片桐仁の アートっかかり!
東京都現代美術館でジャンルの異なるふたつの展覧会を鑑賞!『ライゾマティクス_マルティプレックス』『マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在』
毎月連載
第29回
左からライゾマティクスの真鍋大度さん、片桐仁、ライゾマティクスの石橋素さん
今回、片桐さんがやってきたのは、東京都現代美術館。現在、2つの展覧会が同時開催されています。まず訪れたのは『ライゾマティクス_マルティプレックス』。Perfumeのパフォーマンス演出などで知られるライゾマティクスの展覧会です。ライゾマティクスの真鍋大度さん、石橋素さんにお話を伺いました。
片桐 ライゾマティクスさんたちは、どのような活動をされているのでしょうか?
真鍋 一言ではなかなか説明しづらいですが、作品制作、その作品を作るためのソフトウェアの開発、さらにはハードウェアの開発、販売するためのプラットフォームの開発などを行っています。今年で結成15周年になります。
片桐 ん? んんん??? カタカナが多いですね。
真鍋 たとえば、こちらの作品《Rhizome》は、15年間書いてきたプログラムのソースコードを解析して、それぞれ関連させたものを……。
片桐 プログラムのソースコード? ソース……コード…。わからない言葉がたくさん出てきます。
真鍋 プログラムというのはコンピュータに処理をさせる命令の書かれた文書です。その文書は人間のわかる言葉で、例えば円を描く命令は「drawCircle」のような感じで書かれています。その言葉がたくさん書かれた文書が、ソースコードです。それを解析して似た命令や内容が似ている物などのつながりを可視化して映像として投影しています。
片桐 少しずつ分かってきましたよ。内容を知ってから見ると、とても有機的な動きをしているように見えてきます。地図のようにも見えるし、血管のようにも見える。
真鍋 画家の人がキャンバスにゼロから筆で絵を描くことと大きく異なるのは、元となるデータがあり、それらを使った表現を行っています。展覧会の冒頭で紹介する作品群は、このようにデータを見える形に変換しています。
片桐 目に見えないものを見える形にしていく、おもしろいですねえ。ちなみに、ライゾマティクスってどういう意味なんですか?
真鍋 造語です。フランス語で地下茎を意味するリゾームを由来にしています。
片桐 この作品のプログラム同士のつながりも見方によっては地下茎の繋がりのように見えてきますね。
石橋 続いては、今回の新作のひとつ、展覧会タイトルの「multiplex」の名をつけた作品《Rhizomatiks×ELEVENPLAY “multiplex”》です。振付家のMIKIKOさんが率いるダンスカンパニー「ELEVENPLAY」のダンサーの動きをデータ化して構成したインスタレーション作品です。まずは映像を見てください。
片桐 動くキューブとともにダンサーの皆さんが踊っていますね。エフェクトもすごいです。
※動画はコチラ
真鍋 この映像の奥にあるのが実際のステージです。ここではキューブの形をしたロボティクスとプロジェクションがリアルタイムで動いています。いま見ていた映像は、この動きとダンサーたちの映像とをリアルタイムで合成したもの。両方を行き来して見比べて見てみてください
片桐 うわすごい。生配信に映像を加えているということか。ロボティクスがなめらかに動いている。そして、カメラでその様子が撮影されてあちらのモニタに映し出されて、なおかつ、映し出された映像にはダンサーさんが合成されている。
真鍋 ダンサーのみなさんには、収録用に踊ってもらったあと、モーションキャプチャーを装着してもらって、全く同じように踊ってもらっています。完成されたダンスパフォーマンスとして映像を見ていただき、ステージではキューブとプロジェクションを見てもらう。この二つで一つの作品です。
片桐 こういう作品を仕組みから作っちゃっているのがライゾマティクスさんなんですね。海外の人たちにも喜んでもらえそう。この8分くらいの作品を作るのにどのくらいの月日がかかるものなのでしょうか?
