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シド マオが紡ぐ“言葉”の求心力 ファンを魅了してきた歌詞の特徴から詩人デビューまでを辿る

リアルサウンド

20/6/20(土) 6:00

 シドのマオが詩人としてデビューしたのは、とても自然な流れだったと思う。彼の紡ぐ言葉には、人を惹きつける魅力がいくつも備わっているからだ。17年間、シドのマオとして彼が書き続けた歌詞は、多くの人の心を捉えて離さない。

参考:シドが全曲新録の『承認欲求』と17年目で目指す先「“引き算できるような音楽”がキーワード」

 今回マオが自身の詩を発表する舞台に選んだのは、「note」。noteは、文章やイラスト、写真などの創作物を手軽に投稿できるサービスで、プロ、アマチュア問わず多くのクリエイターが集まる場所だ。マオの詩においても、そのまま文字に起こすだけではなく、イメージに合ったデザイン画像に載せて公開されるため、まるで歌詞カードを読んでいるような感覚が味わえる。2020年6月15日時点で公開されているのは、合計3作品。「潤む」「ぬくもり」は、マオがファンに向けて書いた詩で、ストレートなわかりやすい言葉で構成されており、今までマオが綴ってきた歌詞にはない新鮮さが感じられた。逆に、昔の恋人の美しい思い出に囚われた男の詩である「バタートースト」は、歌詞の書き方とかなり近しいものを感じた。

 というのも、マオの歌詞は恋愛をテーマにしたものが多い。しかし、甘いラブソングは少なく、過去の恋人への未練を歌ったものや、恋人同士が別れるシーンを切り取ったものなど、苦く切ない歌詞がほとんどだ。男女の繊細な心の揺らぎが伝わってくる歌詞には毎度唸らされてしまうのだが、彼はストレートな書き方をあまりしない。その場の情景やふとした仕草など、周囲の情報を丁寧に描くことで、核になる部分を想像させるのだ。特に秀逸だと感じたのは、2008年にリリースされた「モノクロのキス」のカップリング曲「season」。夜の海を一人訪れた女性を主人公にしたこの曲は、〈2段目の私は珊瑚礁〉、〈逆流を許されない立ち位置に「流れ着いた」だけ〉と、海にまつわる言葉をキーワードに捩じれた大人の恋愛模様が描かれていく。〈七分丈にまくった ジーンズの裾から 伝う水温〉、〈始まり胸躍る春の日も 見つけて傷ついた夏の夜も 迷う秋も わからなくて逃げた冬も〉といった歌詞からは、この女性が今どんな状況にいるのか、今に至るまでにどんな時間を過ごしてきたのかを想像させられるだろう。

 歌詞を彩る単語の選び方にも、彼のセンスの良さを感じる。2006年にリリースされた3rdアルバム『play』に収録された「白いブラウス 可愛い人」は、長年の恋人と別れるシーンを男性目線で描いた曲で、「ブラウス」がキーワードになっている。〈肌寒いから 僕のブラウス 着て帰ってもいいよ〉という歌詞からは、別れ際にもう一度会う口実を作ろうとする未練がましい男性の姿が思い浮かぶ。そんな男性が元恋人に貸そうとする服は、カジュアルなパーカーでも清潔感のあるシャツでもなく、肌に吸い付くような柔らかいブラウスなのだ。この辺りのバランス感覚は、彼の言葉選びのセンスゆえだろう。また、ブラウスは一般的に女性が着るイメージが強く、〈僕のブラウス〉というだけで、読み手の心に引っかかりができる。それも彼のテクニックの一つなのかもしれない。

 シドが結成されたのは、2003年。喪服をアレンジした斬新な衣装でシーンに表れた彼らは、クオリティの高い哀愁歌謡曲を武器に、ネオ・ヴィジュアル系の中心的存在へと瞬く間に上り詰めていった。特に2004年にリリースされた1stアルバム『憐哀-レンアイ-』は名曲揃いと評判で、当時高校生だった私の周りのバンギャルたちは、ほとんど全員が持っていた。その時代はまだSNSがなかったが、語りたい年頃の私たちは、アメーバブログやfc2ブログ、yaplog!、ヤプースなどの個人ブログやリアルタイム(メールに一行程度の呟きと写真を添付して更新する写メ日記のようなもの)を開設し、ライブの感想や好きなバンドへの思いを綴った。これらのブログはテンプレートを使って簡単にデザインを弄れたため、まるで自分の部屋を作り上げるようにこだわっていた。

 そんなこだわりのブログのタイトルには、お気に入りの歌詞を引用するという文化があり、中でもマオの歌詞は多くの少女たちから選ばれていた。たとえば、2ndアルバム『星の都』収録の「合鍵」から〈背中合わせで夢を見よう〉、3rdアルバム『play』収録の「ミルク」から〈大げさではなく 最愛は君で〉〈戻れない日々と生きる〉、この辺りは特によく目にした記憶がある。もちろんバンド自体の人気もあったに違いないが、短いフレーズなのに心に引っかかるマオの歌詞は、思春期の少女たちに「私のブログのタイトルを飾る歌詞に相応しい」と思わせるだけの求心力があったのだ。

 シドの音楽にとって、マオの言葉は間違いなく強力な武器の一つだ。これからマオが新たに言葉をのせる詩の舞台は、歌詞よりも自由な世界である。作詩という新たなクリエイティブに挑戦したマオの言葉は、この先どんな風に進化を遂げるのか。今後制作する歌詞への影響にも注目したい。(南 明歩)

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