春日太一　実は洋画が好き

“悪の帝国”というイメージ通りのソ連がここに！『レッド・オクトーバーを追え！』

毎月連載

第21回

20/9/26(土)

ちょうど物心がつきはじめた1980年代初めは、80年のモスクワオリンピックに西側諸国が不参加、続く84年のロサンゼルスオリンピックに東側諸国が不参加、と米ソ冷戦が最後の緊張をみせた時期だった。

その影響か、幼い頃に触れる娯楽作品には“ソ連＝悪役”という図式が盛り込まれることがあった。しかも、ただの悪役ではなく、“冷徹で非人間的な恐ろしい国家” “しかも物凄く強い”というイメージが通底していて、ソ連が関係する作品は観ていて盛り上がった。

荘厳な国歌。厳つい地名・人名。凍える人々の武骨な無表情。寒く、雪に閉ざされた大地。そして、人間の自由を奪う共産圏。全てのイメージが、“悪の帝国”に据えるのにあまりに適していた。

まずショッキングだったのは、漫画『キン肉マン』におけるウォーズマン。戦うために育てられたソ連の戦闘サイボーグで、その冷酷で残虐な戦いぶりには子供心にかなりの恐怖を植え付けられた。

『ロッキー4』のドラゴもそうだ。ウォーズマンと同じく戦闘サイボーグとして育てられ、ロッキーの親友アポロを試合中に殴り殺してしまう。

この人命を尊ぶことを知らない、冷酷かつ強大な敵を相手にキン肉マンやロッキーはいかに戦うのか。子供にはたまらない展開だった。

そのソ連のイメージを逆手にとったのが『レッドブル』で、人間としての感情の起伏に乏しいのではと思わせるようなソ連の刑事（シュワルツェネッガー）が犯人を追って渡米し、アメリカのはみ出し刑事と組みながらユーモアを見せるようになっていく。

“ソ連の刑事”のイメージ通りの武骨さ、融通の利かなさがシュワルツェネッガーにピッタリで、アメリカとの対比が浮き彫りになっていた。

そして極めつけは、『レッド・オクトーバーを追え！』だ。

ソ連の最新鋭原子力潜水艦・レッド・オクトーバーがアメリカ東海岸に接近。目的は攻撃なのか……？緊迫するアメリカ政府。

一方、ソ連の海軍・空軍もレッド・オクトーバーを追跡していることを知ったCIA分析官のジャック・ライアン（アレック・ボールドウィン）はレッド・オクトーバーの目的は亡命だと判断。単身で艦長（ショーン・コネリー）とコンタクトをとろうと試みる。

中学一年生の夏休みに、公開時に劇場で観た。とんでもなく面白く、当時は入れ替え制でなかったため、そのまま座席を動かず一日ずっと居座って何度も観続けた。

レッド・オクトーバーとソ連の潜水艦との息詰まる追跡劇。ソ連の内通者のために混乱をきたすレッド・オクトーバー艦内。時間に限りがある中で艦長の真意を探ろうとするライアン。相手の真意を分からないまま迎撃態勢をとるアメリカの潜水艦。

何重もの張り巡らされたサスペンスと、終盤のアッと驚く逆転劇。全てがエンタテインメントとして完璧で、ひたすら夢中になった。

実際には日本公開の翌年にソ連は崩壊している。それでも、映画の中での“悪の帝国”のイメージは健在だったのだ。全てを管理し、完璧に遂行する。そんなソ連から、逃げ出すことなんてできるのか……。そう、これだけ本作に夢中になることができたのは、ソ連という存在があったからこそ、なのである。

春日太一（かすが・たいち）

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才　勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る　日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーンこれまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。