石橋 作り始めたらとても速いです。ARの技術や、いろいろなプロジェクトで開発した要素を組み合わせて制作するので、ゼロからのスタートではないんです。ただ、考える時間がけっこうかかる。美術館の展覧会でなにを見せよう、この27メートルの横幅の広さをどのように活かそうかと。ここまでの構成になるのには非常に時間がかかりました。
片桐 ステージを見ると、ダンサーさんの影のような、軌跡も映し出されていて、いないのにそこにいるような感じもする。というか、キューブの動きがすごい。速いしなめらか。
真鍋 ダンサーさんが乗って上で動いても大丈夫な強度をつけて作っています。天井に赤外線カメラがついていて、キューブには人間には見えないマーカーがついています。赤外線とマーカーでキューブの位置を認識し、無線でコントロールするという仕組みです。
片桐 装置まで作っちゃうんだ。そして、さっぱり理解できない! でもとてもすごい技術を使っているのはわかります。
石橋 ちなみに、ステージ上で投影されているプロジェクター、これはパナソニック製なんですが、投影する映像は、実際に目にするとちょっと歪んでいます。けれども、カメラを通して見ると立体的に見えるようにしているんですよ。奥行き7メートル、全長27メートルの空間に全部で15台使用しています。
片桐 カメラを通した先のことまで計算しているんですね。ダンサーさんが実際にこのステージでパフォーマンスしているところを見てみたいな。
真鍋 会期中休みなく踊ってもらうのは難しいですが、このような仕組みを使うことで、単なる映像だけでなく、ここに確かにダンサーさんたちがいて踊ったという痕跡や雰囲気を感じ取ってもらえるのではと考えて作りました。
片桐 すごい昔、ここまで素晴らしくはないけど、あらかじめ撮影した映像と演者が絡むコントをイベントでやったことがあるんですが、あれも本当に大変でした。それが、ここまで進化するなんて。カメラを動かしているから、視点も大きく変わるわけですよね。そこまで計算しているのもすごい。うーん、さっきから「すごい」ばっかり言ってるな。
石橋 続いては、R&D(リサーチ&ディベロップメント)のコーナー。現在開発中・開発中のデバイスなどを展示しています。
真鍋 《Home Sync Light》は、自宅にいながら、ライブ会場の演出を楽しむために開発したデバイスです。ライブに使われる音楽や照明、レーザーなどにあわせてLEDが勝手に光ってくれるというものです。このデバイスに対応する配信システムは、配信する音楽のデータのなかにコードが埋め込んで送っています。そのコードをデバイスが読み込むことにより、曲や踊りなど演出にああわせて点滅したり色が変わったりする。BluetoothやWi-Fiをつなぐという設定が必要なく、電源さえ入れておけば動作します。
片桐 電源さえ入れておけばいい、それはお手軽で嬉しいです。BluetoothやWi-Fiってけっこう面倒なんですよね。昨年の春頃は、単なる配信だけでも「がんばれ、がんばれ」っていろいろな方がチケットを買ってくれたけれど、時期が進むにつれて難しくなってきているので、こういうアイデアはとてもおもしろそう。
真鍋 こちらは、《Messaging Mask》。小さい声やささやくような声を音声認識してくれるデバイスです。いま、ライブ会場で大きな声で声援ができない状態です。そんなときでも、このマスクを付けてささやき声で応援すれば、マスクが音声認識して、ライブ会場のスクリーンにその応援が大きく映し出される。
片桐 光るマスクってだけでもかっこいいのに、そんな機能がついてるのは素晴らしいですね。うっかり独り言つぶやけないなー。滑舌悪くても認識してもらえるかな。
石橋 これらの開発中、進行中のデバイスはライゾマティクスだけでなく、大学などの研究機関とも協力して、共同開発しているものもあります。
片桐 コロナで困っている状況をしっかり把握したうえで、その状況をより楽しもうとする。コンテンツを作る人は多いですけど、最新の技術を使って道具から開発しちゃうのがすばらしいです。
真鍋 そして、最後は《particles 2021》という作品です。2011年に制作した《particles》という作品をリメイクしたものです。
片桐 うわ、なんだこの部屋。ピカピカ光っている。
石橋 レールの上をボールが転がっています。このボールは赤外線LEDが内蔵されていて、そのボールの位置をトラッキングし、転がるボールに向かってレーザーを正確に照射していきます。
片桐 光るボールがコロコロ転がっているわけじゃないんですね。むかし、こういう光るおもちゃあったけど、全く次元が違う。ボールはどうやって動いているんですか?
