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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

シネマヴェーラ渋谷「ニッポン・ノワール」Ⅰ&Ⅱで、二年越しに観た蔵原惟繕の傑作2本!  ー『霧の中の男』『第三の死角』

毎月連載

第8回

19/2/2(土)

シネマヴェーラ渋谷「ニッポン・ノワールⅡ」チラシ

深い霧に満ちた一夜の白黒シネスコ画面、これぞノワール!

  『霧の中の男』©日活

『霧の中の男』
シネマヴェーラ渋谷
特集「ニッポン・ノワールⅡ」(2019.1/12〜2/1)で上映。

1958(昭和33年)日活 92分
監督:蔵原惟繕 原作・脚本:石原慎太郎
撮影:横山実 音楽:佐藤勝 美術:木村威夫
出演:葉山良二/西村晃/左幸子/小林旭/木室郁子/二谷英明/白木マリ/近藤宏
太田ひとこと:二回ある、クラブでの白木マリの踊りは気合いが入って最高です!

監督蔵原惟繕の第一作『俺は待ってるぜ』(1957)は、横浜の無人の夜の波止場を一人こつこつと歩いてきた石原裕次郎が、濡れたトレンチコートでたたずむ北原三枝に出会うぞくぞくするシーンで始まり、裕次郎の基本的イメージ「孤独」を作った。その蔵原の第二作とあれば期待しないわけにはゆかない。

暗黒街に使われている葉山良二は、ボスに言われて手伝いに来た西村晃と殺し仕事を済ませ、左幸子の待つ車で逃げる手はずが故障してタクシーをひろう。その夜は霧が深く、断る運転手に、節操のない西村が拳銃を出して脅すのをとがめた冷静な葉山は、ボスの秘書・左がいることや西村の妙な動きから、ボスは西村に、(事情を知りすぎた)自分を殺せと指示し、そのお目付けに左をつけたと知る。警察の包囲を逃れ街道をはずれた閉鎖中の山道を行くが運転手・近藤宏は逃げ、三人は歩いて町はずれのガソリンスタンドに寄る。そこには泊まり込みの小林旭と婚約者・木室郁子がいた。

最初に写るのが列車の窓の悪相・西村晃、見交わすのが悪女然とした左幸子、この出だしからフィルムノワールの気分が全開。西村と左はトレンチコート、葉山は白スカーフに黒オーバー、男はともにソフト帽のお決まりスタイルが嬉しい。三人は微妙な緊張関係のまま若い二人を加えた五人のドラマになる。

と思いきや、小林の机の写真から小林の兄は二谷英明とわかり、二谷と葉山は戦友で捕虜収容され、過酷な炭鉱労働を課せられるうち二谷は葉山の手引きで脱走。葉山は「自分は機械だ」と言い聞かせ、五年後に釈放され故国に戻るが、すでに自分の場所(大学研究室というのがいい)は無く、虚無的なまま殺し稼業に雇われ二谷と再会する。これが、語りだけで済むのに大規模な塹壕の戦闘爆破シーンや、地下の炭鉱労働、再会後の派手なルーレット賭博のクラブなど、たっぷりの回想が実写されて思わぬスケールになる。

やがて冷徹な機械を自認する葉山は「仕事」として、左と結婚しようとしていた二谷を殺したことが明かされる。そして兄殺しに怒る小林に拳銃を渡し「俺を撃て」と言う。

逃げる悪人三人が夜の町外れのガソリンスタンドに侵入するという定番ノワールに人物背景は入れ過ぎで、心理や告白を台詞でえんえんと説明し、観念的な作品の狙いと言わすのは小説家が脚本を書いた欠点だ。

しかしそれ以外の描写はいい。深い霧に満ちた一夜の白黒シネスコ画面、美術:木村威夫セットのガソリンスタンド、ガラス越し室内の五人の声は聞こえないまま移動撮影する効果、あまりメロディをつくらず単音を刻む佐藤勝の音楽などは本場アメリカの50年代フィルムノワールと変わらない。クールな葉山が気に入ったのか、蔵原は翌年の『第三の死角』でも起用して傑作にしている。

スタイリッシュな蔵原フィルムノワールの名作中の名作!

