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和田彩花の「アートに夢中!」

ハマスホイとデンマーク絵画

毎月連載

第35回

今回紹介するのは、現在、東京都美術館(東京・上野公園)で開催中の『ハマスホイとデンマーク絵画』(3月26日まで。※3月16日(月)まで臨時休室中)。デンマークを代表する画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)の展覧会が初めて日本で開催されたのは2008年のこと。身近な人物を描いた肖像や風景、静まりかえった室内など、限られた主題を黙々と描いた作品は、人々に静かな衝撃を与え、ほぼ無名であったにもかかわらず、多くの美術ファンを魅了した。作品には17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから “北欧のフェルメール”とも称されるハマスホイ。なかなか触れる機会のないデンマーク絵画だが、和田さんの目にはどんな風に映ったのだろうか。

フェルメールとの比較

“北欧のフェルメール”とも言われているハマスホイですが、フェルメールといえば、“光”や“女性”、“室内”というキーワードを思い浮かべる人も多いと思います。確かに、ハマスホイの作品って、一見、フェルメールっぽいなって、チラシなんかの写真で見て思っていたんです。“光”や“女性”、“室内”といったモチーフは、全てハマスホイの作品にも多く描かれているし、特にフェルメールでもよく言われる、繊細な光を描いている人だなと思いました。でも実際に作品を見てみると、全然違ったんです!

何が違うのかなって思いながらじっくり作品を見ていくと、まずは“光”の捉え方、描き方が全然違うことに気づきました。ハマスホイはフェルメールほど繊細な光を描いていない。むしろそんなに“光”に注目してはいないように感じられたんです。

というのも、ハマスホイは絵画全体がボヤッとしていて、モヤがかかったような画面なんです。確かにそれを柔らかい光ととらえることもできると思いますが、フェルメールと比較して考えると、フェルメール作品にもよく登場する窓はよく描かれているものの、明確に入ってくる光、光が反射するモチーフたちといったものはほとんど描かれていません。

もちろん窓から差し込む光を描いた作品もあるのですが、フェルメールほど光源や陰影が強いということはないんです。そう考えると、ハマスホイは、明確な光の反射であるとか、光が入ってくる効果というものにあまり重きを置いていないのでは、と私は思いました。

部屋が明るいのは扉のおかげ?

ヴィルヘルム・ハマスホイ《室内―開いた扉、ストランゲーゼ30番地》1905年 デーヴィズ・コレクション蔵 The David Collection, Copenhagen

まずはその“光”に注目して見た作品がこの室内画なんですが、けっこう明るく見えますよね。でもここに“光”はあるでしょうか? 確かに、奥の部屋から光が差し込んできているのがわかりますが、そのおかげで部屋が明るいのではないように私には感じられました。

じゃあどうして明るく見えるのか? それは白い扉によって画面が明るく感じるからではないでしょうか。単純に白い絵具によって、画面が明るく見える。光を使っているように見えながらも、実はただ白い絵具が持つ魅力や、画面の明るさを作り上げるという役割を存分に引き出したからこその画面構成になっているのではないかと思いました。

何が画面の明るさを決めるのか?

ヴィルヘルム・ハマスホイ《農場の家屋、レスネス》1900年 デーヴィズ・コレクション蔵 The David Collection, Copenhagen

さらに一番好きなこの作品では、画面の明るさを構成するのは、光だけでないということを思いました。

すごく晴れた日の屋外の様子、という感じはするんですが、明確に太陽が描かれているわけでもないし、光が強く差し込んできているわけでもありません。もちろん家屋の影が描かれているので、光が差し込んでいることはわかります。画面構成はとても単純で、シンプル。色味も少なく、モノクロにも見えてしまうぐらい。

でもその色味の少なさで、晴れた日の晴れやかな空気を少しずつ感じられる絵であるというのが、また魅力的でとても素敵だなと思いました。上の作品も含めて、そういう表現の仕方がすごく好きですね。

面と線の面白さ

ヴィルヘルム・ハマスホイ《背を向けた若い女性のいる室内》1903-04年 ラナス美術館蔵 © Photo: Randers Kunstmuseum

そして次に私が注目したのが“線”です。作品を実見しないと、細部はなかなか見えてこないと思うんですが、このモヤッとした画面の中で、線というのがすごく際立って見えるんです。

例えば額縁の垂直線や、棚の平行な線、そして何より注目してほしいのが、女性の衣服のラインやシワの線のしっかりとした輪郭線です。なんでこのモヤッとした画面の中に、こんなにパッキリとした線という要素が見えてくるんだろうっていうのがすごく面白かったんですね。

あと、この女性が持っているトレイ。シルバーの輝きが思った以上にキラッとしていて、アクセントになっていると思いました。ちなみに(蓋が閉まった)ピアノの上のパンチボウルとトレイは、実物が会場内に展示されているんです。

日常を描くシンプルな絵画

ハマスホイとそれ以外のデンマーク絵画を比較しながら見ていくと、やはりハマスホイ作品のシンプルさが際立っているなと思わされた展覧会でした。ごちゃごちゃ感がまったくないんですよね。

実際に彼の家の風景だということですが、とてもものが少なく、装飾も少ないところで暮らしていたんだなって(笑)。そして何か特別な一場面を切り取ったわけではない、普通の日常風景が描かれているわけです。

そしてもう一つ。描かれる人物の顔がほとんど見えないということも面白いなと思いました。

ほとんど奥さんなんですが、どうしてこれほど顔を描いていないのか、ということが気になりました。でもそれが何を意味しているのか、ということはわかりませんでしたが。

私はフランスの近代絵画の研究をしていますが、近代までの人物像というのは、劇的なポーズや表情で描かれ、モチーフなんかにも隠喩や宗教的な意味を持たせることが多いんです。でも近代以降はそういった表現はどんどんなくなっていきます。

そしてハマスホイも、ただただ自分の身近な風景、人物を淡々と描いている。人物の表情を描かないというのは、絶対に意図的なことだとは思いましたし、そういった意味では、とても近代的な画家なのではないかと思っています。

ハマスホイが活躍したのは1900年前後の十数年という短い期間ですが、この頃というのは、西洋美術が花開いた時代です。印象派に続いてポスト印象派が誕生し、象徴主義、キュビスム、表現主義と新しい芸術が次々に生まれました。私が研究している時代ととても近いんです。だから余計に“近代”の匂いを感じ、フェルメールにただ似ているだけではない、彼独自の解釈や制作に、新しい面白さと魅力を感じたんだと思います。

おそらくどこかで同時代の作家たちの活躍や作品を知る機会もあったでしょう。でもそれに追従することなく、独自の静謐な世界を描いたハマスホイ。皆さんにも、ぜひ、その目でハマスホイの世界を体感してみてほしいですね。

※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、『ハマスホイとデンマーク絵画』展は3月16日(月)まで臨時休室中。3月17日(火)以降の予定については公式HPで確認を。


構成・文:糸瀬ふみ 撮影(和田彩花):源賀津己

プロフィール

和田 彩花

1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。同年に「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2015年よりグループ名をアンジュルムと改め、新たにスタートし、テレビ、ライブ、舞台などで幅広く活動。ハロー!プロジェクト全体のリーダーも務めた後、2019年6月18日をもってアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業。一方で、現在大学院で美術を学ぶなどアートへの関心が高く、自身がパーソナリティを勤める「和田彩花のビジュルム」(東海ラジオ)などでアートに関する情報を発信している。

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