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「涼宮ハルヒ」シリーズ、なぜ大ブームになった? 優れたストーリーとキャラの魅力を再考

リアルサウンド

20/10/8(木) 9:00

 谷川流の「涼宮ハルヒ」シリーズの最新刊『涼宮ハルヒの直観』が、2020年11月25日、角川スニーカー文庫より刊行される。実に9年半ぶりの新刊である。しかも250ページを超える完全書き下ろし「鶴屋さんの挑戦」が収録されるそうだ。

 かつての「涼宮ハルヒ」ブームを体験した人間としては、大いに期待をせずにはいられない。そんなときシリーズに関する原稿を依頼され、あらためて作品を読み返した。当時の熱狂はすでにないが、やはり面白い物語だった。

 シリーズの第1弾となる『涼宮ハルヒの憂鬱』は、第8回スニーカー大賞受賞作だ。作品は、2003年6月に、角川スニーカー文庫で刊行される。同時に、電撃文庫から『学校を出よう! Escape from The School』も刊行され話題となった。こちらも面白い作品なのだが、人気という点では『涼宮ハルヒの憂鬱』が、ぶっちぎりであった。なにがそんなに受けたのか。ストーリーとキャラクターに、強い魅力があったのだ。

 物語の語り手は、キョンと呼ばれる男子高校生だ。子供の頃に、アニメ的特撮的漫画的物語の世界に憧れていたが、中学を卒業する頃には夢から卒業。自分は脇役の立場で生きていけばいいと思っている。そんな冷めた彼が、山の上にある県立高校に入学。同じクラスの後ろの席にいる、涼宮ハルヒという少女と出会う。

 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」という、とんでもない自己紹介をするハルヒに驚くキョン。どうやら彼女は、中学校でも数々のとんでもないエピソードを持つ、有名人だったらしい。ハルヒに声をかけたことから、彼女のペースに巻き込まれ、同好会未満のSOS団(正式名称は「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」)を立ち上げる。

 無口で本ばかり読んでいる長門有希、小柄で童顔の朝比奈みるく、転校生の古泉一樹。他のメンバーも集まり、張り切るハルヒ。しかし彼らの正体は、意外なものであった。そしてハルヒも、世界を揺るがす大きな秘密を持っている。平凡な一般人であるキョンも、いつのまにか世界規模の騒動に巻き込まれていくのだった。

 平凡な男の子と、エキセントリックな女子の、ボーイ・ミーツ・ガール物語として始まったストーリーは、途中からSFへと変容。さらに、ハルヒの秘密が明らかになるとセカイ系になる。セカイ系の定義は難しいのだが、ここでは個人の事情が世界の危機と直結している物語だと思っていただきたい。おお、ここまで話を広げるのかとビックリしていたら、最終的にボーイ・ミーツ・ガール物語へと回帰して落着する。子供の頃に、フィクションの世界の住人になりたいと思ったことのある人なら、誰でも好きにならずにいられない、きわめて優れたストーリーなのだ。

 一方、キャラクターに注目すると、こちらも素晴らしい。涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくる。3人とも独自の設定を持った美少女で、それぞれの魅力を発揮しているのだ。男性陣も、美形の古泉一樹と平凡なキョンを、そつなく並べている。男性女性、どちらの読者にも受けるキャラクターが揃えられているのだ。さらに、いとうのいぢのイラストが、キャラクターの人気に拍車をかけた。また、京都アニメーションが製作したテレビアニメによって、一大ブームが巻き起こることになる。

 ところで私がシリーズで一番感心したのは、キョンの描き方である。SOS団唯一の一般人。しかし、濃すぎるメンバーに囲まれても、印象が薄くなることはない。なぜなら彼は、ハルヒがこの世界にとって最重要人物だと知っても、きちんと彼女と向き合うからだ。

 たとえばシリーズ第2弾『涼宮ハルヒの溜息』で、みくるをぞんざいに扱うハルヒに対して、怒りを露わにする。たとえハルヒがどんな存在であっても、クラスメイトであり、SOS団の仲間だと思っているからだ。この時点で他の3人は、ハルヒの行動に対処しているだけである。どんなに親しく見えても、対等の関係になることはない。ハルヒの隣に立っているのはキョンだけだ。だからこそハルヒは、キョンのいうことには、たまに従う。平凡な少年を平凡なまま、物語の中に屹立させる、作者の手腕が鮮やかだ。

 などとシリーズの面白さを語っていたら、『涼宮ハルヒの直観』への期待が、どんどん高まってきた。久しぶりにSOS団と再会できる日が、今から楽しみである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
シリーズ最新刊『涼宮ハルヒの直観』(角川スニーカー文庫)
著者:谷川流
イラスト:いとうのいぢ
出版社:KADOKAWA
発売日:11月25日
https://kimirano.jp/special/haruhi_chokkan/

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