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田中泰の「クラシック新発見」

超人気曲『ゴルトベルク変奏曲』の背景とは

隔週連載

第14回

『ゴルトベルク変奏曲』

クラシック史上に残るさまざまな逸話の中でも特に印象的なのが、ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)のリューベックへの旅だ。

1705年秋、ドイツのアルンシュタットで教会オルガニストを務めていた20歳のバッハは、4週間の休暇をとってリューベックの聖マリア教会オルガニスト、ブクステフーデ(1637?-1707)を訪ねる。ところが勝手に予定を延長して3ヶ月も滞在し続けたことで、勤務先の教会からえらく叱られたというから可笑しい。しかし、片道約400キロもの距離を歩いて体験した高名なブクステフーデの音楽は、その後のバッハに大きな影響を与えたのだ。その成果のひとつが『ゴルトベルク変奏曲』だ。

当地で体験したブクステフーデの“アリア『ラ・カプリッチョーザ』と32の変奏曲”のスタイルを踏襲し、調性も同じト長調で書かれた『チェンバロのための様々な変奏を持つアリア』が出版されたのは1741年。20歳で敢行したリューベックの旅から36年後の作品だ。不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために作曲したこの曲が『ゴルトベルク変奏曲』と呼ばれるようになったのは、演奏したのが、当時14歳だったバッハの弟子ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクだったからというのが通説だ。

筆者の愛聴盤

バッハが参考にしたブクステフーデの変奏曲は、残念ながらコンサートで演奏される機会がほとんどない。筆者は、ラルク・ウルリク・モーテンセンによるチェンバロ盤と、フランチェスコ・トリスターノによるピアノ盤を愛聴している。バッハが受けた刺激を体験するためにもぜひ聴いてほしい作品だ。

一方『ゴルトベルク変奏曲』の方はといえば、今やバッハ作品のみならず、クラシック史上屈指の人気曲のひとつに数えられる名曲だ。8月9日週の「J-waveモーニングクラシック」で4日間に渡って行った聴き比べも大好評。本来のチェンバロ盤(ピエール・アンタイ)のほかに、ピアノ盤(ラン・ラン)、金管五重奏盤(カナディアン・ブラス)、室内オーケストラ盤(トレヴァー・ピノック指揮、ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック・ソロイスツ。アンサンブル)と聴き比べてみることで、作品の新たな魅力が浮き彫りになる。

素晴らしいのは、どのような編成に於いても作品が陳腐にならないこと。これこそがバッハの凄さと言えそうだ。今回番組の中では紹介できなかった弦楽三重奏やオルガン、ハープ、ギターなど、さまざまな楽器のための編曲が存在することからも、作品自体の人気の高さが伺える。そのきっかけとなったのが、カナダ出身のピアノの鬼才グレン・グールド(1932-82)だ。1955年のデビュー盤と1981年の再録音によるふたつの『ゴルトベルク変奏曲(ピアノ演奏盤)』は共に大ベストセラーを記録。グールド伝説は完璧なものとなったのだ。なにより、チェンバロで演奏されることの多い同曲を、ピアニストにとって重要なレパートリーに定着させた意義はこの上なく大きい。

さて朗報だ。この名作を3つのバーションで聴き比べようという奇抜なコンサート「『ゴルトベルク変奏曲』で満たされる一日」が開催される(9月23日:浜離宮朝日ホール)。チェンバロ、ピアノ、弦楽五重奏の3バージョンに、トークや休憩を挟むと8時間にも及ぶこの長大なステージからは、片道約400キロの道のりを歩き、36年間も企画を温め続けたバッハの熱い想いが伝わってくるに違いない。

「『ゴルトベルク変奏曲』で満たされる一日」

http://www.millionconcert.co.jp/concert/detail/2021_09/guide/210923goldberg.html

プロフィール

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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