片桐仁の アートっかかり!
敬愛する横尾さんのグッズに身を包み、駆け込み鑑賞!『GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?』
毎月連載
第31回
今回は閉幕間近の『GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?』(東京都現代美術館、10月17日(日)まで)へ! 片桐さんも敬愛する世界的アーティスト、横尾忠則さんの過去最大規模の個展です。担当学芸員の藤井亜紀さんに解説していただきました。
総展示作品数はなんと600点超!
片桐 今日は大好きな横尾忠則さんの展覧会ということで、マスクもシャツもTシャツも横尾さんもので揃えてきました! 前回開催された東京都現代美術館の「横尾展」も見にきたんですよ。
藤井 ありがとうございます。前回の「横尾展」というと2002年開催の『横尾忠則 森羅万象』ですから、約20年前のことになりますね。当時も約370点展示した大規模な展覧会でしたが、今回は600点以上の作品を14の章に分けて紹介しています。
片桐 そんなにたくさん!
藤井 じっくり見てると時間がかかるので、今回はダイジェストで紹介しますね。まず、展覧会の冒頭では1980年代の作品を展示しています。グラフィック・デザイナーとして活躍していた横尾さんは、1980年にニューヨーク近代美術館(MOMA)で、ピカソの絵を見て衝撃を受け、画家になることを決意します。この部屋にある作品は、横尾さんが40代後半で描かれたものですね。試行錯誤していたためか、さまざまなモチーフ、技法が使われています。
片桐 三島由紀夫に日本神話、エル・グレコに自画像などいろいろなモチーフを使っていますね。キャンバスに骨をつけたり、電飾をつけたり、コラージュもたっぷり、自由な感じがします。それにしても、当時の横尾さんはグラフィック・デザイナーとて大人気だったはずなのに、あえて画家に転向したのはどうしてなのでしょう?
藤井 やはり、デザイナーの仕事はクライアントがあって成立するもの。どんなに活躍していたとしても、どこか制約を感じていたのではないでしょうか。
片桐 僕はいま47歳なんですよ。横尾さんが画家に転向したときとほぼ同い年。その年齢で未知の世界に飛び込むなんて本当にすごいことです。それにしても、緻密であったり、ざっくりであったり、作品によって作風が大きく異なるのもすごい。
藤井 横尾さんは、自分が影響を受けたものを模写したり、コラージュしたりすることが多いですね。元の絵が持っているパワーのようなものを作品に取り込もうとしているのかも。
片桐 この作品はフラ・アンジェリコの《受胎告知》ですよね。でも、もはや別物、模写にはなってないですよね。なんか、女性の体から人が出てきているし。
藤井 「受胎告知」は、大天使ガブリエルがマリアに懐妊を告げる場面です。横尾さんは「宿す」というモチーフから、芸術家がインスピレーションを元に作品を生み出すというふうにとらえています。
片桐 真ん中の作品なんて天使が銃を持っているし、画面の上にはお土産物の「万里の長城」のペナントが貼ってあるし、わけがわからない。でもそれがおもしろいです。
「滝」に包まれるダイナミックなインスタレーション
藤井 そして、こちらは「滝のインスタレーション」。横尾さんは夢に見たことがきっかけで、1988年ごろから滝の絵葉書を集め始め、それをもとに滝の絵を描くようになります。このインスタレーションは、横尾さんの絵葉書コレクションのうち約1万枚を使ったものです。
片桐 すごーい! 上から下まで滝だらけで、滝に包まれているみたい。よくこれだけ集めましたね。幻想的ですね~。
藤井 世界中から集めたそうです。絵葉書と鏡の壁を交互に配置しているので滝が増殖しているように見えますね。
片桐 横尾さんは、発想はもちろん、作品もダイナミックだから圧倒されてしまいます。この赤い部屋もインパクトが強い!
藤井 横尾さんはいろいろなテーマで作品を描いていますが「死」もその一つです。小さいときに空襲で空が真っ赤に染まる風景を見ているのですが、その赤い色が、死者や輪廻転生、宇宙などに結びついているんですね。
片桐 作品に家族やご自分の若かったころなどもよく登場させていますね。自分の記憶をとても大切にしているんですね。
片桐 そして…、でた! 「Y字路」のシリーズですね。
藤井 横尾さんの代表作シリーズのひとつです。Y字路のシリーズは、故郷の西脇市でよく通っていた模型店の跡地にノスタルジーをおぼえて撮影したものの、後日現像して見てみたら全く違う印象を受けた、という経験が制作のきっかけとなっています。最初は実在するY字路を撮影して、絵にしていたのですが……。
片桐 だんだん色が変わっていき、要素が加わっていき、横尾さんの世界になっていくんですね。オーロラがあるY字路まである。
藤井 横尾さんの個展は多くの美術館で開催されていますが、その展覧会場に合わせた「ご当地Y字路」作品もたくさんあるんですよ。
藤井 そしてこちらは「タマへのレクイエム」というコーナーです。横尾さんは、タマという猫を飼っていたんですが、2014年に亡くなってしまったんです。その年からタマの絵を書き始めて、現在約90点制作しています。
片桐 生前は描いてなかったということですか?
藤井 そうなんです。亡くなって大量に描き始めました。それまで撮っていた写真をもとに描いています。作品は「タマ、帰っておいで」という本に収録されているんですが、今回の展覧会ではその本に収録された作品の大部分が展示されています。
片桐 タマの作品だけでも展覧会ができちゃいますね。生きているときは描かなかったけれど、亡くなってから描き始めたって、いろいろな意味を考えてしまいますね。フラッシュを焚いて撮った写真をそのまま模写しているものもありますね。光の当り方が写真そのままだし、薬の紙に描いた作品とかもあるのもおもしろいです。
最新の連作のテーマは「寒山拾得」
藤井 そして、新作がならぶ「原郷の森」。この空間にある作品は、だいたいこの1年半くらいの間に描いています。
片桐 すごいハイペース! お元気ですね〜。
藤井 いまも毎日アトリエに通って制作されていますしね。連作のテーマは「寒山拾得(かんざんじっとく)」です。寒山と拾得は、中国の唐時代の禅僧で中国の水墨画や江戸の絵画によく登場しています。本来でしたら、寒山は巻物、拾得はほうきを手に持っているんですが、横尾さんが描くと、寒山はトイレットペーパー、拾得は掃除機を持っていたりするんですね。そこからさらにトイレも描かれるようになります。
片桐 発想がどんどん膨らんでいって発展していっちゃうんですね。しかし、この寒山も拾得も、どことなく横尾さんに似ているな〜。
片桐 そして、締めとなる作品はポスターにもなっている横尾忠則《T+Y自画像》ですね。このサイズの自画像を80歳過ぎて描くのがすごいなあ。
藤井 自画像の左上に首吊のひもが描かれています。横尾さんはグラフィック・デザイナー時代に作った自分のポスターにも、自分が首吊り自殺をしたイメージを描いているんですよね。
片桐 同じモチーフをずっと扱い続けているのもすごいなー。今日は駆け足で見てしまったけれど、時間が許すなら全作品、もっと時間をかけてじっくりと見たいです。ものの見方、発想の拡大の仕方は本当に刺激になりました。閉幕が近づいていますが、また見に来たい展覧会です!
構成・文:浦島茂世 撮影:源賀津己
プロフィール
片桐仁
1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催。