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柔らかに輝く"あわい”の世界に魅せられて 『伊庭靖子展 まなざしのあわい』

【REVIEW】ぴあ水先案内人が語る、伊庭靖子作品の魅力① Tak

全4回

第3回

19/8/2(金)

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』会場風景

小さい頃、父親の運転する助手席に座り、となり町にある祖母の墓へお線香をあげに行く道すがら、夏の強い日差しを浴びたアスファルトの道路上に、エチゼンクラゲのような大きな水たまりを目にしたことを今でもはっきりと覚えています。本当は見てはいけないものなのではないかと、子ども心に怖さを感じ(お盆はご先祖様がこの世に戻ってくるのと本当に信じていたので)「あっ!目の前に水たまりがある!!」などと横に座る父に話しかけることも憚りがあったのです。

その謎の質感を有する物体の正体が「逃げ水」(mirage)であると知ったのはもう少し年を重ねてからのことでした。

伊庭靖子さんが描く作品を前にするたびごとに、少年時代に助手席で目撃した真夏の蜃気楼「逃げ水」のことを思い浮かべます。乃木坂46の『逃げ水』を聴いても思い出せない「逃げ水」をどうして伊庭さんの油彩画からはダイレクトに想起できるのでしょうか。それは、どちらも、光の当たり方によって質感が変わる瞬間を捉えたものだからに他なりません。それは言葉ではなく、感覚なのです。

《Untitle2006-07》個人蔵

クッションやコーヒーカップ、それにガラスの花瓶などを描いた伊庭さんの作品は、一目で何が描かれているか分かります。画像だと写真をも超越するスーパーリアリズム絵画のように見える伊庭作品ですが、決して写実一辺倒なのではなく、すぐに目がクッションや花瓶全体像から離れ、独特の質感を伴ったある「部分」に注がれます。それこそ作家が描きたかったポイントなのです。誰もがそこに不思議な優しさや心地よさを感じ、目を離すことにためらいを覚えるはずです。

《Untitle2014-11》作家蔵(協力:MISA SHIN GALLERY)

何を表現しているのか何時間観ても答えが得られない前衛的な現代アート作品とはある意味で対極にあると言えるでしょう。

私たちは一日の中で何百、何千というモノを目にしています。それは形状としてモノを便宜上認識しているだけで、それらが有している独自のグットポイントを見つける時間も心の余裕も持ち合わせていません。どんな人にも良い点があるように、モノにも輝くポイントがあることを伊庭さんの作品は教えてくれるのです。だからこそ身近にあるモノをモチーフとして描いているのでしょう。

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』会場風景

いまこの駄文を読んでいるのもスマホやタブレットにもグットポイントはあるはずです。「伊庭靖子展」を観に行かれる前にひとつ、ふたつそうした点を見つけてあげると、すんなりと展示空間に入っていけるはずです。伊庭作品から得られる不思議な優しさや心地よさの正体はモノのグットポイント(質感)を的確に表しているからなのです。佳き質感は、林真理子の言葉を借りれば、「十日はぼんやりとした夢ごこちになれる」ものなのです。

昔から女の好物は「蛸・芋・芝居」と言われております。この三つに共通しているものは、もっちりした質感と腹もちのよさでありましょうか。芝居は一度見ますと、十日はぼんやりとした夢ごこちになれると女たちは申します。(林真理子『本朝金瓶梅』より)

最後の展示室には新作である映像作品が展示されています。映し出されているものが何なのか見える人と見えない人に分かれる意欲的な作品です。そうまるで真夏の蜃気楼「逃げ水」(mirage)のような。(そうか、だから「伊庭靖子展」は真夏に開催しているのですね)

プロフィール

Tak

アートブログ「青い日記帳」主宰。展覧会をはじめ幅広くアートに関する情報を発信。『カフェのある美術館 素敵な時間をたのしむ』『カフェのある美術館 感動の余韻を味わう』(ともに世界文化社)、『フェルメール会議』(双葉社)、『失われたアートの謎を解く』 (ちくま新書 、9/5発売)などの監修をつとめるほか、著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』(筑摩書房)がある。

プレゼント

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『伊庭靖子展 まなざしのあわい』


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