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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

五所平之助監督『挽歌』の話から…ヘンデル、市川崑の『細雪』…最後は最近四度目の映画化もされたオルコット原作『若草物語』につながりました。

隔週連載

第46回

20/3/17(火)

 原田康子のベストセラー小説の映画化、五所平之助監督の『挽歌』(1957年)は、昭和30年代、釧路の町が、もっとも活気があり、豊かだった時代を舞台にしている。
 森雅之演じる建築家の家は、丘の上にある瀟洒な家。当時はまだ新しかった建材、ブロックが壁に使われている。庭には白樺の木が植えられている。
 ヒロインの久我美子演じる兵藤怜子は金持のお嬢さん。母親は亡くなっているが、父親(斎藤達雄)は小さな漁業関係の会社を経営している。パイプをくゆらす紳士。
 映画も原作同様、大ヒットした。その背景には、まだ戦後の混乱が残っていた本土の人間の「北の豊かな国」への憧れがあっただろう。私の住む杉並区の住宅地で、白樺を植える家が増えたのは、この映画の影響ではなかったか。
 豊かな町にふさわしく、釧路の町には、「ダフネ」というしゃれた喫茶店がある。いつも店内にはクラシックが流れている。
 主人(中村是好)は芸術好きなのだろう。久我美子が所属するアマチュア劇団は、この店をたまり場にしている。
 それだけではない、ある日、久我美子がこの店にいると、建築家の美しい妻、桂木夫人(高峰三枝子)と、その恋人、まだ学生の渡辺文雄が、隅のほうの目立たない席に着く。この店は、不倫の男女の密会の場にもなっているようだ。

 この場面で店内に流れている曲は、バッハと並ぶバロック音楽の大作曲、ヘンデルのチェンバロの小曲。『調子のよい鍛冶屋』の名で親しまれている。昭和30年代のはじめにバロックを流しているのだから、かなりおしゃれな店であることがうかがえる。
 『調子のよい鍛冶屋』は、近年では西川美和監督の『永い言い訳』(2016年)の最後のクレジットのところで流れる。明るく軽やかな曲で、妻の死を描く映画としては意外な選曲だった。
 ヘンデルの曲が流れた映画としては、ピーター・イェーツ監督の『ジョンとメリー』(1969年)で、ダスティン・ホフマンがミア・ファローに『王宮の花火の音楽』のレコードを聴かせるのが記憶に残る。

 日本映画でヘンデルといえば、谷崎潤一郎の『細雪』の三度目の映画化、市川崑版(1983年)がよく知られている。
 冒頭のタイトルシーン、蒔岡家の四姉妹(岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子)が恒例の京都での花見をする場面に、ヘンデルの『ラルゴ』が流れる。
 シンセサイザーによって編曲されたもの。最後にもこの曲が流れる。音楽としてクレジットされる「大川新之助」は市川崑のこと。
 ヘンデルの『ラルゴ』は、オペラ『セルセ(クセルクセス)』のなかの有名なアリア『オンブラ・マイ・フ(なつかしい木陰よ)』の別名。日本ではこの曲は、テレビの洋酒のCMで黒人の歌手キャスリーン・バトルが歌い一躍、人気曲になった。

 『細雪』は、いうまでもなく、船場の商家の美しい四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の物語。
 これまで三度、映画化されている。四姉妹を演じた女優の名を記すと——、
 阿部豊監督『細雪』(1950年)では、花井蘭子、轟夕起子、山根寿子、高峰秀子。
 島耕二監督『細雪』(1959年)では、轟夕起子、京マチ子、山本富士子、叶順子。
 市川崑版は前出の通り。
 三作のなかでは作品の出来は、市川崑版が出色の出来。ただ原作と少し違って次女の幸子の夫、貞之助(石坂浩二)の、嫁いでゆく三女、雪子への想いが強く描かれている。
 阿部豊版は原作には忠実だが、いかんせん男優陣に魅力がない。じじむさすぎる。島耕二版は、時代設定を現代に変えてしまったので論外。ただ他の二作では描かれない阪神大水害が描かれたのは貴重。

