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樋口尚文 銀幕の個性派たち

室井滋、立て膝のサン・トワ・マミー(後篇)

毎月連載

第51回

20/6/11(木)

写真提供:株式会社ホットロード

80年代前半の室井滋は、大森一樹監督『風の歌を聴け』、森田芳光監督『の・ようなもの』、山川直人監督『100%の女の子』など自主映画出身の監督たちの作品で精彩を放ちながら、日活ロマンポルノの小沼勝監督『女囚 檻』などさまざまな作品に出演していたが(ちょうどその頃、私の監督した8mm作品でも熱演してくれて嬉しかった)、ある日、一枚のドーナツ盤(懐かしい)が送られてきてびっくりした。1987年の大森一樹監督『トットチャンネル』に使われた『東京ブギウギ』で歌手デビューしてしまったのだ。

この80年代も後半になると、室井は個性的なスパイスとして『パパはニュースキャスター』や『ママはアイドル!』のような人気ドラマにも顔を出すようになっていたが、決定的に彼女をお茶の間の人気者にしたのは、なんといってもフジテレビの深夜ドラマ『やっぱり猫が好き』だろう。初期はさまざまな構成作家が担当し、やがて三谷幸喜がメインライターとなっていったこのシリーズは、都会のマンションの一室に住む恩田三姉妹(長女がもたいまさこ、次女が室井滋、三女が小林聡美)のなんでもない日常をコミカルに綴る30分のコメディだった。88年10月から好評につき90年まで69話も続き、さらに90年10月からはゴールデンタイムに昇格して土曜の夜7時30分からの放映となった。

ここでお騒がせの次女・恩田レイ子を演じて室井滋は爆発的な人気を得た。室井は奇しくも80年代前半に村上春樹原作の映画に何本か出ているが、あの原作特有のエキセントリックで繊細な少女像が生身で演じられる不思議な生活感のなさがあった。そもそも室井は富山で苦労多き青春期を過ごしているので、あの風貌はそれこそ後に中京テレビ『マザーズ』の子供を救うNPOのオカンみたいな役こそ最も似合いそうだが、それはどちらかというと後年作られたもので、若き日の室井は低温でナイーヴな感じだった。

それだからあのバブル期の浮遊感が横溢する『やっぱり猫が好き』の、矢野顕子のオープニング・テーマ『DAVID』が象徴するナルシズムとやさしさは、この頃の室井のイメージにぴったりだったのだ。そして奇しくも室井を誰もが知るスタアに押し上げたこのドラマのエンディング・テーマはRCサクセションの『サン・トワ・マミー』で、私が居酒屋の座敷で耳にした立て膝の室井の『サン・トワ・マミー』とはまるで違うその勢いのよさは、さながら「自主映画の女王」がメジャーに躍り出る進軍の喇叭(らっぱ)という感じであった。ちなみにこの恩田レイ子という室井の役はもともと森下愛子が演じて第一話まで放映されたのに、森下が急病で降板してピンチヒッターとして動員された室井の当たり役になってしまったというのだから、人生はちょっとしたことで分岐するものである。

しかしこんな低温のナイーヴさと、他にない独特な雰囲気は、いったいどこから生まれたのか。ご両親が訳あって別れて、富山は魚津の文学少女だった高校生の室井は、文学青年のなれの果てのような激情の人であった父から凄まじく依存されていたと聞いた。その愛憎の対象だった父は体をこわして亡くなり、東京に出て来た室井は早稲田大学に通いながら女優に開眼、ようやく解放された気分であったかもしれない。その別れた母親という人がまたその後稀有なる人生を歩まれたようで、80年代末にテレビの人気者になった室井がフジテレビの『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングのゲストとして出演した時は、なんでも宮中で当時の美智子妃と一緒にテレビを見ていて、美智子さまが「いいお嬢さんですね」とおっしゃったとか。ティーンの頃の室井は、複雑な家庭環境についてさまざまに思うところはあっただろうが、そういうかなり特異なご両親のDNAがこの比類ない個性を生んだのは間違いないだろう。

『やっぱり猫が好き』を経て引っ張りだこになった後、室井と銀座で会ったら、いままでは一緒に喫茶店にいても誰も気にしなかったのに、もう店じゅうのお客がそわそわして話題にしていたのを思い出す。売れるというのはこういうことなのだなと感心したが、そこであることを相談された。ある映画監督とつきあい出したが、それは間違った選択ではないだろうかと。でも勘違いしてならないのは、女性がこの服を着るべきか、この男性とつきあうべきかと尋ねてきた時は、決まっている答えに頷いてほしい時である。私は室井が実名を伏せながら話していたその監督が誰であるかをすぐに言い当て、その人ならばたとえ今後別れが来ようが来るまいが、絶対つきあう価値があると力説した。室井は「そうかなあ」と嬉しそうだった。それからたぶん30年近い時が過ぎたが、そのお相手であるゴジさんこと長谷川和彦監督と室井の絆はがっちりと変わらない。

このカップルも強烈というほかないが、メジャーになった室井は94年の映画『居酒屋ゆうれい』の演技で絶賛されて女優賞を獲得、以後も映画、ドラマに著作まで多彩な活躍を続けている。そんな文字通り大スタアになった室井をテレビで仰ぎみながら、資料庫を整理していたら、くだんの『笑っていいとも!』に出た後で室井から不意に届いた封書が出てきて、中から面妖なる女性器のイラストのコピーが出て来た。それは当時、司会のタモリが“安産のお守り”と称して放送中にマジックで描いてはゲストに進呈していたもので、画の性質上、一度も画面には映ったことがない。私はそのずっと前に、どうやらその画を一生に一度は見てみたいものだと話していたらしく、室井はそれを覚えていてくれたのだ。ひょっこり出て来たそのタモリのオ〇〇コの画に、室井滋の気配りと悪戯っぽさを思い出して、ちょっと泣けてきた。


最新出演作

『連続ドラマW 大江戸グレートジャーニー ~ザ・お伊勢参り~』
6/6(土)よる10:00 WOWOWで放送スタート
毎週土曜日よる10:00
※第1話無料放送(全6話)

監督:本木克英/井上昌典
原作・脚本:土橋章宏「駄犬道中おかげ参り」
出演:丸山隆平/芳根京子/斎藤汰鷹(子役)/翁丸(犬)/伊武雅刀/加藤諒/山本耕史
西村まさ彦/福本莉子/角紳太郎(関西ジャニーズJr.)/山中一輝(関西ジャニーズJr.)/金山一彦/大地真央(語り)
製作:WOWOW/松竹
【番組サイト】https://www.wowow.co.jp/dramaw/oedo/


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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