だって大きく変わり、生活自体、仕事自体のあり方も考え直さなければいけなくなったし、変えていかなければいけなくなった。

鈴木 昔に比べたら、ものすごくいろんなことが便利になりましたよね。例えば思い立ったら地球の中だったらたいていのところにはすぐに行けてしまう。だけどいま、我々はその移動すら簡単にできなくなってしまったわけです。

遠山 それに海外で商品を作っていたところは大打撃ですよね。いままで当たり前に商品が自国に入ってきていたのに、輸送手段が断たれてしまった。

鈴木 そうなんですよ。移動できるということは、産業的にも興行的にもコストが下がるということ。これまでは人件費が安いところで効率よくモノを作り、自国へ簡単に運んでくるというやり方に万能感があった。でもそういうことも否定され打ち砕かれ、もう一回考えなければいけなくなりました。

遠山 確かに余剰生産するとそのための倉庫も必要だし、ものが売れるまで誰が原材料費を負担しておくのか、ということがあるから、ちょうどいい量を作るという叡智がありましたよね。これぐらい作っておけば問題ないという量が予測でき、それで社会は回っていた。でもそれがちょっとしたことで簡単に崩れるということが露呈してしまいました。

鈴木 そう、作りすぎないことによる豊かさを享受してきたのに、簡単にパンクして崩れてしまうことが実証されてしまった。トイレットペーパーやマスクの品不足、買い占めがその典型例。オイル・ショックはなんの教訓にもなっていなかった。我々は我々の社会をもう一回点検して、再整備しなければいけないところにきてしまったな、というふうに思っています。

アートは少数多品種

遠山 そしてアートのあり方にもそれが関わってくるということですね。

鈴木 はい、産業革命以降の機械化、安価で均質でクオリティの高い商品を安定供給するという世の中、我々はそういう現代的生活を享受していたわけです。それはそれでありがたいことなんだけど、ある意味アートってその対極だと思うんです。

遠山 確かに。作家の数だけ作品はあるけど、基本的には大量生産じゃないし、安価で均質ではないですよね。

鈴木 それに流行というよりは作家や買い手側の個性に委ねられてるでしょ? 人によって作るものも違えば、欲しいものも違う。アートって極端な少数多品種。

遠山 安価で大量生産の流れとは真逆ですよね。高くても私はこれが好きとか、これを買いたいとか、これじゃないとダメとか、アートってそういうものだった。

鈴木 それにアートというのはもっと昔からあって、ある意味変わらないでずっとあり続けているもの。誰かが良いと思って作ったものを誰かが共感して手に入れたり、美術館に飾ってみんなが見たりというスタイルは昔から何も変わっていないんですよね。ある意味古臭いのかもしれませんが、それはものづくりの本質。美術館やギャラリー、作家のあり方、売買の方法というのは著しく変わっても、根本的には変わらない。だから僕はそういったことももっとこれから考えていかなければいけないと思っているんです。

遠山 でも芳雄さんが言うように、アートの基本は変わらないけど、アートをうまく商売に持っていった作家というのも多いですよね。

鈴木 そうですね。高度資本主義社会を背景にして、アートをなんとか普通の産業ぐらい大きくしようとしているのが、例えば作家だったらジェフ・クーンズとかダミアン・ハーストとか、ギャラリーだったらガゴシアン・ギャラリーとかペース・ギャラリーとか。彼らは産業やラグジュアリー・ブランド、富裕層を巻き込んで、アートを巨大ビジネスにした。それが彼らの手法だったわけです。

遠山 確かにアートをものすごく大きなビジネスに転換させましたよね。そしてアートを手の届きやすいものにした。もちろん作品は簡単に買えませんが、ポスターや版画、それにラグジュアリー・ブランドとのコラボレーションによって、一般人でも買えるようになった。

アート界の現状とは?

遠山 でもそういったアートの巨大市場というのは、いまどうなんでしょうか?

