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『人生、ただいま修行中』を手がけたニコラ・フィリベール監督 (C)Archipel 35, France 3 Cinema, Longride - 2018

ドキュメンタリー映画界の巨匠、ニコラ・フィリベール監督が語る。「自分もまだ修行中」

ぴあ

19/10/31(木) 12:00

世界的な大ヒットを記録した『ぼくの好きな先生』や『パリ・ルーブル美術館の秘密』、『音のない世界で』などで知られるフランスのニコラ・フィリベール監督。フレデリック・ワイズマンらと並ぶドキュメンタリー映画界の世界的巨匠である彼は、寡作ながらこれまでに数々の傑作ドキュメンタリーを生み出してきた。今回の新作『人生、ただいま修行中』は、実に11年ぶりの日本公開作品。来日した彼が今回の作品について語るとともに、これまでのキャリアを振り返った。

そこにカメラがあるとは思えない。まるで、その人を温かく包み込むかのような眼差しで、その人物の普段着の姿を収めてきたフィリベール監督。そんな彼の温かな眼差しによるカメラが見つめたのは、パリ郊外にあるクロワ・サンシモン看護学校だった。看護師を目指す若者たちに密着取材するに至るきっかけは自身の体験にあったと明かす。

「2016年1月のこと、わたしは塞栓症で救急救命室に運ばれました。その後、集中治療室に移り、幸い一命をとりとめました。それで回復したとき、思ったのです。『医療関係のみなさん、特に献身的にサポートしてくださった看護師のみなさんに敬意を表したい』と。その気持ちがこの映画を作ることにつながっていきました」

学校で学ぶ生徒たちは、年齢も性別も国籍も出身地も宗教もさまざま。フィリベール監督は、マネキンを相手にしての訓練から、実際に患者さんを相手にしての実習まで、生徒たちの研修の日々をつぶさに見つめている。そして、初めて患者さんを前にして戸惑いと緊張、生徒間でのおどけた様子など、生徒ひとりひとりのさまざまな表情を収録。そうしたシーンで編み上げられた作品は、生徒たちの肖像を浮かび上がらせると同時に彼らが右も左もわからないひよっこから、一人前の看護師へと成長していく過程が見事に収められている。

「医療というのは命の最前線とでもいうべき現場。さまざまな困難があることが容易に想像できます。その世界に飛び込んだ彼らのファーストステップをつぶさに見つめることに徹しました」

通常ならば、撮られたくないと思われる、指導官と生徒の面談の場面。そこも記録することに成功している。

「指導官から厳しい意見が飛び交いますし、生徒のほうからも不平不満を漏らすことや今後の不安の言葉が出る。できれば表に出したくない、本音が吐露される場所ですから、撮影を断られてもおかしくないところでした。でも、彼らはカメラが入ることを快諾してくれたんです。いまはもう感謝の言葉しかありません」

では、フィリベール監督が、今回の看護師を目指す若者たちと同じころ。見習い時代ともいえる助監督時代はどんなことを考えていたのだろう。

「そのときから変わらず、今もまだまだわたしは修行中と思っています(笑)。自分が映画を撮り続けている理由のひとつは、自分自身がまだ修行の身で『いろいろなことを学びたい』と思っているからといっていい。もちろん多くの経験を積んで、それによっていろいろな知識が増えてはいます。ただ、そうした長年の経験によるテクニックやノウハウを土台に、ある種の馴れをもって映画を作りたくない。まだ、何か自分は学ぶべきことがあるんじゃないか。世界に対して、社会に対して、自分に対して学ぶべきことが無限にある。そうした好奇心が次回作への原動力や意欲になっているんです」

その上で、近年のドキュメンタリー作品の作り方にこう疑問を呈す。

「いまの映画学校では、たいがい講師たちは、生徒にきちんと下調べをして完璧に準備を整えて臨むようアドバイスする。事前にロケをきっちりして、ある程度、撮るところを決めて、自分で常に現場をコントロールして撮れと。僕も学生に教えることがあるんだけど、まったく逆のことを言います。なぜなら、自分はまったく逆だから(笑)。

まず、わたしは最初から先入観をもって現場に入ることはない。たとえば今回なら看護師を目指す生徒といって、もちろんそこで自分なりにイメージをすることはあるんだけど、『こういう人物や職業だ』といった決めつけや固定観念はもたない。まっさらな状態で、どんな発見があるんだろうという気持ちでその現場に入っていきます。いまはドキュメンタリー作家でも、あらかじめおおまかなシナリオを書いて、それを映像として再現しようとする人が多い。僕は自分の食指が動くというかな。現場に身を置いて、『これを撮りたい』と自分の気持ちが動かないと嫌なんだ。撮りながら、なにを発見して、学ぶことができるのかがとても大切だと思っている。

若い人たちがドキュメンタリーを撮ろうとすると、だいたいはテレビのプロデューサーが横から入ってきてね(苦笑)。まず、どういった内容になるのか企画書を求められる。事前に内容を把握しておきたいのがテレビ局だからね。となるとそれに沿った映像を撮ることに終始してしまう。僕は、日常に起きる突発的なことを取り込むことこそがドキュメンタリーの醍醐味だと考えている。だから、翌日に何を撮るかはノー・プラン。事前に決めることはないんだ」

25年前の作品『動物、動物たち』から自らカメラを回し撮影するスタイルをとっているが、撮影で大切にしていることも同じだという。

「相手に対して、わたしからこうしてくれああしてくれといったリクエストや押し付けをすることは一切ない。『ここをまずは撮影して、次はここを押さえる』みたいな撮影プランもない。一番大切にしているのは、彼らが発信してくれるものをきちんとキャッチすること。彼らが発信してくれるものを、見逃さずにきちんととらえられることに僕は集中している。いつでもキャッチできるようスタンバイの状況に常に自分の精神を置いているよ。

あとはやはり、被写体との信頼関係が大切。きちんとした信頼関係を築いた上で、彼らがこれはとってもいいよと受け入れたものをありがたく撮らせていただく。そういう姿勢で常に臨んでいるつもりです」

監督デビューをして40年以上が経過した。このキャリアもある意味、疑っているという。

「志は常に高く、自分に対して厳しくありたい。だから、長いキャリアであり、そのキャリアによって培われた自信であり、それによって持ったノウハウといったこと。これに自分が甘んじてしまうことをわたしはすごく警戒しています。これまでのキャリアに胡坐をかいて撮るようなことだけは絶対にしたくない。常に新人のような状況に自分の身を置きたい。へんなノウハウや経験によって、苦手なことからうまく回避してはいけない。むしろ、そういう苦手なことに自ら飛び込んで、克服しないといけないと思っています。

初心を忘れないでいたい。だから、わたしの映画作りは一生修行中と思っています」

『人生、ただいま修行中』
11月1日(金) 新宿武蔵野館ほか全国順次公開

取材・文・写真:水上賢治

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