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第41回 日本SF大賞ノミネート作品、栄冠を掴む作品は? 『タイタン』から『100文字SF』まで、総ざらい

リアルサウンド

21/1/10(日) 9:00

 第41回日本SF大賞の最終候補作が出そろった。全9巻に及ぶ宇宙が舞台のミリタリーSFもあれば、100文字で表現されたSFを集めた作品集もあり、国内外の優れたSFを編んだアンソロジーもあってと、幅広い表現から選ばれた候補作が並んだ。2月下旬の選考会で選ばれるのはどの作品か。

第41回日本SF大賞最終候補作(作品名・五十音順)

・『歓喜の歌 博物館惑星III』菅浩江(早川書房)
・《星系出雲の兵站》全9巻 林譲治(ハヤカワ文庫JA)
・『タイタン』野﨑まど(講談社)
・立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して
・『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶(編)(新紀元社)
・《日本SFの臨界点》全2巻 伴名練(編)(ハヤカワ文庫JA)
・『100文字SF』北野勇作(ハヤカワ文庫JA)
https://sfwj.jp/awards/Nihon-SF-Taisho-Award/41/20201208230101.html

 烏丸三樹夫という名前にグッときたら、『星系出雲の兵站』(ハヤカワ文庫JA)全4巻と、『星系出雲の兵站-遠征-』(ハヤカワ文庫JA)の全5巻から成る林譲治の《星系出雲の兵站》シリーズを手に取るべきだ。期待に違わない活躍ぶりを、少将の地位にあるこの烏丸三樹夫という登場人物が見せてくれるから。

 立烏帽子を被り狩衣姿で手に刀を持って、侵略してくる宇宙人を相手に戦う訳ではない。そうした白兵戦は、シャロン紫檀という降下猟兵の女性師団長が受け持って、人類を突如襲った未知の宇宙生命体・ガイナスを相手に演じてくれる。烏丸少将はむしろ頭脳派。士官大学校で教鞭を取っていた時から変わり者と呼ばれた人物ながら、卓越した才知で未曾有の危機に立ち向かう。

 地球を出た人類が、後に出雲と呼ぶようになる星系にたどり着き、文明を築いてから近隣の星系へと版図を広げていった。そこに突如現れたのが謎の敵ガイナス。全くコミュニケーションが取れない相手に人類は苦戦する。

 宇宙における艦隊戦の迫力と、そうした軍隊を支える社会であり政治であり経済といったバックグラウンドの丁寧な描写から、人類が宇宙で繁栄し、そして何者かと対峙する未来のビジョンをもたらしてくれるストーリー。その後半となる『出雲星系の兵站-遠征-』で登場して来た烏丸少将の活躍が目覚ましい。そこから浮かび上がってきたガイラスの正体や目的に、コミュニケーションの大変さを強く感じさせられるだろう。

 長大なストーリーで壮大なテーマを描くSFもあれば、わずか100字で不思議なビジョンを見せ、驚きを与えるSFもある。北野勇作の『100文字SF』(ハヤカワ文庫JA)に収録された作品は何と200篇。それぞれがほぼ100字で書かれていながら、人類が絶滅した世界で、人類に使われていたある道具が人類を再生するという話があり、人間を食う怪物と戦うために、巨大化した人間を作ったことで、勝利以外の別の効果がもたらされたという話もあってと実に多彩だ。

 説明するだけでも100字に届きそうなストーリー。それを、切れ味鋭い言葉と展開によってつづって読む人の心を刺激する。もともとは作者のTwitterで2015年から発表されてきた「ほぼ百文字小説」で、その数は2000篇に及ぶという。収録された200篇の中には、夢で見るような脈絡のない不条理な話もあれば、正気ではなくなった人が見ている幻想のような話も。2000篇書いてもまだまだアイデアが溢れ出す北野勇作という存在、それ自体が一種のSFだ。

 北野勇作は2001年に『かめくん』で第22回日本SF大賞を受賞。今回受賞すれば、飛浩隆、酉島伝法に続く2度目の受賞となる。これとは違い、同じシリーズが2回目の日本SF大賞ノミネートとなったのが菅浩江。今回取り上げられた『歓喜の歌 博物館惑星III』(早川書房)は、2000年の第20回日本SF大賞で候補作となった『永遠の森 博物館惑星』から続くシリーズ3作目に当たる。

 〈アフロディーテ〉と呼ばれ、地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館苑を舞台に、新人自警団員の兵藤健と、総合管轄部署〈アポロン〉に配属されたばかりの尚美・シャハムが、創立50周年記念フェスティバルの裏で贋作組織の摘発に臨む。陥った危機から健が脱するクライマックスがスリリングで、未来が舞台のミステリとしても楽しめる。第1作は日本SF大賞を逃したものの、日本推理作家協会賞を受賞した。

 作家として2回目のノミネートとなるのが、『タイタン』(講談社)の野﨑まど。前回は、酉島伝法が『皆勤の徒』で最初の受賞を果たした第34回日本SF大賞に、『know』(ハヤカワ文庫JA)がノミネートされた。人間の進化を扱った内容で衝撃を与えた『2』(メディアワークス文庫)のテーマを、より発展させたような内容を持った作品だった。

 今回ノミネートの『タイタン』は、生産から日常的なサービスまで、すべてを人工知能が人間に替わってやってくれるようになり、誰も働かなくてよくなった世界が舞台。仕事が趣味になったような状況で、働くということがどういうことなのかを問い直される設定は、新型コロナウイルス感染症によってすべてが停滞し、働けなくなった世界で人が動く意味を考えさせた。超絶的なスケールを持った一種のラブストーリーも同時に描かれていて、映像化されたらどんなビジョンになるか、気になって仕方がない。

 今回の日本SF大賞には、アンソロジーが2作品ノミネートされた。ひとつは『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)が前回の日本SF大賞にノミネートされた伴名練が編者となった《日本SFの臨界点》(ハヤカワ文庫JA)全2巻、もうひとつは劉慈欣『三体』の世界的な人気で注目を集める中国SFを、翻訳者として紹介してきた立原透耶の編による『時のきざはし 現代中華SF傑作選』(新紀元社)だ。

 伴名練の編著には、中井紀夫の「死んだ恋人からの手紙」や、芥川賞作家の円城塔による「ムーンシャイン」、柴野拓美が主宰したSF同人誌「宇宙塵」で初期に活躍した光波耀子の「黄金珊瑚」など、幅広い作品の中から現在読むのが難しくなっているSF短編が集められた。『時のきざはし』は、劉慈欣と並び「中国SF四天王」と称される王晋康、韓松、何夕や、ハードSFの江波、若手で注目株の陸秋槎らを紹介。ますます隆盛が見込める中華圏のSFを知ってもらう機会を作った。

 立原透耶は中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対しても、今回の日本SF大賞へのノミネートが行われている。なぜ作品でなく編著や活動がノミネートされるのか、といった声もありそうだが、日本SF大賞は、フィクションによってもたらされるSF的想像力への驚きにのみ、与えられるのではない。編纂のような活動を通して、SFの発展に寄与した場合にも与えられるものである以上、ノミネートも当然で受賞があっても不思議はない。気になる選考は2月下旬。どの作品の上に栄冠は輝くか。手に取って読みながら発表を待ちたい。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

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