真鍋 普通に重力に従って転がっているだけなんです。ボールがレールの一番下まで落ちたら、ベルトコンベアーで上へ運ばれていきます。そして、周囲で響いている音は、光の情報を音に変換したものです。
石橋 10年前に制作したときは、ボールの中にLEDを入れて、点滅のタイミングを調整していたのですが、今回は外からレーザーを当てるシステムを制作して、より自由な表現ができるようになりました。
片桐 同じ表現でも、技術の進化によって手法も変わっているんですねえ。ライゾマティクスさんの展示、知らない言葉が多くて身構えてしまいましたが、直感的に楽しめて、ものすごく興奮しました。最先端の技術がこんな形で使われているのを見ると、これからの未来が楽しみになってきます。今日はありがとうございました!
『マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在』
続いて、片桐さんが向かったのはライゾマティクス展の真上で開催されている展覧会『マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在』。オランダ人アーティスト、マーク・マンダースの美術館では日本初の個展です。学芸員の鎮西芳美さんにお話をお伺いします。
片桐 音楽が展示室に鳴り響いていたライゾマティクス展を見たあとだからか、展示室がとにかく静か〜。しかし、展覧会冒頭のご挨拶文からして手強いです。“自伝的な要素を含む小説執筆の試みを契機に得たと言う「建物としての自画像」という構想に沿って、以降30年以上にわたって一貫した制作を続けています”って書いてあるんですよ。ライゾマティクスとはまた違った方面で難解です。
鎮西 ですよね、たしかにわかりにくいかもしれません。マーク・マンダースは1968年生まれのオランダ人で、30年くらい活動をしているアーティストです。現在はベルギーに拠点を置いて活動をしている方ですが、見ておわかりいただけるように、彫刻を作っています。
片桐 あ、はい。それはわかります。でも、なかなか一筋縄ではいかない感じ。人が板の間にはさまっているし…。
鎮西 マンダースは作品のなかに、異なる時間や時代を複数盛り込んだ作品を作っています。それは時には家具のような作品であったり、ときには工業作品に見えるようなものであったりと形状は様々。この作品のように、人物像などを不自然な形で組み合わせて作品を作ることもあります。この《未完成の土の頭部》は、単体でも興味深い作品ですが、彼はこれらの作品を複数組み合わせて、ひとつのインスタレーションとして広い空間内に配置して見せるやり方を取っています。今回は、この展覧会の展示がまるごと一つの作品、と考えてください。
片桐 《未完成の土の頭部》は、粘土と板を組み合わせているんですか?
鎮西 じつはこの作品、粘土のように見えるところも、板のように見えるところも全部ブロンズです。
片桐 ブロンズ! そうは見えないな。でも、確かによく見ると彩色している。なぜ、粘土と木材で作ったものを、わざわざブロンズに置き換えて作品にするのでしょう?
鎮西 そこはマーク・マンダースにとって興味深い部分です。未焼成の粘土は、そのままにしておくと乾いてしまったり、自らの重さで形が変わってしまうこともあります。でも、焼いてしまうとマンダースが理想とする質感じゃなくなってしまう。焼いていない粘土の「なんでもできそうな質感」をマンダースはとても大切にしていて、その部分を見てほしいと思っている。木材も、その時は理想の色や形かもしれないけれど、時間が経過するにつれて見た目が変わっていきます。
片桐 だから経年変化しないブロンズで作る必要があるんですね。奥深いな。
鎮西 マーク・マンダースは、1986年、彼が18歳のときに「建物としての自画像を作ろう」と思い立ち、その18歳のときに思い描いた世界を現在に至るまでずっと作り続けているんです。そのため、形が変わる可能性はできるだけ排除しておきたいと考えていると。
片桐 30年以上時間が止まっているのか、おもしろい発想ですね。そして次の作品は……、なんだこれは!
片桐 像を引っ張る糸によって緊張感がすごいし、置かれた椅子も片方は1脚しかないし、全体的な不安定感もすごい。
鎮西 2013年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品された作品です。よく見ると、テーブルに見える板には脚がないんですよ。板の重さは椅子で支えています。
片桐 あ、本当だ。言われてみないと気づかなかった。気がついてしまうと、なおさら不安定さが際立ちます。それに、いったいどうやって組み立てたのかも知りたくなってきますね。
鎮西 とにかく大変でした。作家が来日できないので、モニター越しに会話をしながらの設営でした。
片桐 コロナ禍の展示は本当に難しいですね。この作品は、ところどころに緩衝材みたいなものあるんですが、制作の途中ってわけではないのですよね?
