Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

津田寛治、いつしか心盗む謎の隣人

毎月連載

第2回

 津田寛治という俳優は、何か目覚ましい役柄で強烈に遍く認知されたというよりも「気がついたら隣にいた」、そして「気がついたが最後、気になってしかたがない」存在である気がする。そもそもかく言う自分がどこで津田寛治に気づいたのかというのは、案外思い出せない。

 熱烈な映画ファンであった津田が、たまたま出会った北野武になりふりかまわずラブコールを贈って北野作品に出るようになったというデビュー時の逸話はつとに知られるが、そうやって『ソナチネ』『キッズ・リターン』などの北野作品や『119』『東京日和』といった竹中直人作品にじわじわと顔を出すうちに、津田はいつしかとても気になる存在となっていた。

 この90年代後半あたり、岩井俊二監督『四月物語』、石井克人監督『PARTY7』、塩田明彦監督『どこまでもいこう』、行定勲監督『ひまわり』、是枝裕和監督『DISTANCE』など、俊英たちの映画からこぞって呼び出しがかかっているのは、当時一斉に感度のいい監督たちが津田を「気になる存在」と見なし始めたことを裏づけているだろう。

『僕の帰る場所』©E.x.N K.K.

 そんな助走期間を経て、津田が圧倒的な個性で観る者を戦慄させたのは2002年の宮部みゆき原作、森田芳光監督『模倣犯』だろう。生活感のない孤独でひんやりとした犯罪者の横顔を描くこの作品で、森田監督は中居正広扮する主人公に絡む重要な友人役に津田を抜擢した。メジャーな話題作として作られたが、津田は助演筆頭の最もおいしいポジションで、好青年ふうなのにいたく薄気味悪いキャラクターを(意気揚々と!)演じ、主人公を喰ってしまうくらいの存在感を見せた。そもそも津田が演じたこの友人役は、原作とはかなり隔たる個性として森田監督が独自に脚色したキャラクターで、そこを映画の陰の力点にしようとしたふしもあり、そういう監督のたくらみや偏愛を津田はみごとに引き受けてみせた。この演技で津田がブルーリボン賞助演男優賞を受賞したのは快哉であった。

 そして『模倣犯』とともに津田のうま味がにじんでいたのは黒沢清監督『トウキョウソナタ』であった。とっくにリストラされているのに「出勤」を装い、携帯で「ビジネストーク」のふりを続ける病んだサラリーマンを、津田は衒わず淡々と演じてみせたが、これが実に忘れがたい印象を残した。バイプレーヤーとして光る個性派には、ぎらぎらとわかりやすい持ち味で売る向きもあるが、津田の演技はまさにスルメのようにじわじわと魅せるもので、ストイックで涼しい黒沢演出と津田の乾燥風味がうまい具合にマッチしていた。

 こういう劇的な即効性というより緩慢に(だからこそ根っこから)効いてくる津田のあり方は、テレビシリーズの味のあるレギュラーとしても重宝されてきたが、もちろん堂々の主演映画もいくつかある。藤原健一監督『is A.』や直近の戸田彬弘監督『名前』などで、津田は申し分のない主演ぶりを見せてくれるが、私の思い込みかもしれないが、主演者としての津田はどこかちょっと窮屈そうに見える。対してヒット作となった本木克英監督『空飛ぶタイヤ』の津田は、出演シーンこそ少ないが、その玉虫色な役柄の表現がえも言われずスパイシーで妙に記憶に残るのであった。

『名前』©2018映画「名前」製作委員会

作品紹介

『空飛ぶタイヤ』

2018年6月15日公開 配給:松竹株式会社
監督:本木克英 脚本:林民夫
出演:長瀬智也/ディーン・フジオカ/高橋一生/深田恭子/ムロツヨシ/津田寛治

『名前』

2018年6月30日公開 配給:アルゴ・ピクチャーズ
監督:戸田彬弘 脚本:守口悠介
出演:津田寛治/駒井蓮/勧修寺保都/松本穂香/内田理央/池田良/木嶋のりこ

『僕の帰る場所』

2018年10月公開 配給:株式会社 E.x.N
監督・脚本:藤元明緒
出演:カウン・ミャッ・トゥ/ケイン・ミャッ・トゥ/來河侑希/黒宮ニイナ/津田寛治

『恋のしずく』

2018年公開 配給:ブロードメディア・スタジオ
監督:瀬木直貴 脚本:鴨義信
出演:川栄李奈/小野塚勇人/宮地真緒/青木玄徳/蕨野友也/津田寛治/小市慢太郎

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』の撮影に近く入る。

アプリで読む