鈴木 世界的にビエンナーレやアートフェアといったものも続々と延期や中止になりました。例えばヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2020は5月からの開催予定を8月末に後ろ倒しして、期間も3ヶ月短縮となるそうです。それにアートフェアはバーチャルやオンラインに活路を見出しています。国内だと、3月に開催予定だったアートフェア東京は中止になり、オンラインギャラリーモールで作品を紹介しましたし、アート・バーゼル香港もオンライン・ビューイング・ルームを開設。特にアート・バーゼル香港は、235のギャラリーが参加して、2000点以上の作品を展示し、世界中から25万人以上の訪問者を記録したそうです。

遠山 実際に現地を訪れるのは10万人に届くか届かないかなのに、オンラインで爆発的に訪問者が増えたんですよね。

鈴木 しかも日本円で300億円以上の売り上げを記録したとか。オンラインによって大成功をおさめたと言える。

遠山 ギャラリーとかも、オンライン・ビューイング・ルームを展覧会なんかに合わせて開設したりしてる。これって若いコレクターが増えたことも関係あるようです。彼らはギャラリーで対面で買うより、オンラインで買う方が楽なんですって。だからこういうオンライン売買が出てきたことで、新たなお客さんを獲得でき、渡航制限がかかっている中でも、既存の顧客とも連絡を取り合うことができ、フォローすることができる。新しい売買の形が確立されてきましたね。

鈴木 パソコンがあれば生活できてしまう、仕事ができてしまうのと同じように、ギャラリーもオンライン・ビューイングで事足りてしまうかもしれない。でもやっぱりリアルに作品と出会う場所(=ギャラリー)って必要だと思うんですよね。この2つが共存していくんじゃないでしょうか。そこでいかに作家たちを守り、作品を売っていくのか。

遠山 とある女性ギャラリストが言ってたんだけど、ギャラリストやギャラリーで働いているスタッフって、所属してる作家たちを公私ともに支えて、一緒に作品を作り、宣伝し、売っているんだそうです。そして何より、作家に対して何ができるかっていうことをずっと考えている。このコロナの時代でもそれはもちろん変わらないんだけど、やっぱりアーティストをどう守り抜くのか、というのが大きな命題なんだそうです。とにかく売らなきゃいけないと言っていました。

鈴木 でもオンラインで売れるのって、トイレットペーパー買っておかなきゃ! っていう心理と根底では似ているところがあるのかもしれないなって思ったんです。買っておかなきゃ! って思いを持っている人は一定数いると思う。だから通常よりは売り上げは落ちているかもしれないけど、壊滅的な状態とまではいかないと思います。なんだかんだで、需要と供給のバランスがうまく取れているんじゃないかな。

遠山 芳雄さんの言うように、女性ギャラリストも、作品の現物を見なくても作品は売れているし、こんな状況になったからこそ、作家や顧客とのコミュニケーションが密になったとも言っていましたね。

鈴木 そこには互いが築き上げてきた信頼がある。

遠山 そうですね、ギャラリーも作家もコレクターも関係性を大事にしていて、そう簡単に崩れることはないということかもしれないし、助けたい、という気持ちがコレクターにも働いているのかもしれませんね。ただ、これからギャラリーと作家の関係性は変わってくると思う。いまって誰でもSNSで自分の作品の宣伝や売買をすることができるようになったし、私たちのArtstickerもそうですが、ギャラリーに属さなくても作品の売買ができるようになってきた。ギャラリーに縛られることなく、自分で販売経路を持つことができるわけです。これはコロナ関係なく、ということもありますが。

鈴木 ここまで話してきましたが、コロナというのは、単純に我々に経済的危機を与えたというだけではなくて、今後の生活やあり方そのものまでに関わり、変えていくものでしょう。そしてアートとの向きあい方も根本的に変えるのかもしれません。次回は、遠山さんがArtstickerで考えている構想や、僕が思うこれからのアート界についてもっと詳しく話していきたいと思います。


構成・文:糸瀬ふみ


プロフィール

遠山正道 

1962年東京都生まれ。株式会社スマイルズ代表取締役社長。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」などを展開。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。


鈴木芳雄 

編集者/美術ジャーナリスト。雑誌ブルータス元・副編集長。明治学院大学非常勤講師。愛知県立芸術大学非常勤講師。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』など。『ブルータス』『婦人画報』ほかの雑誌やいくつかのウェブマガジンに寄稿。

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