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『五等分の花嫁』が女性の心も掴んだワケ ラブコメの可能性を拡げた、ヒロインの個性と主人公の誠実さ

リアルサウンド

20/4/15(水) 8:00

■「同じ顔」だから際立つ、ヒロインたちの個性と選択

 少年マンガのラブコメといえば、男性読者のさまざまなニーズにこたえるために、いろいろなタイプのヒロインを登場させることが多い。真面目で清純派の王道ヒロインや、主人公にちょっかいを出すツンデレキャラ、セクシーなお姉さんや歩けば転んでパンチラしてしまう童顔ドジっ子など、どんなタイプなのか伝えようとする漫画家の努力が伝わるキャラクターデザインの女の子たちが多数活躍する。

関連:全員の顔がわかる『五等分の花嫁』最終14巻書影

 ところが、2017年8月より『週刊少年マガジン』誌上で連載が始まった『五等分の花嫁』は、そんな定石を覆した。同作には5人のヒロインが登場するが、彼女たちはみんな同じ顔。それどころかDNAまで同じものを持つ、一卵性の五つ子だったのだ。

 ひょんなことから勉強の苦手な五つ子の家庭教師をすることになった主人公の男子高校生・上杉風太郎が、五つ子の誰かと結婚式を迎えるシーンから始まる本作は、花嫁の顔だけでは「いったい誰が花嫁になるのか」がわからないという五つ子の特性を生かしたミステリー要素や、一花・二乃・三玖・四葉・五月という五人のヒロインの超絶的なかわいらしさが話題を呼び、一躍人気作に。2017年10月に第1巻が初版4万部で発売されたあとは、2018年8月にアニメが放映され、2020年1月には単行本が累計1,000万部を突破している。

 「内面か、外見か」というのは、恋愛において頻繁に繰り返される疑問だが、本作においてはヒロインの外見は同じである。だからこそ、内面の違い、そして、彼女たちが選び取る行動やライフスタイルが際立つ。同じ容姿、同じ生活環境で育っているからこそ、どんな性格になって、なにを好きで、どんなものを身につけるかは、ヒロイン自身の個性であり、なにを選び取ってきたかの結果だからだ。

■パンチラ要員ではない、「一人の人間」としての女の子の魅力

 著者の春場ねぎ氏はインタビュー『5分の4の読者に嫌われる覚悟で。『五等分の花嫁』春場ねぎが語る、ヒロイン創作秘話』(https://news.livedoor.com/article/detail/17065762/)のなかで、ヒロインたちが身に着ける私服や小物について「5人それぞれ検索ワードを決めていて、一花は『セレブ』『大人っぽい』、二乃は軽めのロリータっぽいブランドがいくつかあるので、そのブランド名で調べ」ている、と述べている。

 ヒロインたちが身に着けるもののディテールまで、彼女たちのライフスタイルを尊重して描いているからこそ、キャラクターが作品世界の中で実際に生きていることを実感でき、読者は彼女たちの在り方にひきつけられ、目を離せなくなっていく。とくに、女性読者は自分や同性の友達が身に着けるようなアイテムだからこそ、そのリアリティには敏感だ。

 また、著者自身がツイッターで「本編では余程のことがなければ着用時の下着は見せないようにしています。これはパンツを見せたらヒロインの格が落ちるという謎の宗教に入っているせいでもあります。裸は大丈夫なので本当に謎です。よく読んでる方は知ってるかもしれませんが一度だけ不安になって描いちゃったことはあります。」(https://twitter.com/negi_haruba/status/1105136703533010945)と語っているように、本作では少年マンガにありがちなパンチラのようなものがほとんどない。セクシーな描写すべてを否定するわけではないが、思想の感じられないアイキャッチ的なパンチラばかり見させられると、やはり女性読者としては心を削られることもある。

 そういったエロ描写を封印して、キャラの魅力や演出、構成の妙で読者をひきつける『五等分の花嫁』のヒットはラブコメの可能性を拡張した。女性読者としてもラブコメ愛好家としてもこういった作品にリアルタイムで触れられたことを幸せに思う。

 ちなみに、公式によると5人の身長は159センチ、体重は5人で250キロ。1人だいたい50キロ前後ということであり、このあたりの無理のない設定にも、ヒロインを記号でなく生きた人間として扱おうとする姿勢が感じられる。

■「ただしイケメンに限る」わけがない男女の間に芽生える絆

 また、近年ヒットしている男性向けラブコメで感じるのは、「男性キャラの好感度が高い」ことだ。以前、少年マンガ誌の編集者と話した時、「ラブコメは女性読者も手に取りやすい」と言っていたのが印象に残っているが、意図的か無意識かは別として、女性が好感を持ちやすいキャラクターを主人公に据えた作品のほうが、売り上げや評価も高い印象がある。

 ただし、女性が好感を持ちやすいというのは「イケメン」である、ということではない。私がひとりの女性読者として好感が持つ男性主人公とは、女性をトロフィーワイフのように獲得品としてみるのでもなく、エロ供給者としてみるのでもなく、一人の人間として関係を築ける男性だ。本作の主人公・風太郎もそういった男性のひとりである。

 『五等分の花嫁』では、最初ほとんどのヒロインが主人公の風太郎に対して反抗的である。そこから5人がそれぞれに恋心や好感を風太郎に持っていくわけだが、それには風太郎自身がマイナスをプラスにするだけの魅力と説得力を持っていなければならない。

 風太郎は経済的に恵まれない中で効率を重視するあまり作品の冒頭では自己中すぎるきらいもあるが、作品が進むにつれて、五人それぞれと絆を深め、時に背中を押し、時に背中を押される関係を築いていく誠実で信頼のおける人物だ。

 4月17日に発売する最終14巻では、風太郎がついに一人の女性を選び、作品冒頭の花嫁が誰だったかが確定する。前述のインタビューで、著者の春場ねぎ氏は、「ラストまで全身全霊で頑張らなくちゃいけない。花嫁ではない4人を切り捨てる結末ではなく、それぞれ女の子たちが風太郎としっかり決着をつけるラストにしたいです」と述べている。

 私たちの多くが経験しているように、大好きな相手に選ばれずに終わる恋は珍しくない。本作では4人のヒロインが、その切なさを味わうことになる。けれど、作者がこういってくれる限り、選ばれなかった結末だって、ヒロインたちにとっては大好きな人と築き上げた尊いものに違いない。あなたの「推しヒロイン」は選ばれないかもしれないが、彼女たちと風太郎の選んだただひとつの選択を、ぜひ、その目で確かめてほしい。

(文=六原ちず)

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