  『第三の死角』©日活

『第三の死角』
シネマヴェーラ渋谷
特集「ニッポン・ノワール」(2018.3/31〜4/21)で上映。

1959(昭和34年)日活 97分
監督:蔵原惟繕 原作:小島直記
脚色:直居欣哉/蔵原弓弧 撮影:藤岡粂信
音楽:佐藤勝 美術:松山崇
出演:葉山良二/長門裕之/森雅之/東野英治郎/芦田伸介/稲垣美穂子/渡辺美佐子/浜村純/深江章喜/初井言栄
太田ひとこと:退職金を切りだした葉山良二を余裕で受けたボス森雅之は、小切手を書こうとしてわざとインク瓶を倒し、深江章喜を呼ぶあたりのサスペンス、カメラアングルのうまさ。

造船会社の野心的なサラリーマン・長門裕之は、経営に抗議する組合デモをうまくさばいてワンマン社長・東野英治郎に認められる。認可がおりないまま造船を始めて苦慮する経営陣は、認可事務所が某筋から賄賂を得ていると疑い、長門は調査をかって出る。某筋は産業界の大物でナイトクラブを経営する森雅之、その右腕が葉山良二。長門が会いに行った葉山は大学時代の親友だった。

社長令嬢の稲垣美穂子は幾人も恋人を持つと広言するわがまま娘だが、それを冷たく見る葉山に次第に惹かれてゆく。長門は重役・芦田伸介の仲介で稲垣との見合いを奨められ、自分には恋人・渡辺美佐子がいるけれど出世のため承諾する。やがて稲垣が葉山に気があるのを察し、親友葉山に裏稼業は止めて彼女と結婚するのを勧める。稲垣は軽井沢に葉山を呼びだし直接恋心を伝え葉山は受け流すが、かすかに動揺したようだ。

森は造船会社の株を大量に取得して経営実権を狙っていると察知した長門は稲垣に、会社のため、彼女の持つ大量株を絶対に葉山に渡すなと忠告する。しかし稲垣は株券をすべて持って家出して葉山に会う。

会社存続を賭けた株主総会の仕切りをまかされた長門は、一世一代の舞台と着々と進めるが、閉会間際の葉山の大量株保有発言でてんやわんやの流会となり窮地に立つ。その裏には社長・東野と黒幕・森の密約があり、長門は表向きの駒に使われただけだった。総会終了後ひとり屋上に上がった長門に葉山は「俺たちはどうしてこうなった」と言うが答えず、そのまま飛び降り自殺する。

葉山は長門に奨められた稲垣と生きる決心をし、森に自分は辞めるので退職金をもらいたいと言うとにっこり認められるが、手下・深江章喜に彼を撃たせて乱闘となり、森とも相撃ちになる。葉山は稲垣に「今日は行けない」と電話をかけてこと切れる。

表向きボクシングジムを経営する葉山に会いに来たのが大学時代の親友だったとわかった二人は、互いに敵同士になっているのを察し、ショートサンドバッグを叩き合いながら、手加減はしないぜと別れる場面のすばらしさ。

稲垣は告白のため葉山を軽井沢に呼びだすあたりはまだお高くとまっているが、その次のヨットハーバーは、自立の哀愁を感じさせるコートにハイヒール姿で、同じ蔵原の前作『俺は待ってるぜ』で裕次郎と北原三枝が会ったのと同じ波止場の長い埠頭に立ち、ここにロマンが生まれる。美人なのにあまり演技は期待されていなかったかのような稲垣美穂子は、驕慢な娘が一途に変身する女ごころを熱をこめて演じ、こんな良い女優だったかと目を見張る。他方、私のごひいき渡辺美佐子は、野心に燃える長門を心配しながら彼の子をみごもり、令嬢稲垣との話を知って自殺する哀れなOL役。人目を隠れて弔問した長門は、卓袱台の貧しい位牌に手を合わせ自責の念にかられるが、振り切るように株主総会に臨む。ドラマにはずみをつける構成の妙。

成り上がる野心のあるサラリーマン長門、冷静な葉山、腹黒いダンディ・森、老獪な社長・東野、その重役・芦田、小心な係長・浜村純、凶暴なボクサー用心棒・深江章喜、とすべての役者はぴたりと決まる。蔵原監督は、緊迫の対決から一転、クラブで踊る白木マリへなど巧みな場面転換で、心ならずも敵対した男と成長するヒロインの緊密な脚本をきびきびと進め完璧なドラマに作った。これぞスタイリッシュな蔵原フィルムノワールの名作中の名作。その特質はわが渡辺武信師匠の決定的な文を借りよう。

〈蔵原の作家としての特徴は、大胆なカメラ・アングル、カメラワークから生まれる流麗にして端正な映像美と、そうした映像の虚構性の自覚につねに裏打ちされているテーマ性との結合にある。〉(『日本映画監督全集』キネマ旬報社)

蛇足ですが、わが蔵原ベスト12。『俺は待ってるぜ』『風速40米』『第三の死角』『海底から来た女』『われらの時代』『ある脅迫』『銀座の恋の物語』『憎いあンちくしょう』『硝子のジョニー 野獣のように見えて』『何か面白いことないか』『執炎』『夜明けのうた』。次点『愛の渇き』。つまりほとんどが秀作。

  2018年3〜4月に上映された「ニッポン・ノワール」のチラシ

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

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