 『細雪』は美しい四姉妹の物語だが、アメリカ映画で四姉妹ものと言えば、誰もが思い浮かべるのは、ルイザ・メイ・オルコット原作の『若草物語』だろう。
 すでに三回映画化されている。
 作品として評価が高いのは最初の映画化作品、ジョージ・キューカー版(1933年)。次女のジョーを演じるキャサリン・ヘプバーンが名演とされた。私などの世代には、戦後公開されたマーヴィン・ルロイ版(1949年)が懐かしい。四姉妹を演じたのは、ジャネット・リー、ジューン・アリソン、エリザベス・テイラー、マーガレット・オブライエン。子役のオブライエンの演じるベスは本来三女だが、彼女の年齢に合わせ末娘になった。美しい三女、リズ・テイラーが寝る前にいつも鼻を高くしようと、洗濯ばさみで鼻をはさむのは語り草。
 三度目のジリアン・アームストロング監督版(1994年)では、ジョー役のウィノナ・ライダーが、アカデミー賞にノミネートされた(受賞は逸したが)。
 そして、近く四度目の映画化作品『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が公開される。グレタ・ガーウィグ監督、シアーシャ・ローナン主演。
 この素晴らしい映画については次回に。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『挽歌』
1957年 配給:歌舞伎座映画
監督:五所平之助 原作:原田康子
脚本:八住利雄/由起しげ子
出演:久我美子/斎藤達雄/高崎敦生/浦辺粂子/森雅之/高峰三枝子/中里悦子/加賀ちか子/渡辺文雄/石浜朗/中村是好/武藤れい子



『永い言い訳』
2016年 配給:アスミック・エース
監督・原作・脚本:西川美和
出演:本木雅弘/竹原ピストル/藤田健心/白鳥玉季/堀内敬子/池松壮亮/黒木華/山田真歩/松岡依都美/岩井秀人/康すおん/戸次重幸/淵上泰史/ジジ・ぶぅ/小林勝也/深津絵里
DVD&Blu-ray:バンダイビジュアル



『ジョンとメリー』
1969年 アメリカ
監督:ピーター・イエーツ 脚本:ジョン・モーティマー
出演:ダスティン・ホフマン/ミア・ファロー/マイケル・トーラン/サニー・グリフィン/スタンリー・ベック
DVD:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



『細雪』
1983年 配給:東宝
監督:市川崑 原作:谷崎潤一郎
脚本:市川崑/日高真也
出演:佐久間良子/吉永小百合/岸恵子/古手川祐子/石坂浩二/伊丹十三/辻萬長
DVD:東宝



『若草物語』
〈1933年版〉アメリカ
監督:ジョージ・キューカー 原作:ルイザ・メイ・オルコット
脚本:サラ・Y・メイソン/ヴィクター・ヒアマン
出演:キャサリン・ヘプバーン/ジョーン・ベネット/ポール・ルーカス/エドナ・メイ・オリヴァー/ジーン・パーカー/フランシス・ディー/ダグラス・モンゴメリー
DVD:IVC

〈1949年版〉アメリカ
監督:マーヴィン・ルロイ 原作:ルイザ・メイ・オルコット
脚本:ヴィクター・ヒアマン/サラ・Y・メイソン/アンドリュー・ソルト
出演:ジューン・アリソン/マーガレット・オブライエン/エリザベス・テイラー/ジャネット・リー/ピーター・ローフォード/ロッサノ・ブラッツィ/メアリー・アスター
DVD:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

〈1994年版〉アメリカ
監督:ジリアン・アームストロング 原作:ルイザ・メイ・オルコット
脚本:ロビン・スウィコード
出演:ウィノナ・ライダー/ガブリエル・バーン/トリニ・アルバラード/サマンサ・マシス/キルスティン・ダンスト/クレア・デインズ/クリスチャン・ベイル/エリック・ストルツ/スーザン・サランドン
DVD&Blu-ray:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
2019年 アメリカ
監督:グレタ・ガーウィグ 原作:ルイザ・メイ・オルコット
出演:フローレンス・ピュー/エマ・ワトソン/ティモシー・シャラメ/シアーシャ・ローナン/メリル・ストリープ/ローラ・ダーン



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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