鎮西 はい、これが完成形。作者が途中で手をとめて中座したかのような雰囲気が出ていますよね。マーク・マンダースは、さっきまで作家がそこにいたかのような雰囲気で見てもらいたいとも思っているのです。
片桐 壁になにか引っかかっている。このような作品も作っているのですね。
鎮西 ちなみに、《短く悲しい思考》は作家の目の高さの位置で止めてあるんですよ。
片桐 目の高さ、そこからマーク・マンダースさんの背丈が想像できるから面白いですね。ここにいなくても、彼を感じられることができる。でも、なんとなくこの作品の高さからすると、背は低いように感じます。18歳のときの背丈だったから?
鎮西 あ、それはすごく面白い発想! 鋭い解釈ですね〜。
片桐 続いては…、これもまた大きい! 粘土に見える女性たちも、突き刺さっている黄色い板もブロンズなんですね。見る角度によって印象変わる作品です。
鎮西 位置を変えていろいろな角度から鑑賞できるのが彫刻の醍醐味ですよね。この作品の周囲はビニールシートで養生されていますが、これは制作スタジオを模したものです。実際に使われているビニールシートとポールを使っています。そのため、この作品も作家が、制作中に中座したんじゃないかという雰囲気が出ています。
片桐 でも、いない。
鎮西 展覧会のタイトルは「マーク・マンダースの不在」となっていますけど、不在という言葉は、すごい存在感を持っているんですよね。かえっていない人を意識してしまう。
片桐 いないマンダースのことが気になってきてしまいますね。そして、さらに、不思議な作品が出てきたぞ。これは《舞台のアンドロイド(88%に縮小)》というタイトル。88%ってなんだ?
鎮西 不思議ですよね。マーク・マンダースの意図するサイズの88%の大きさで作られている作品です。この作品は、非常に長い過程があって、更新を繰り返して現在の形になっています。煙突がついたステージ状の作品のほかに、離れたところに衣服や椅子などもあって一式で作品なんですよ。
片桐 え、これは忘れ物じゃなくて作品! 確かによく見ると、椅子も靴も少しずつ小さい!
鎮西 マンダースによると、88%というのが、ちょうどよい違和感の度合いらしいんです。
片桐 彫刻の人って、スケール感や身体感覚を大切にしているから、大きくするにしても、小さくするにしても綿密なんだよなあ。
鎮西 そして、こちらは今回の新作とも言える《ドローイングの廊下》。マンダーズが約30年間書き溜めていたドローイングをランダムに並べています。
片桐 彫刻作品と全然違う。ますます面白くなってきた。アウトサイダー・アートにも繋がるような…。マンダースさんはどんなことを考えているんだろうって気になります。ときどき、自分のサインとか練習しているドローイングもあるし。18歳マインドのままなのかな?
鎮西 彼のスタジオも、この廊下のように洗濯ばさみで絵を吊るしていたりするんですよ。そして、別のフロアの作品を最後に紹介しますね。タイトルは《3羽の死んだ鳥と墜落する辞書のある小さな部屋》です。
片桐 入ってみたら床がふわふわでびっくり。ウレタンマットなんですね。そして、辞書が落ちてる絵が1枚ある。あれ? 3羽の死んだ鳥っていうのは?
鎮西 よく気がつきましたね! じつは、このマットの下にいる……。
片桐 えええ!? としたら、もしかしたら踏んづけてしまっているかもしれないってことですか?
鎮西 大丈夫です、踏んでもわかりません。鑑賞者は下に鳥がいるということを意識しながら室内を歩くんです。
片桐 歩き方も変わってきちゃいました。マーク・マンダースさんも、鳥も不在なのに、「存在」をずっと意識してしまう一時でした。
鎮西 今回の展示は、展示全体が一つの作品ということで、順路も決めておらず、個々の作品にキャプションもつけていません。自由な気持ちで見ていってもらいたいですね。
片桐 ライゾマティクスもあれば、マーク・マンダースもある。現代美術ってジャンルは、本当にいろいろなものがありますね。二つの展覧会を一気に鑑賞できてとても楽しかったです。実際に体験してわかることが多いんだなあと実感しました。今日はありがとうございました!
構成・文:浦島茂世 撮影:星野洋介
プロフィール
片桐仁
1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催。