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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

『南十字星は偽らず』と『女性に関する十二章』、シネマヴェーラ渋谷の2本

毎月連載

第2回

18/8/1(水)

『南十字星は偽らず』 (C)国際放映

手抜きのない田中重雄監督の『南十字星は偽らず』

1943年、日本統治下のジャカルタ。現地人の高峰三枝子は同郷の若原雅夫と結婚を誓うが宗教の相違がある。高峰は金の亡者の兄・殿山泰司に、お前は日本語がわかるからと、日本人知事・千田是也公邸に高給女中に入らされる。高峰は自国の占領者に仕えるのに抵抗があったが、千田の心優しさにしだいに惹かれてゆく。対日抗戦分子の若原はある夜、千田邸に忍び込んで高峰に見つかり、千田に重傷を負わせて逃げる。
日本にいる妻の死亡通知が来て千田は落胆するが、高峰の優しさにそれを受け入れる気持ちがわき、やがて二人は結ばれ子ができる。その誕生祝いの席で妻の死は誤報で生きているとわかり千田は悩む。高峰はこの地では二人妻は普通と素直に喜んで慰める。

戦況は悪化し日本は敗戦。千田は高峰に必ず迎えに来ると言い残して英軍収容所に入る。病気の一子をかかえた高峰は、旧日本軍に抑圧された恨みの市民から白い目で見られて生活は困窮。今は娼婦の元千田邸の女中に子を預け、決死の覚悟で街娼に立つ。
出所が決まった千田は収容所に高峰と子を呼び、一緒に日本へ行こうと告げる。しかしそこを出た所に現れた若原は子を抱く高峰に逆上して刺し、警備員に撃ち殺される。
傷を励ます千田に高峰は「私は奥様のおられる日本に行くつもりはなかった、この子をたのみます」と息をひきとる。一子を抱いた千田は夜空の南十字星を涙で仰いだ。

舞台はジャカルタだけで日本国内は一度も出てこない。俳優は全員日本人だが日本人役は千田のみ、他はすべて現地人役の薄い黒塗りメイク。千田と高峰の会話だけが日本語で、基本はすべてボルネオ語ゆえ日本語スーパーが出っ放しのこれは外国映画だ。
現地ロケしたとは思えないが、街並み、川で洗濯する民家、広大な鉄条網収容所(中はイギリス人兵隊ばかり)など現地感はリアルで、夜の町辻のジャワ影絵や、パーティーの首をカクッカクッと左右に振る民族舞踊なども本物だ。
美貌の高峰は運命の変転する混血異国人を懸命に演じている。新劇界の重鎮・千田是也は、話のわかる叔父様紳士などおよそ100本もの映画に出演したが、きわめて初期のこれは堂々の主役で、大げさを排した近代演技術は作品のリアリティを高めている。必ずつまらない若原雅夫はいつもどおりつまらない。殿山泰司のボルネオ語は板について日本語を一回も発せず(だって知らないんだから)、早口の口論罵倒はもはやスーパーも出ない。

監督・田中重雄はこの異色の大作に正面から取り組み、手抜きのない仕事だ。私は田中重雄を追いかけており、これで17本を観たが『永すぎた春』『東京の瞳』(傑作!)『東京おにぎり娘』(ダーイ好き)『真昼の対決』『愛河』『彼と彼女は行く』などは相当な上作だった。
終戦から八年。ラスト以外は実話に基づく原作だそうで、こういう映画が興業的に受ける予想のもとに作られた時代があったのだ。

才気煥発 市川崑の『女性に関する十二章』

『女性に関する十二章』(C)1954東宝

原作『女性に関する十二章』は「婦人公論」に連載され、文学者が平易に書いた女性論としてベストセラーになった。
大学時代に婚約した、今はバレリーナの津島恵子と銀行員の小泉博は、互いの事情で九年もそのままの倦怠期。小泉が係長昇進でわずかに昇給するのを機に結婚しようと切り出しても、津島はバレエ教室からの独立問題でそれどころではない。バレエ評論家のキザ紳士・上原謙は津島に接近。小泉は津島に見切りをつけた母・三好栄子に十五回目の見合いをさせられ、そのレストランには偶然津島と上原もいて、上原は小泉の見合い相手に結婚観を聞いたりする。
あれこれすれ違いの揚句、小泉は津島の推薦でバレエ教室の有馬稲子と結婚式を挙げるが、そこに来た津島を見て気が変わり二人で式場を逃げ出し、一緒に死のうと夜の海に入り「寒いね」と中止、初めてのキスをする。チャンチャン。

自分の書棚を古今東西の恋愛本で埋める津島が、書店で原作本を買うところから始まる。本のアップが映画タイトルになり、ぱらぱら開く目次に続いてスタッフキャスト。そこに作者・伊藤整が「どうです、素敵な表紙でしょう」と語りかける設定。しかし本は落とされたり、忘れられたりと散々な扱いだ。
結婚を切り出そうとする小泉を津島は喫茶店に連れてゆくが、話しかける客や電話が来たり何やかやと忙しく、互いに猛スピードで話しても「あれ、何の話だっけ」と堂々巡りのうち津島は店を飛びだす。テンポの速い会話のカットごとにカメラアングルも上、下、横、後ろと目まぐるしく変わり、最後に伝票を手にくさる小泉の見下ろしで静止する。以降、才人・市川崑は、グラフィックな映像で内面的演技なしの明朗に戯画化した役造形に徹し、時おり俳優がキャメラ(観客)に向かって独白などあの手この手をくりだし、映画作りってこんなに自由で面白いんだとわくわくさせる。

もともとバレエを教えていた津島は、練習場の稽古や「白鳥の湖」公演場面で堂々の踊りを見せ、その自信からか一皮むけた溌溂たるコメディエンヌがうれしい。そして小泉博。人柄の良いハンサムはまさにハリウッド映画に欠かせない明るい二枚目半。最後まであれこれ論争する二人に、「そうです恋愛は語るもの」とかぶるナレーションに向かって「うるさい!」と怒鳴るおもしろさ。結局「本ばかり読んで頭でっかちでは恋愛はできません」と突っ放し、作者がぎゃふんとなるラストが秀逸だ。
才気煥発、ビリー・ワイルダーも裸足で逃げだすエスプリコメディの快作だが、上映フィルムはかなり劣化してコマ落ちも多く、完全なニュープリントをぜひ。

作品紹介

『南十字星は偽らず』特集「戦争と女たち」(2018年6月16日~7月6日)で上映

1953年(昭和28年)新東宝 92分
監督:田中重雄 原作:山崎アイン 脚本:成沢昌茂 撮影:三村明 美術:進藤誠吾 音楽:斉藤一郎 出演:高峰三枝子 千田是也 若原雅夫 殿山泰司 千石規子
*太田ひとこと:高峰と千田が心を通わし、南十字星を見上げる場面に流れる現地の曲がとてもロマンチック。

『女性に関する十二章』特集「女優有馬稲子」(2018年7月7日~20日)で上映

1954年(昭和29年)東宝 87分
監督:市川崑 原作:伊藤整 脚本:和田夏十 撮影:三浦光雄 美術:河東安英 音楽:黛敏郎 出演:津島恵子 小泉博 上原謙 太刀川洋一 徳川夢声 三好栄子 有馬稲子 久慈あさみ
*太田ひとこと:市川作品おなじみの久慈あさみは銀行に勤めるオールドミスで、おしゃれなキザ紳士・上原に胸ときめかすが、上原は家に帰ると普通のしもた屋のステテコ姿(笑)。

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